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距離を取った雷斧が、腰の後ろから何やら棒状のモノを取り出すのを目の当たりにした俺は、思わず舌打ちが零れそうになる。
別段、兄貴相手に『そこまでヤるか!?』と言いたい訳では無い。
寧ろ、そうさせる余力を残す形にしてしまった、そうさせる選択肢を選ばざるを得なくする程度に追い込んでしまった俺自身に対して溢れた舌打ちだ。
…………正直、コッチに戻って来て、戦闘能力自体は格段に落ちているのだろうな、とは思っていた。
向こうで慣れていた程の基礎筋力は無いし、手足の長さも異なる。
幸いにして、魔力量は変わっておらず、それらを操作する感覚と、得た能力を行使する際のコツもそのままであった為に、先の様に戦えはした。
…………したが、この体たらくでは弱体化も著しい、と言わざるを得ないだろうな。
何せ、向こうに居た頃、謂わば俺の全盛期であれば、最初の一撃でほぼ終わっていたハズなのだから。
本来ならば、首元を狙っていた短剣の一閃。
全盛期であれば、幾ら装甲の展開が間に合ったとしても、あそこまで態勢を崩していた相手であれば、容易く切り裂いて見せていたハズなのだ。
ソレが、予想外に兄貴が素早かったとは言え、頬を掠める程度に終わってしまったのだから、弱体化している、と言って差し支えは無いだろう。
更に言えば、その後の組み立ても良くは無かった。
今使っているのは、半ば無意識的に生成している短剣。
だから、魔力さえ有れば、賢者の石を通して幾らでも作れるモノであり、別段使い惜しみするべきモノでも無い。
無いのだから、もっと積極的に投擲するとか、更なる搦め手として使うとか、遠隔地に錬成陣を罠として仕掛ける形で設置する、だとかの使い方も出来たハズなのに、それらを選択する事をしなかったのだ。
その結果、こうして中途半端に追い詰められた兄貴が、出す予定の無かった本気を出そうとしている、と言う訳だ。
あくまでコレは手合わせであり、本気の殺し合い、と言う訳では無い。
なので、相手に本気を出させるに至った、と言う事は本来ならば誇りこそすれど、こうして嘆くに至る事は無いのだろう。
だが、本来ならばその『本気』を相手が出す前に片を付ける事が出来た、との自負が有る以上、やはり忸怩たる思いが滲んでしまっても、ソレは仕方無い事だ、と言えるハズだ。多分。
なんて事を考えていると、兄貴が取り出した棒状のモノを、やたらとゴツいベルトのバックルへと合体させた。
それだけで最早嫌な予感が鰻登りで高まっていた為に、両手に持っていた短剣を投擲するだけでなく、更に数本に渡って生成し、追加で投擲する。
そこら辺のコンクリ製の壁位であれば、突き立つどころか貫通する程度には威力が出るハズの短剣群が、兄貴へと殺到する!
が────
「…………変身っ!!」
との言葉と共に、兄貴がバックルに対して何かしらの操作をしたらしい、とは分かった。
そして、一瞬とは言え強烈な光が放たれ、俺がその姿を見失った事も、理解出来た。
そして、最早必中の距離にあったハズの短剣群が、微かな金属音と共に、全て空中で防がれてしまったのだろう、と察する事も出来ていた。
…………出来て、しまっていたのだ。
瞬時に、心臓の賢者の石が駆動し、光に焼かれた瞳の明順応を済ませる。
それにより、俺の視界に再び兄貴の姿が現れたのだが、それまでとは大きく異なる点が2つ。
1つは、その格好。
それまで、若干ながらヤンキー風味を醸し出すダメージ系ファッションに革ジャン、と言った、どこかライダーを思わせる服装であったモノが、特徴的な特大のバックルが目立つ、金色でフルフェイス型の全身を覆う騎士鎧を彷彿とさせる状態へと変化していた。
そして、2つ目は、その行動。
自然体にて佇むその手には、それまで弾くか防ぐしか出来ていなかったハズの短剣が、全て五指の間に挟まれた状態となっており、あからさまに反応速度が向上している事が窺える。
…………コレは、別段唐突にコスプレを開始した、と言う訳では勿論無い。
兄貴が口に出していた通りに、文字通り『変身』して見せたのだ。
少し前にも触れた通りに、兄である雷斧は侵略組織によって身体を改造された『改造人間』である。
しかし、一口に『改造人間』と言っても、先に触れた様に『機械置換型』と『生体改造型』とがあったり、と幾つかの種類が存在し、同時に改造の仕様と言うモノも存在している。
乱暴に言えば、元になった人間をどの程度残すか、どの様に使うか、だ。
手早く戦力として利用したいのであれば、人としての姿なんて気にせず、必要になった機能や戦闘力に特化させた改造を施し、文字通りの『怪物』へと変化させてしまえば良い。
逆に、人間社会に潜伏させ、いざという時に何かしらの行動を取らせたり、情報を抜き取らせたり、と言った事をしたいのであれば、見た目を変えてしまう様な改造をしてしまうのはNGだと言えるだろう。
そんな訳で、組織の連中は狂った脳味噌に天啓を走らせた。
用途に応じて姿を変えさせよう!と。
そのせいで、こうして俺の目の前に居る兄貴の様に、姿を変えられる改造人間が造られる様になった、と言う訳だ。
戦闘用と同等の戦闘力を持ちながら、外観は潜入用と変わらず社会に溶け込む事が出来る。
コレは即ち、隣で笑い合っていた友人が、突然姿を変えて周囲に破壊と混沌とを撒き散らす存在へと変貌する可能性を示唆している、と言う事になる。
当然の様に、この作戦は施行当初は絶大な威力を発揮した。
何せ、怪物型の様に出現当初の外見からして戦闘力等が分かりやすい訳でも、潜入型の様に人の身体能力の枠から多少はみ出る程度で済む訳でも無く、作戦行動開始と共に唐突に現れ、破壊を撒き散らし、対処可能な戦力が集まる前に姿を戻して人混みに紛れ込む、なんて事が可能なのだから、政府としても対処が出来ずに居た。
怪物型であれば、否応無しに目立つのだから、圧倒出来る戦力を直接送り込めば良い。
潜入型であれば、調査によって不自然な行動が増えた者を特定し、部隊を送って捕縛すれば良い。
そう路線を確定させようとしていたタイミングであった事も手伝い、世の混乱は侵略組織が初めて現れた時並みに広まる結果となったらしい。
とは言え、それも当初の話。
現在では、組織の創始者を始めとした、雷斧の様な改造人間達がこちらにも付いてくれている。
彼らは改造を施される際に、同士討ちや指揮系統の混乱を避ける為に、ある程度近付く必要はあるとは言え相手が改造人間なのか否か、を判別する機能が備えられている為に、今では事前に目星を付けた上で調査・捕縛・保護する事も可能となっているのだとか。
…………と、内心で改造人間についての経緯を思い返していると、兄貴が徐に特徴的なベルトのバックルへと手を掛ける。
ソレは、まるで巨大な刃物を腰の前に付け、その横から柄が飛び出ている様なデザインのモノとなっており、正直言ってカッコイイデザインだ、とは言えない。
が、その飛び出た柄を雷斧が握り締め、『ガギィンッ!!』と言う金属音と共に取り外すとそこには、巨大な鉞を手にし、肩に担いだと同時に、鎧と同じく金色の光を放つ稲妻をその刃に走らせる。
そして、兜のスリットの部分から覗く、赤い光を放つ瞳を輝かせると
【さて、それじゃあヤろうか。
一撃で、くたばってくれるなよ?】
と、兜でくぐもったが故か、それとも姿を変えたが為かは不明だが、それまでとは響きが異なる様にも聞こえる声を発したと思った次の瞬間。
俺の懐に、担いでいた鉞を振りかぶった状態で、その姿を移していたのであった……。




