偏屈オタクの幸せなバレンタイン
「ねぇ、チョコレートって好き?」
突然に彼女がそんなことを聞いてきた。
いきなりなんだと思ったが、そうか、今日は2月7日。バレンタインデーまであと一週間か。
「チョコは好きだ。というか、甘いものは全般的に好きだな」
「そうなんだ!」
俺は素直に答える。彼女は、俺がただチョコが好きとわかっただけなのに、まるで宝クジにでも当たったように嬉しそうだ。きっと、バレンタインにどんなチョコを渡そうか考えているのであろう。
そんな彼女には悪いが......俺はバレンタインにチョコを受け取る気は無かった。
「だが!バレンタインにチョコはいらない!」
「えぇ!?なんでぇ!?」
俺の一見矛盾している言動に、困惑して理解できない様子の彼女。
そんな彼女のために、俺は自分の熱い思いを告げる。
「そもそも、バレンタインデーという行事はチョコレートを渡す行事などではない!日本の製菓会社が始めたキャンペーンにより勝手にチョコを渡す日なんぞにされているのだ。俺はそういった、企業などの作り出したキャンペーンに踊らされるのは好かん!だから、バレンタインにチョコレート菓子は受け取らん!」
「で、でも、チョコは好きなんだよね?じゃあ別に良くない?」
「良くなぁい‼とにかく、俺はバレンタインにチョコは断固受け取らないからな!」
食い下がる彼女を一刀両断し、俺は自分の確固たる意思を宣言する。悪いな。これが俺の生き様なんだ。
「も~。わかったよ。偏屈の頑固者!」
「何とでもいえ。ミーハー女め」
「ふん!」「ふんだ!」
そして迎えたバレンタイン当日。
彼女からデートの誘いがあった。始めはこんな日にデートなんてミーハーのすることだと思ったが、『わざわざバレンタインデーだからってデートを断っていたら、それはそれでバレンタインをめっちゃめっちゃ気にしてるってことだよね?』という彼女のメールがあまりにも図星だったため、俺は彼女とデートをせざるをえなかった。でも、その論法を使われても絶対にチョコは受け取らないからな!
彼女のバイト先の近くのコンビニに車を停めて、彼女のバイトが終わるのを待つ。
「ごめんごめん、おまたせー」
「おう」
「やっぱりバレンタインってすごいねー。みんながみんなチョコレートを買って行くの。もう山のようにチョコが売れていったよ」
「まったく、大衆というものはすぐそういったことに踊らされて......。まぁいいや。で、どこ行くんだ?どっか行きたい所があるから呼んだんだろ?」
「いやー、そういう訳でもなくって......。ただ、一緒に居たくなったからデートに誘ったんだけど......。迷惑だった?」
いつも明るい彼女が珍しく不安げな顔をするものだから、俺は面食らってしまった。
「え、あ......いや、別に暇だったし、そんなことないけど」
「ならよかった。あ、そうだ。そこのコンビニでお菓子買ってきたんだ。食べる?」
「あ、ありがとう。食べ......いや、待てよ!チョコなら食べないぞ!」
危ない所だった。その手は食わんぞ。
「むふふ、そう言うと思って、クッキーにしたよ」
「え?クッキー?......まぁ、なら、ありがたく貰っときます」
「はいどうぞ」
「ありが......」
彼女が手渡してきたクッキーの小袋は、ラングドシャだった。しかも、恐らく間にチョコが挟まってるタイプの、二枚重なってるラングドシャ。
ラングドシャのサクサク触感と中のチョコのハーモニーをおいしく頂ける物だ。
これは............クッキーと言えば確かにクッキーだが......チョコレート菓子と言えばチョコレート菓子のような気もする。
恐らくだが、彼女が背に隠しているコンビニの袋の中の、お菓子のパッケージにの裏面には、クッキーではなく、準チョコレート菓子と書いてありそうなクッキーだ。
「ダメ......かな......?」
俺がラングドシャの小袋を持ったまま固まっていると、彼女が消え入りそうな声で俺に聞く。
顔を上げて彼女を見ると、彼女は怒られた後の犬のような顔をしていた。
いや、どんだけバレンタインに俺にチョコを渡したかったんだよ。
俺がチョコを受け取らないって言うから、ギリギリチョコじゃない判定をもらえるかもしれない、チョコが挟んであるタイプのラングドシャを買ってきたのか......。しかも、あえて普段通りを装うために、コンビニの。
「なんか......かわいいな」
「ん?なんか言った?」
そこまでして俺にバレンタインにチョコを渡したかった、そんないじらしい彼女がなんだかたまらなく愛おしかった。
「いや、なんでもない。ありがとう。いただくよ」
「......うん!」
「あと、結婚しよう」
「うん......って、えぇ!?」