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赤い森

赤い森

 

 ——プルルルル〜〜プルルルル〜〜

 狭い部屋の中を電話の音が響き渡る。一人暮らしをしているならわかるだろう、静かな空間に慣れてしまえばとても小さな音にも敏感になるのだ。誰からの電話だろう……

 俺は電話に手を伸ばした。母からの電話だった。

「はい、もしもしお母さん?」

(あおい)元気〜?明日から夏季休暇違うん?そろそろ帰ってきたらー?」

「うーん、そうやな〜、じゃあ明日朝からそっちへ向かうわ。」

「はーい、待ってるでー、気をつけてきてよー。」

 ——ガチャ、ツーツー。

 通話が終わった。

 母さんも心配性だなぁ、仕方ないか、たった一人の家族だもんな。あっちに帰るん大体二年ぶりくらいか……

 俺の父は俺が産まれる頃にはもう亡くなっていた。なのであまり母には迷惑をかけたくないと思い、高校には行かずに料理の専門学校に行き、早く独立できる道を選んだ。その為、中学を卒業後すぐに和歌山県をでて大阪に住むことにしたのだ。

 明日朝からバイクで行こうかな、明日朝早く起きやなあかんし、もうそろそろ寝ようかな。

 俺は明日の為に布団に入り眠りにつくことにした。


 ***


 !!体が動かない。金縛りだ、俺は幼い頃から金縛りによくなる。だが大阪に来てからは一度も金縛りにはかからなかったのに、久しぶりだな、金縛りにあうの。

 俺は金縛りが解けるまで横たわっていた。少し時間が経つと動けるようになったので俺は瞑ってた目を開いた。

 なんや、何がどうなってんのや。

 目を開くと俺は暗い山の入り口付近に立っていた。

 なぜこんなところに?さっきまで俺は布団の中で寝ていたよな……

 夢というのはおかしなもので現実と区別がつきづらいものだ。夢と明らかにわかるような内容でも夢とは気づかない。

「ねぇねぇ、君もこっちに来てよ。」

 ——何!?誰かいるのか!?

 耳元から声がする。

「誰かいるんですか?」

 俺は返答したが返事がない、声がする方に振り向いたが誰もいなかった。

「おーい、君は死んだことないみたいだねぇ、こっちの方が気分いいよー。」

 また声がする。今の声ははさっきの声とは別人のようだ。怖い、恐怖が体を駆け上る。

「あー、水はないのか?水はないのか?熱い体が焼ける。」

 苦しそうな男の人の声が耳元で聞こえる。

「痛い、痛い、痛い、痛い。」

 今度は女の人の声!?

 どんどん声が増えていく。次第に体が震えてきた。

 くそっ、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。

「こちらへいらっしゃい。」

 ——ガッ!

 その声が聞こえた瞬間、口が勝手に動き、すごい力で舌を噛み込んだ。

 痛い!必死に口を開こうとするが開かない。まずい、舌から血が出てきた。

「あと少しで切断できるよぉ〜、頑張ってねぇ〜。」

 やばいやばい、このままでは本当に舌を噛みちぎってしまう。

 ——ピカッ

 眩しい、なんの光だ!?

 蛍のような光が急に目の前に現れた。

「おい消えろ!!」

 その光がその言葉を発すると他の声が聞こえなくなり、なんだか体が楽になった。

 それに気がつくと口も自由に動かせるようになっている。

 助かったのか?俺は安心したと同時に意識がぼんやりしてきた。

 

 ***

 

 ——ピロロロロ!ピロロロロ!

 目覚まし時計の音が鳴り響く。

 朝か、なんだか変な夢を見ていたような気がする。それになんだか舌が痛い。

 俺は鏡を手に取り、舌を見て見た。鏡で見てみるとやはり出血していた。

 寝ている時に噛んだのか?まぁいいや支度をしなくては。さて準備が出来次第、出発しようかな。

 俺は実家に帰る為の支度を始めた。


 ***

 

 青空の下を一台のバイクが煙を吹きながら走り抜ける。俺は和歌山を目指し猛スピードで道路を駆け抜けていた。俺の実家は有田川町のあかり島という山に囲まれた人口四千人程度の小さな集落だ。これがまた、なかなか遠いがツーリング好きにとっては、そんなに苦痛ではない。

 おっ!もう和歌山に到達かー。よし!今日は別の山道走ってあかり島へ向かおうかな。 俺はいつもとは違うルートで実家に向かうことにした。

 そうして走り続けていると、早くも有田川町に突入し、いつもとは違う山道に入ったところで異変が起きた。

「うっ、ゔぉえーー。」

 気分が急に悪くなり吐いてしまった。最初はただ乗り物酔いをしただけだと思ったが何かおかしい。まず乗り物酔いは今までに一度も経験したことがなかったのだ。それに頭痛もするし、目眩もする。それに山道に入ってから体調がおかしくなった気がする。それまではなんともなかったのに……

 俺は取り敢えずバイクを停めて一度ゆっくり座り込むことにした。少し休むと少しずつマシになっていくだろうと思った。

 だが、それとは裏腹に状態はどんどん悪化していった。

 これはまずい、このままではきっと悪くなる一方だと思い俺は一度その山を出ることにした。

 山から出た俺の体調はすぐに良くなり、原因はやはりあの山だということが判明した。多分気のせいではない、あの山に原因がある。

 俺はやはりいつも通りの道であかり島に向かうことにした。

 

 ***

 

 ——ガチャッ

「ただいまー、帰ったよー。」

 俺は無事、実家に帰ってくることができた。

「おかえり、久しぶりやね葵。」

 さっきまで帰って来れるか不安だったが、母の顔を見て一安心した。

「お母さん、今日の晩御飯俺が作るよ。」

 俺はせっかくだし、料理を母親に振る舞うことにした。

「助かるわー、何作ってくれるん?」

「食べたいものあれば大抵のものは作れるけど何にする?」

「じゃあチキン南蛮が食べたいな。」 

「了解、材料は揃ってるん?」

「うん、鶏肉もあるし、片栗粉もそこにあったと思うよー。」

 俺はさっそく料理を作り始めた。

 ——ジュワーッ

 とても香ばしい匂いが漂う。お酢の匂いが食欲を誘う。これぞチキン南蛮だ。

「お待たせ!さて食べよか。」

「わぁ、ありがとぉー、いただきます。」

 俺と母は二人で食事を始めた。母にあの山のことを話せば何か知っているだろうか?一度母に今日あった出来事を話してみることにした。

「お母さん、あのさ、今日ここへ来るときなんやけど……」

「うん、どうしたん?なんかあったん?」

「そこの山通らんとあっちの山あるやん、そこからここへ行こうとしたんよ、そしたら気分悪なってん。」

 その事を母に伝えると、母は急に立ち上がった。

「あそこには入ったらあかんって昔言ったやろ!!」

 母は怒った顔でそう言った。

「いや、そうだったっけ?いつの話よ。」

「葵が五歳くらいのときや。」

 そんな昔のことなどもう忘れていた。それに何故あそこに入ると体調が悪くなるのだろう、母はなぜその事を知っていたのだろう、などたくさんの疑問が出てきた。

「なぜあそこに入ると駄目なんだっけ?」

 俺は直接聞くことにした。

「あそこでお父さんは亡くなったんよ。」

 そうだった!あそこで俺の父は亡くなったんだった。すっかりどこで亡くなったのかなんて忘れていた。

「そうだった、思い出したよ、もうあそこには入らないようにするね。」

 俺は母とあの山に入らないように約束した。その後、俺は風呂に入ることにした。

 ——ザバァ〜ッ

 ふぅ〜気持ちがいいなぁ。最近疲れてたしシャワーで済ませることが多かったからなぁ。湯船に浸かるだけでも全然違う。

「お前ならできる、頼むぞ葵……」

 なんだ今の声は!風呂に浸かっていると男の声が聞こえた。

「誰かいるんですか!」

「……………」

 返事はなかった。俺は幻聴でも聞いていたのか……

 俺はお風呂からでて自分の部屋に眠りに行くことにした。

 久しぶりに自分の部屋入ったな。

 そして、すぐにベットに横たわった。ん?何かあるな。

 俺はベットの下に手を突っ込んだ。メモ帳?どうやらメモ帳らしきものが落ちていた。早速俺は中を見ることにした。

 

 七月十日


 蛍がもうすぐ産まれる。蛍には蛍のようにキラキラ輝いてほしいなぁー。そういう思いを込めて蛍が産まれる前にあの森に入って写真を撮ってやるぞー!


 七月十二日

 

 普段はメモとかしないんだが、子供が産まれるとなると、心に留めておけないものなんだなぁー。引き続き記録に残しておくか。


 七月十五日


 あの森に行った。いつもは奥まで行かず手前の方で仕事をしているのだが奥にしか蛍がいないと、仕事仲間に言われたので、奥まで行くことにした。だが仕事仲間は奥まで行かない方がいいと俺を止めてきたが蛍のために足を止めずに進んでいった。特に何事もなく帰宅できたが蛍を見つけることは出来なかった。


 七月十七日


 何故みんな森の奥に行くことを、止めるのかを聞くことにした。この森では戦争時代に亡くなった人を処分していたそうだ。一部では人の血を多く浴びた森として"赤い森"とも呼ばれていたらしい。他にも、この森に入った人が出てこなくなるという事件もあったらしく、自分でも調べたところ実際にこの森で行方不明になった方がいるそうだ。それから神隠しにあうなどという噂がでてきたらしい。


 七月十八日


 色々調べるとこの森の蛍は特殊らしく、"あおい"蛍がでるらしい。それを聞き自分の子供は蛍という名前にすると、母さんと決めていたのだが何かの縁だと思い、"あおい"にすることになった。


 七月二十日

 

 漢字は母さんが決め、葵になった。そして俺は葵が産まれる前にやっぱりどうしても青い蛍の写真を撮って、産まれてきたばかりの葵に見せてやりたいと思い、明日カメラを持って森に行くことを決心した。


 ここでメモは終わっている。これは父のメモだ。何故こんなものが俺の部屋にあるんだ?それに俺がこの部屋を使っている時はこんなもの無かったと思うのだか……

 俺はなんだか気持ち悪い感情になり考えるのをやめた。もう寝るか。

 

 ***

 

 ——ピロロロロ!ピロロロロ!

 んー、もう朝か……

「あおいー、もう起きてるー?朝ごはんできたよー。」

「うん、起きてるよー。今から行くー。」

 俺は朝食を食べに行く事にした。

「いただきます、一人暮らしをしてると親のありがたみがわかるよ〜。」

 俺は母と一緒に朝食に手をつける。

「えー、なんか嬉しい事言ってくれるやないの。」

 ——ピンポン!ピンポン!

 朝食を食べていると家のチャイムが鳴った。誰だろう?俺はドアを開けた。

「よぉ!葵ひさびさやなー、元気やったか?」

 顔を見てみると地元の友達の優希(ゆうき)だった。優希とは小さい頃からの友達で良く遊んでいた。

「おぉ、優希やん!久しぶり!優希も元気やったか?」

 すると優希は元気そうな顔でニコッと笑った。

「おぉ!元気やで!昨日帰ってくる事おばさんから聞いてたんや、急やけど、この後ちょっと遊ばん?」

 そして俺は朝食を食べた後、優希と一緒に出かけることにした。

 家から出て向かったのは昔よく行ってた駄菓子屋だった。ここで小さい頃よくアイスクリームを買って食べてたっけ。

「めっちゃ懐かしいなー、ここにくるの何年振りやっけな。」

「葵はここのきな粉串よく食べてたよな〜。

 」

 そういえば俺は、優希ともう一人の友達、(けん)と三人でここに来てたよな。よく三人でここに来てた事をここに来て思い出した。「そういえば、研は元気にしてるか?」

 俺は研の事を優希に聞いてみた。すると優希は悲しそうな顔をして答えた。

「あのな研、優希は今とてもじゃないが会える状態じゃないんだ。」

 なにかあったのだろうか、研とも昔からの友達なので、できれば元気でいてほしかった。

「何かあったのか?」

 俺は詳しく知りたいと思い、研の事を聞く事にした。

「研はあの有名な森に入ったんだ、お前も知ってるだろ?『赤い森』を。」

 赤い森、俺がこの前入った山か。あの山に研が入ってどうなったのだろうか。

「研はあの森に一年くらい前に入り、そこから会話もまともにできなくなるくらいおかしくなったんだ。」

 なんだと!?それに一年間もそんな状態が続いてるってことか。研がそんな状態になっていたなんて……

「優希は、研がおかしくなった後、会いに行ったのか?」

「ああ、会いに行ったが何も返事をしてくれやんかった……」

 優希は下を向いて悲しそうな顔でそう言う。俺が会いに行っても結果は同じだろうが一応研の様子を見に行きたいと思った。

「優希、俺たち二人で今から会いに行かないか?」

 すると明らかに優希の顔が行きたくなさそうな顔をした。

「でもよ、会ったところで研が変わることはないと思うで、それに多分葵は、あいつの姿見て悲しくなると思うし、行くのはおすすめしやんな。」

 優希は、俺のことを思って言ってくれてるのだろう。だが俺は研を友達としてほっとけなかった。

「優希、ありがとうな、でも俺は研の様子をそれでも見に行ってなんとか力になれないか考えてみたいんだ。」

 優希は五秒ほど黙り込んだ後、一呼吸ついて言葉を発した。

「そうだな!よし、じゃあ研の家に向かうかー!」

 俺たちは研の家に向かった。研の家はあかり島では有名な旅館で観光客がよく利用している。それに昔からこの旅館はあり、代々引き継いでいるみたいなので、とても歴史のあるものらしい。

「着いたな、葵、じゃあいくで。」

 優希は旅館のインターホンを鳴らした。

 ——ガラガラガラ!

 インターホンを押してから少し経つと研の母親がでてきた。

「あら、優希くんいらっしゃい!あっ葵くんも来てるやん!久しぶりやねー。」

 久しぶりに研のお母さんに会った。昔はよく泊まらしてもらったっけ。

「研のお見舞いをしたいって葵が言い出して。」

「葵くん、優希くんから聞いたと思うけど研ちょっと今状態良くなくって、でももしかしたら二人がそろって会ってくれたらなにか、研も話すかもしれないから、声をかけちゃってね……」

 研のお母さんを見る限りとても研の様子は良くないみたいだ。俺と優希は研の部屋に向かっていった。

「研、開けるぞ。」

 俺はそう言って研の部屋を開けた。

 ——ガチャッ

 そこにいたのは布団に横たわった研だった。やはり明らかに様子が変だ。

「研、葵来てくれたで、ほら久しぶりやろ。」

「………………」

 勇気が笑顔で話しかけるが返事がない。やはり研はおかしくなっている。その原因が本当にあの山であるのであれば、その話を直接聞いてみればなにか反応があるのではないか。

 そう思い、俺は思い切って研にその話題を振ることにした。

「研、お前あのさ、言いにくいんだけど、あの『赤い森』で何があったんだ?」

 ——ダンッ

 なんだ!?赤い森のことを研に聞いた瞬間起き上がった。それに何やらぶつぶつ言っている。

「赤いほたる、赤いほたる見に行かな。」

「なっ、研が初めて喋った……」

 優希が驚いている。それもそのはず、あの森に入ってから一言も喋らなかったみたいだからだ。

「赤いほたる!見に行かなきゃ!ほたる!ほたる!ほたるーーー!」

 ——ドンッ!!

 研は立ち上がりドアの前にいた優希を突き飛ばして部屋から出ていった。俺は、今の出来事にびっくりして体が動かなかった。

「痛ってぇ、葵!研をはよ追わな!」

「そうや!はよ追いかけやな! 」

 俺たちは研の後を追いかけた。部屋を出てすぐ辺りを見渡したが研はもう近くにはいなかった。

「どうしたん!葵くん、優希くん!」

 研のお母さんがびっくりしたような顔で問いかけてきた。

「今さっき研が赤いほたるとか言ってここからでて行ってしまって……」

 俺は今あった出来事を研のお母さんに説明した。

「えっ、あの子喋ったの!?いや、そんなことより探さないと!」

「俺たちもあいつが行きそうな場所を今から探してきます!いくぞ優希!」

 俺と優希は、研と昔の行ったことがある場所を考えることにした。

「あいつが行きそうな場所ってどこやろうなぁ、取り敢えず駄菓子屋へ行ってみるか。」

 優希の案で駄菓子屋へ向かう事にした。確かにあそこは昔よく三人で行ってたし、もしかすると、見つかるかもしれない。俺と優希は走って駄菓子屋に向かう。

 駄菓子屋に到着すると、辺り周辺を調べたが、いる気配がしなかった。ここにはいない。次はどこにいるのか二人で考える事にした。

「次は、あそこなんてどうだろう。」

 俺たちは研のいきそうな場所(スーパーやコンビニ、俺や優希の家、秘密基地などを隈無く探した。だかどこを探しても研は見当たらなかった。あと考えられる場所は一つしかない。

「優希、やっぱりあそこしかないよな。」

「多分それしかないよな、でもあの森だとしてもあんなに広いんだ、探せだせるはずがないと思うわ。」

 やっぱり俺と優希も薄々気づいていた。というより最初から森しかないと考えてたはずだ。だがもしかすると他のところにいたらラッキーという気持ちで遠回しに探していた。それに優希の言うとおり森の中に入ってしまっていたとしたら探すのは不可能に近いのだ。それに暗くなってきた。ここで諦めてしまうと研は二度と帰って来ないかもしれない。

「取り敢えず、森の入り口まで行ってみるか?」

 俺は優希にそういうと、優希も賛成してくれた。そうして俺たちは最後の頼り、赤い森へ向かう事になった。

「なぁ、今向かってるけどさぁ、これ入り口ってたって中入る場所なんていくらでもあるわな。」

 確かにそうだ。入ろうと思えばどこからでも入れる。それに取り敢えず入り口に行くって言ったって研がいないのもわかっている。いるとしたら森の中だろう。だが何故だろうか体が勝手にこっちに研がいると言わんばかりに動くのだ。

「もう森周辺まできたけど、こっち方面いくんか葵。」

 俺も別にそこらへんを見てみてもいいのだが、やはり直感でここらへんにはいてないと確信している。

「ああ、多分ここらへんにはおらんわ。」

「まぁ、そうよな。でもわかるんけ?」

「いや、わかるっていうか思うんよな、こっちに研がいそうっていうか、なんて言うんやろ、直感的な感じ。」

 そう話してると見覚えのある景色に辿り着いた。何故だろうか俺はこの景色を知っている。

「どうした葵、ここで立ち止まって。」

 そうや!思い出した。ここ夢で見た場所や!夢の内容も思い出してきた。

「ここや、ここにおる。」

 何故だかわからないがここにいると体が訴えた。

「はぁ?そんなわけないやろ。そうや!俺懐中電灯持ってきてたんやわ。」

 そう言うと優希は懐中電灯で森を照らした。

 ——ザザッ!

 照らした瞬間に草木が揺れる。それに何やら人影がある。

「う、嘘やろ、ほんまに研いてるやん!」

 人影をよくみると研がこちらを指さして笑っていた。

「きひひひっ!きたきた!また仲間増える!」

 研はそう言うと森の中へ消えてしまった。

「葵の言ったとおりや、ここにほんまにおった。」

 どうするべきだろう、追いかけるのはあまり良い案ではないが、ここで追いかけなければ二度と研には会えない気がした。

「優希、俺は行くけどお前もいくか?」

「ああ、そら友達やからな。」

 そう優希は返したが、優希の手足はブルブルと震えていた。

「優希、無理せんでええで、行きたくないんやったらついてこんでええ。」

 そう俺が言うと優希は土下座してきた。

「ごめん!ほんとにごめん、俺無理や……」

 涙を堪えて優希が一生懸命謝りにくる。

「いや、お前は何も悪ないよ、ここから先は俺が行ってくるわ。」

「おっ、お前まで消えやんといてくれよ。ちゃんと帰ってきてよ!」

「うん、絶対研と一緒に帰ってくるわ、待っててな。」

「これ持っていき、あと俺、今からダッシュで大人たちにこの事伝えるから、すぐに後を追いかけてくれると思うさけ。」

 優希は懐中電灯を渡しにきた。確かにここで二人で行くより一人は大人に報告しに行った方が生存率が上がるか。

「ありがとう、早よいかな余計見失うかもしれやんしもう行くわ!」

 俺は森の中に入っていった。

 森に入ると凄く真っ暗でライトを照らさなければなにも見えなかった。どこにいったのかわからないので取り敢えず直感で歩く事にした。

 

 ***

 

 あれから二時間くらい経っただろうか。全く見当たらない。帰り道さえわからなくなってしまった。一人になった恐怖と真っ暗な暗闇の恐怖、それに帰れないかもしれないという不安が体を震わせる。正直今めちゃくちゃ怖い。

 ——コツンッ

 なんだ!?足元に何かある。歩いていると足に何かが当たった。足元を照らしてみると何やら箱のようなものがある。

 それを俺は手に取ってみた。箱には何かが入ってるみたいで、開けようとしてみたが、どうやらパスワードキー付きのロックがかかっていた。

 なんだこれ、パスワードなんてわかるかよ。それに今はそれどころじゃない、研を探さなければいけない。俺はそう思い箱を地面に戻そうとした。するとなにやら箱についているみたいだ。よくみると箱にはキーホルダーのようなものがつられていた。

 キーホルダー名刺?キーホルダーをよくみると字が書かれている。

 ☆葵の名前が決まった日☆

 俺の名前!?こんな偶然があるのか!?いや、ありえない。怖い、怖すぎる。

 俺の体は恐怖で支配されていた。

 大丈夫だ、落ち着け、落ち着け。取り敢えずパスワードを回してみるか。確か昨日見たメモに俺の名前が決まったのは、七月十八日と書いていたような……

 そう思い俺はパスワードを、0718にまわした。

 ——カチャッ

 開いた!?

 どうやら正解だったようだ。中を開けるとカメラが入っていた。

 カメラ?

「うわぁーー!」

 俺がカメラを持った瞬間懐中電灯のライトが切れた。辺りが真っ暗になった。

 どうすればいいんだ、考えろ考えろ、くそ、一か八かだ。俺は手に持ってるカメラの電池を懐中電灯に移した。

 ——ピカッ

 すると懐中電灯は光を取り戻した。

 ふぅ、よかった。たまたま電池の型も一緒だったとはほんとについてるな。

 ——ザザッ

 ん?足元に気配を感じる。俺はすぐに足元にライトを照らした。

「うっ、うわぁー!」

 俺はあまりに驚き膝から崩れ落ちてしまった。足元に感じた気配は研だったのだ。研が俺の足元に四つん這いの状態ですぐそこまで近寄ってきてたのだ。

「くっひひひひ!」

 研は笑い出すと同時に立ち上がった。

「けっ、研、お、お前、さっ、探したんや、ぞ。」

 俺は恐怖のあまりまともに話すことができなかった。

 ん?よくみると研は手に何かを持っている。何を持っているのかライトで手元を照らした。

 出刃包丁だった。

「けっ、研何持ってるんや、そんなん料理するとき以外いらんやろ。」

 ——ザッ、ザッ、ザッ。

 笑顔で包丁を持った研が近づいてくる。

「やっ、やめろて、おい!」

「くひーー!」

 そう研が言った瞬間ダッシュでこちらに襲いかかってきた。俺は左手で研を殴ろうとしたが避けられてしまった。このままでは刺されてしまうと思い、咄嗟に包丁の刃をつかんでしまった。

 ——グチュッ

「うっ、痛ってぇー!」

 そのまま俺の手のひらは血だらけになった。研がまだ包丁を握っていたので、俺は瞬時に包丁から手を離し、研の腕を掴んだ。そして掴んだ腕を自分の体に引っぱり、研をこちらに引き寄せた。

「うおぉぉぉー!」

 俺は力思いっきり研の顔面を右拳で殴った。

「うっ、」

 ——ズザァー。

 そのまま研は倒れ込んだ。すぐに俺は研の包丁を遠くに投げ捨てた。

 くそっ、痛い。このまま誰も来なかったらどうなるのだろう。

 血が止まらない恐怖、また研が襲ってこないか、などの恐怖が体を震わせた。

 なんだか今日は疲れたな。今日一日中動きっぱなしだったし、殺されかけるし、なんて日だよ。

 

 ***

 

「あおいくーん!けんくーん!」

 はっ!どうやら俺は眠ってしまっていたようだ。誰かの声で目が覚めた。辺りを見渡すとまだ真っ暗であまりあれから時間が経っていないようだった。

「あおいくーん!けんくーん!いたら返事してー。はぁ、ここら辺にもいないか。」

 俺たちを呼んでいる!?助けが来たのか!

「はーい!ここにいます!助けてください!」

 俺は必死に声を出した。

「おい!今葵くんの声がしなかったか!?」

「確かにしたな!どこら辺からしたんだ!探せ!」

「あおいー!どこ!?もう一度叫んで!」

 母さんの声だ!母さんまでここに足を踏み入れ、探しに来てくれたのか。

「こっ、ここに、ここにいます!ぐっ、ご、ここです!」

 あれ?なんだか涙が出てきた。俺こんなにも弱ってたんだ……

「いたぞ!研くんも横にいる!」

 大人たちが俺の目の前に現れた。俺は安心したのか気を失ってしまった。

 

 ***

 

 ん?ここはどこだ……

 目を覚ますと白い天井が見えた。

 確か俺腕を研に刺されたっけ。ということはここは病院か……

 ——コツコツ。

 誰かの足音がこっちに近づいてくる。

 ——コツ。

 俺のベットの前で足音が止んだ。カーテンに影が見える。母さんだろうか?

 ——シャーッ!

「あおいくーん!けーんだーよ!くひっ!」

 そこには血まみれの包丁を持った研が立っていた。

「けっ、研!おっ、おまえ、はぁ、はぁ、」

「くひひひひひひひ!ちんでぇ。」

「やめろ!やめろ!やめろーーーー!」

 

 ***

 

「うわぁー!」

「葵、大丈夫……?」

「はぁ、はぁ、はぁ、母さん?」

 俺はどうやら悪い夢をみていたようだ。

「悪い夢でもみてたん?」

「ああ、うん。でももう大丈夫。」

 なんだかもう、研の顔がトラウマになりそうだ……

「手はどう?お医者さんが言うにはもう針で縫ったから大丈夫らしいんだけど……」

 そういえば研はあの後どうなったんだろう。

「うん、あんまり痛くないよ。そういえば研は大丈夫だったん?」

「うん、研くんも一緒にこの病院にいるみたいよ。」

 研がこの病院にいるだと!?

「それで、研の状態はやっぱり以前のままなん?」

 ——ガラガラ。

 誰かが病室に入ってきた。お母さんは入ってきた誰かに礼をしている。ということは知り合いだろうか……

「葵!ほんまごめん!俺やけど入るで!」

 研!?研の声だ!研の状態は戻ったのか!?

「良いタイミングで入ってきたね、研くん。」

「葵のお母さんにもほんまに迷惑かけました。研のおかげですよ、今生きてるんわ。」

 研だ!あの研が俺の目の前にいる。それも普通に話してる。

「今さっき目覚めて親と少し話してからこっちにきたんよ。俺の場合、顔にあざできてるだけでなんともないからあれやけど葵は大丈夫か?」

 研はやはりあの出来事を覚えていないのだろうか?

「お前一体どこまで覚えてる?」

 俺がそう聞くと研は悲しそうな顔をした。

「俺が覚えてるんは、あの赤い森に入るまでや。あそこに入ってからは記憶がなんかぐちゃぐちゃしてよおわからん、だから大体一年位前か?」

 ということは一年間の出来事が研にはいっさいなかった事になってるのか。

「だから葵、ほんまにありがとう。親から聞いたわ、俺がおかしなこと言って森にもう一回入ったところを、葵が探しに行ってくれたってな。」

「いや、友達やん俺ら。そんなん当たり前や。」

「葵、お前ってやつはほんまええやつや!」

 そう言うと研は嬉し泣きを始めた。よっぽど嬉しかったのだろう。

 ——コンコンッ

 また誰か来たのか?

 足音を聞いてみると一人の足音ではなかった。

「和歌山警察署の者です。少しお話し聞かせてもらってもよろしいですか?」

 目の前に現れたのは二人の警察官だった。俺たちの今回の件について何か事件性があると思ったのか……

「葵と研くんを探す協力をしてくれたんよ。」

 確かにそうか。普通に考えて深夜の森に未成年二人が入っていったとなると、警察が動かないわけがないよな。まてよ、ならもしかすると研の使ったあの包丁もみつかっているはずだよな、そのことも聞きに来たのか?ならどうする、何か誤魔化さないと研が捕まってしまう。

「すみませんがお母様は少しの間席を外していただいてもよろしいでしょうか?」

 細目の警察がそう言う。もう一人の背の低い警察は頭を下げていた。

「わかりました、じゃあ葵、また後でね。」

 母はそう言うと病室から出て行ってしまった。

「話というのは昨日の出来事を話すということで大丈夫ですか?」

「ああ、取り敢えずそれでかまへん。君の昨日の出来事取り敢えず話してもらおか。」

 背の低い警察官がそう返してきたので昨日の出来事(研が包丁を持っていたということは隠して)話すことにした。」

「なるほど、森の中を探していると研くんが倒れてたということですね。」

「そうですね、気を失っていたので心配でしたが今日研にあってみたら元気そうだったので安心したんですよ。」

「やけどよ、そこの君は一年ほど前から精神的な病にかかってたって言う話やったやないか。それはなぜ急に治ったんや?」

「それはわかりませんね、僕も森に入ってから目が覚めると、一年経った未来に来たようなもんですから。」

「もう一度森に入ると意識を取り戻したなんて、オカルト的な話しすぎて、話になりませんよ。」

 細目の警察が背の低い警察官に呆れた顔でそう言う。

「確かにそうや、まぁ研くんの言ってることはわかったわ。それで葵くんにまだ質問があんねん。」

 背の低い警察官が顔をしかめてこちらを見つめてきた。

「これに、見覚えないか?」

 警察官が見せてきたのは研の持っていた出刃包丁だった。

 やはり発見されていたか、どうやって誤魔化そうか……

「それは森に入るために護身用にと思って持っていたやつですね!あの森なんか怖い噂あったでしょ、だから念のためを思って!」

 これで勘弁してくれ、あとは触れないでくれ……

「そうか、だがさっき調べたんだがこの包丁、君の血がついていたんだがそれについてはどういうことなんだ?」

「いやー、いつ何が起こるかわからないからポケットに包丁を忍ばせて、握りながら歩いてたんですが、森を歩いていると木の枝につまずいてしまいそのまま転倒してしまったんですよー。それでね!そのとき、とっさに包丁の刃を思いっきり握りしめてしまって怪我してしまったんです。」

 少し苦し紛れの嘘であるが大丈夫だろうか……

「ほんまか?まぁ、本人が言うんやしそういうことでええわ。でもな一応言っとくが今回のは銃刀法違反にあたるんや、まぁそれも多めにみといたるわ。」

 よかったー、本当に良かった。

「それで研くんは本当に何も知らないんだよね?」

「さっきも言った通り記憶がなくて……」

「これぐらいにしとこか、問題なかったって事で終わりにしよか。」

「そうですね、では失礼しました。」

 そう言うと二人の警察官は病室を出て行った。

「そういえば葵、優希は元気か?なんか優希も俺を探すの手伝ってくれたって聞いたけど。」

「おう!元気だとおもうぞ、それに優希がいなかったら、俺たち多分助かってなかったと思う。それぐらい優希には助けられたんだそ。」

「そうか、本当にありがとな。また優希にあったらあいつにも感謝を伝えないとな。」

 ——ガラガラガラッ

「あおいー!それに研くんも今日の夕方には家に帰っていいみたいよー。」

 手のひらは痛いからまだ使えそうにないが退院がすぐにできて嬉しいな。大したことがなくて良かった。

 その後、俺たちは夕方に家に帰ることにした。

 

 ***

 

 あー、疲れた。我が家はやっぱり落ち着くなぁー。昨日の疲れが残ってるなぁ。

 俺はご飯を食べた後お風呂に入ることにした。

 あー、気持ちいいな。昨日風呂入ってないし。

「葵、お前ならできる。」

 まただ、またなにやら声が聞こえる。俺は周りを見渡すがやはり誰もいない。

 最近なんなんだ、幻聴ばかり聞こえるな。

 その後、俺はなんだか気味が悪くなりすぐに風呂をでて眠ることにした。

 

 ***

 

 ——チュンチュンチュン。

 小鳥の鳴き声がする。

 もう朝か、朝飯でも食いに行こうかな。

 俺は朝食を食べにリビングに向かった。

「もう起きたん?朝ごはん作るからちょっとまって。」

 母は朝食を作ってくれた。そして朝食が出来上がり、食べている最中にインターホンがなった。

「はーい、誰ですか?」

 俺はドアに向かった。また警察が話でも聞きにきたのかと思った。

「よう!調子どうなん?大丈夫か!?」

 ドアの前に立っていたのは、優希と研だった。

「俺さっき、優希にお礼を言いに行ってな、今から葵の家に一緒にお見舞いにいかん?って話をしたんよ。」

「おぉ、ありがとな。それに優希、助かったわ。お前がいなかったら俺は死んでたかもしれんからな。」

「いや、俺なんてあの場から前に進めなかった臆病者や。葵に比べたらなんてしてないよ。」

「まぁ取り敢えず俺の部屋でゆっくり話そか。」

 俺は優希と研を家に招き入れた。なにやら研の様子がおかしい。なんというかこう、そわそわしてるように思えた。

「おぉー!久しぶりや、この部屋!」

 研と優希が声を揃えてそう言った。

 なんか研さっきからそわそわしてない?」

「そうなんよ!こいつ葵に会う前に話さなあかんことがあるんや!って言うてたしな。」

 どうやら研は俺に話したいことがあるみたいだな。優希もその内容までは、知らないみたいだ。

「そうや、めっちゃ大事なことやからよく聞いてほしい。」

 どうやらとても真剣な顔をしている。研のこんな顔を見るのはテスト勉強以来だ。

「俺は昨日の夜、夢を見たんや。その夢の内容が森の中での出来事やった。多分あれは過去の記憶やと思う。」

 まさか研は夢のおかげで少し記憶が戻ったといいたいのだろうか。

「俺は森の中で青い蛍らしきものを見つけたんや。それを追いかけていくと血のこびりついた切られた竹が一本ある場所に辿り着いたんよ。そこにつくと沢山の声が聞こえてきて俺は頭がおかしくなりそうになってそこに倒れ込んだんよ。そしたら眩しい光が目の前に現れて俺は意識を失ってしまったみたいで、でもあの光は俺をあの声から助けてくれたように感じたん。なぜかわからんけどな。これがまぁ夢の内容やな。」

 なんだろう、研を助けた光を俺も知ってる、いや助けてもらった気がする。どこで助けてもらったかは覚えていないが……

「それでな、まだ話しがあるんやけど、俺の知ってる限りでこの森のことを伝えるわ。まずこの森、戦争時代にこの森は死体埋め場になっていたんよ。人の血を多く浴びた森として一部では"赤い森"と言われていたらしい。ある日のこと若い男が森の中に木を切るために森の奥まで足を踏み込んだみたいでな、その男は死体が埋めてある場所の近くで木を切ってたみたいなんや、そして木を切って気がつくと時間も経っていて夕方になってたらしくてな、そこで見たんやって"赤い蛍"を。」

 赤い蛍!?青い蛍ではないのか……

「それで蛍ってのは、本来暗闇の中を照らしてる光みたいなものなんやけど赤い蛍を見たって人は夕日に照らされるハエなどの虫のことを蛍と勘違いし、その若者は、実際一度も本物の普通の蛍でさえも見たことなかったんじゃないかなー、と俺は思っている。」

 そんな見間違いがあるのか……昔話とはいえ、おかしな話だな、全く。

「案の定その若者はみんなに嘘つけ!赤い蛍なんているものか!なんて言われ嘘つき扱いされたらしい。」

 そりゃそうだろ、本来蛍の光は黄色っぽいしな。

「それに怒った若者が証拠に赤い蛍をここに持ってきてやる!と言い出してな、若者は森の奥深くに赤い蛍を探しに行ったらしい。だが、一向に若者はその森から帰って来なかったらしくて帰りを待っていた人たちが『神隠し』にあったなどと言い出したんだ。」

 それにしても研はなぜこんな昔話を知っているのだろうか。いや、母さんもあそこに行っては駄目だと俺が小さいときから知ってたし有名な話なのか。

「そんなことを言いながら若者の帰りを森のそばで待っていると『赤い蛍』ではなく『青い蛍』が森からでてきたんだ。それも何十匹、何百匹もな。その噂が現在にも続き『青い蛍がいる森』とも一部では呼ばれるようになったんだ。何人かは青い蛍を見るために森に入り行方不明になったらしいけどなー、ちなみに俺もその何人かの一人だけど……」

「研はなんでそんな昔話を知ってるんだ?」

「うちの家、旅館だろ?結構あの旅館ってひいおじいちゃんとかから、受け継いでるらしくてその分この村の情報とかも受け継がれるんだよ。まぁあの森に入っては駄目って知ってる人はたくさんいるけどこういう話があったから入ってはいけないということになったというのはみんなあんまり知らないだろうな。」

「てかなんでそんな昔話も知ってんのに研は入ったんだよ、馬鹿なのか?」

 優希は苦笑いしながら研に尋ねた。

「そりゃあ、さっき言った通り青い蛍を見てみたくてな。あとやっぱり入るな!って言われたら行きたくなるもんだろ?」

 まぁ、研の言うこともわかるな。

 俺たちはその後、夜まで二年間の積もり積もった話をした。

「お邪魔しましたー!」

 優希と研が帰った。

 研の話を聞いてみてますます青い蛍の正体が知りたくなった。

 その後、晩御飯を食べているときも、お風呂に入ってる時も蛍のことで頭がいっぱいだった。

 俺は布団に入り眠りにつこうとしているときだった。

「あおい!お前なら青い蛍を見つけられる!今から森に迎え!」

 はっきりそう聞こえた。なぜか聞き覚えのある声だった。

 くそっ、あんなところ二度と行きたいと思えないはずなのに、気になって仕方がない。

 俺はよくない事だと理解していたが自分をコントロールできず、森に向かうことにした。

 

 ***

 

 来てしまった……

 いざ森を目の前にすると少し冷静になれた。

「すぅー、はぁー。」

 俺は一度深呼吸をする。

 いや、やっぱりやめた方が……

 だが、このままでは気になって前に進めないままじゃないか。よし!覚悟を決めるか!

 俺は覚悟を決めて中に入っていった。

 暗い、だが今回は事前に懐中電灯と電池を持ってきた。その辺に関しては問題ないだろう。

「そのまま真っ直ぐ進むんだ葵。」

 またあの声が頭の中で鳴り響く。それに導かれるように俺は進んだ。

「あと少しで着くがんばれ葵。」

 また声が頭の中で鳴り響く。俺はなぜか自分で考えず、その声に従って進んでいた。

「そこを右に曲がったら見えてくるはず……」

 指示通り右に曲がると思わぬ光景が広がっていた。

「うわぁー!!」

 思わず声が出るほどの光景だった。蛍が何十匹、何百匹も、こんな景色見たことない。

 ここにずっといてたいと思うほど綺麗な景色だった。

「凄いだろ!だけど葵は"青い蛍"を見つけなければならない!」

 そこまで言うなら青い蛍見つけてやるか。

「よし、このまま真っ直ぐ進むんだ葵。」

 俺はまた声の言うとおりに進んで行った。

 少し進むと川の流れている場所についた。

「ここを渡らなければならないが、私の言う通りに足を動かせば大丈夫だ。」

 結構流れがきつい。これ一歩間違えたら流されて死んでしまうんじゃないか。

「大丈夫だ、そのままあっちの岩にジャンプするんだ。」

 くそ、簡単に言うけど体が拒否する。

「葵ならやれる!さぁ飛ぶんだ!」

 俺は思いっきり助走をつけて岩に飛び乗った。

「うわっ、、危な!」

「なんとか、飛び乗れたな!次はあっちの岩だ。」

 俺は声に従いなんとか川を渡る事ができた。

「よし!もうすぐだ!ここを左に曲がるんだ葵。」

 そして左を曲がると竹が一本ある広い場所についた。竹は俺の腰の位置くらいで切断されており、竹の切り口には血がこびりついていた。

 なんだよ、これ。研の夢の話のまんまじゃないか。

「ここには戦争で亡くなった人々が沢山埋まっている」

「えっ!この下に!?」

「その方々はな、生きてる人間の方が辛いと勘違いをされてこの森に迷い込んだ人の魂を引きずり込むんだ。」

 だから森に行った人は行方不明になるのか……

「何人かは私が何とか気を失わせ森の外まで送ってやったりしたが、たまに気を失わせるのを失敗して頭を少しおかしくさせてしまったが……」

 その中に研も入ってるのか。研を助けたのはやっぱり……

「葵、お前ならまだここにいる死者の魂を天国に導いてやれる!」

「そんなの、どうすればいいんだよ!」

 そんなこと俺にできるはずがない。

「お前が心から死者の方々にお祈りするんだ!だが少しでも別の事を考えてしまうとあっちの世界に引きずり込まれてしまう、だが絶対葵ならできる!」

「俺は人のために自分を犠牲にできるほど人間出来てないよ……」

「葵、俺は知ってるぞ、お前が自分よりも母を大事にし、自分よりも友達を大事にしていることを……」

 違う、俺はただ後で後悔したくないだけで……

「ずるいよ、そんなこと言うん。それに死者の人たちは天国に行きたがってんの?」

「ああ、行きたくても行けない人がここに残っているんだ。」

「行きたくても行けない人?」

「ああ、この世に未練がある人間や心が少し汚れた人間のことさ。」

 そういう話を聞いたことがあるがやはり本当にあるんだな。

「そうなんや……それで俺が祈るだけで本当にその人たちは天国に行けるんよな?」

「そうだ!天国に行ける!」

 ここまで来たんだ、覚悟を決めないとな。

「やるよ。」

「葵ならそう言うと信じてたよ。今から祈りの際の説明をするからよく聞いてくれ。」

「うん、聞いとく。」

「まず、大事なのは絶対祈ること以外考えるな!祈り最中に死者に話しかけられることがあるからそれも絶対に無視をしろ!たまに声を変えて自分の親や友達の声で喋りかけてくる死者もいるから気をつけろ!あと祈り最中には目を開いてはいけないぞ!俺は祈り最中は話しかけないでおくが祈りが終わった後に『目を開け』というから絶対に開くんだ!目を開かないと意識が別の世界に飛んでしまうんだ、だから祈りが終わった後は俺が教えてやるから!そうだな、合言葉は、『料理』にするか。」

 知り合いの声にも変えてくるのか、厄介だな。それに祈りが終わったのに目を開けないでいると別の世界に意識が行くのか、なんだか不安になってきたな……

「わかったよ、説明ありがとう『父さん』。」

「なっ、わかっていたのか……」

「うん、森に入る前くらいからかな。」

「絶対死ぬなよ、後で少し話そう。」

「うん、絶対無事終わらせるわ。」

「祈り方だがその半分に切られた竹には特別な力があってな、、祈りをするためにはその竹の中に少しだが血を注がなければならないんだ。」

 だから血が竹の切り口にこびりついてるのか。

 俺は手の傷口をもう一度開いた。そして竹の中に流し込んだ。

「そのまま目を瞑り、手を合わせておけば始まる、じゃあここから先は俺は喋らないぞ。」

 俺は絶対に父に言われたことを守り抜くと心に決め、目を瞑り手を合わせた。

 ぐっ、頭が痛い。

 一分ほど目を瞑ったところで頭痛が押し寄せた。なんだか声も聞こえる気がする。どうやら始まったようだ。俺はすぐに祈りの言葉を心の中で唱える。

 どうか天に導きますのでお行き下さいどうか天に導きますのでお行き下さい。

「ねぇねぇ、こっちにおいでよ。」

「絶対殺す!許さないから!」

「もういいよ、良く頑張った!君はもう良いんだよ!」

「目を開けてみて!ほら青い蛍が沢山いるよ!」

 「おーい終わったぞー目を開けていいぞー。」

 俺はそんな言葉を無視して何も考えずに祈りを心の中で唱え続けた。

 どうか天に導きますのでお行き下さい、どうか天に導きますのでお行き下さい。

「なんで?なんでぇーー!なんで俺は、俺は、俺、俺俺俺俺俺俺俺俺。」

「神風特攻隊!いざ出陣!嫌だー!本当は死にたくない!死にたくない!あれ?死にたい?死にたい。死にたい。」

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。」

「お母さーん、痛いよ、なんで来ないの。」

「水が欲しい、水はないのか……」

「熱い熱い熱い熱い熱い熱いよー!助けてよ!」

「おーい目を開けていいぞー。終わったぞー。」 

 父の声だった。だか俺はまだ祈りをやめない。

 どうか天に導きますのでお行き下さい、どうか天に導きますのでお行き下さい。

「なんで帰ってきてんだ?さっさと帰れよ」

 次は優希の声がする。

「何回教えたら覚えるのかなぁ、もう辞めたら料理。」

 その次は専門学校の先生。

「あんたのせいで研は、あんたのせい。あんたのせい、あんたのせい、死ね死ね死ね死ね死ね死ね。」

 ああ、研のお母さんの声もする。

「お前まじで死んだ方がいいぞ!」

 研の声も聞こえる。

 どうか天に導きますのでお行き下さい、どうか天に導きますのでお行き下さい。

「葵出て行ってくれて本当助かったわー!」

「まじでそれなー!あいついるだけで空気が悪くなるんだよなー!」

 研と優希が会話している。

 「よく頑張った!目を開けてみろ!青い蛍がほら!」

 また父の声だ。

 俺はまだ開けない。まだ、まだ。うぅ、あけたい。頭がおかしくなってきた。

 耐えろ、耐えろ、何も考えるな。

 俺は必死に自分に言い聞かせる。

 どうか天に導きますのでお行き下さい、どうか天に導きますのでお行き下さい!」

 「あんたなんか産まなければ良かった!」

 お母さん……

「なぜ葵って名前にしたのかだって?そんなのあれだ!どうせ産まれてくるのは心の病んだ子だと思ったから、悲しい色をイメージで葵にしたんだよ!」

 父さん……

「あおい!目を開けろ!一流の『料理人』になるんだろ!」

 どうせまた偽物。俺はまだ祈らなければ……

 いや、そうだ!合言葉は確か!

 俺は目を開けた。

 終わったのか。それともここはあの世?

「よくやったな、本当によくやってくれたよ葵。」

「と、父さん、これで終わったん?」

「ああ、俺が成し遂げられなかったことをお前はやってくれた。立派だよお前は。」

 その言葉を聞いて俺は涙が溢れ出た。

「うっ、うっ、みんなから嫌われてなくてよかった。あれが霊の仕業で良かった……」

「葵、上を見てごらん。魂が成仏されているから。」

 俺は言われたとおり上を見上げた。

「えっ、"青い蛍"?」

 俺が見上げた先にあったのは、綺麗な青い光が上へ、上へ上がっていく光景だった。

「そうだ魂こそが"青い蛍"そのものなのだ。」

 これが青い蛍の正体……

「昔青い蛍を見たという人がいたのは誰かが森で魂を成仏させていただけだったんだ。」

 上に舞い上がる魂は"とても"がつくほど綺麗だった。

「一応言っておくが、お前は霊に関与されやすい体質なんだ。」

 どおりで金縛りになりやすいはずだ。

「だからお前ならもしかすると森の霊たちを救ってやれるんじゃないかと思ってな……」

「父さん、俺何を話せば良いのかまとまらなくって……」

「ははは、無理に考える必要はないさ。」

「そうかな、はははは。」

「いいか葵、お前は本当に誰にでも自慢できるたった一人の息子だ!お前なら絶対一流の料理人になれるよ!俺が保証する!母さんに伝えといてくれ、俺と一緒になってくれてありがとう、『愛してる』って。」

「うん、わかった。必ず伝えるとく。」

「じゃあ父さんもそろそろ上に行こうかな。」

「えっ、もう行くん!?もうちょっといてたらいいのに……」

「当たり前だろ〜。もう父さんは未練なんてないんだ。」

「もっ、もう少しだけ……」

「………じゃあな、葵。」

「待って!」

 俺の声に返事がなかった。どうやら行ってしまったようだな。なんだか言いたいことだけ言って、去って行ったな……

 ——ピカッ!

 なんだこの光!

 

 ***

 

 んー、朝か……

 気がつくと朝になっていた。なんだか昨日のことはあまり覚えていない。

「あおいー、起きてるー?」

「はーい、今から行くわー。」

 おれは母の元に向かった。

「どうしたん?なんかようけ?」

「いや、手はもう大丈夫かなって思って。」

「ああ、手ね。」

 俺は手のひらをみた。

「あれ?治ってる傷跡自体がない……」

「ほんとだ、そんなすぐ回復することある?」

「あっ、お母さん言わないといけないことがあったんだった。」

「ん?どうしたの?」

「父さんが一緒になってくれてありがとう、愛してるだってさ」

「えっ、なっ、何言ってんの……」

 俺は自分でも何を言っているかわからなくなった。でもなぜかこの言葉だけは伝えなければいけないと思った。

「なに寝ぼけたこと言ってるんだか。」

「ははは、何言ってんのやろ俺……」

 笑うことしかできなかった。俺は何を言ってるんだ、あれ?ポケットに何か入ってる。

 俺のポケットから一枚の紙と小さな箱が出てきた。紙を取り出すと文字が書いている。少し汚れていて見にくかったが読んでみることにした。

 今日お母さんにプレゼントを買ってきた。喜んでくれるといいな♪

 箱を開けてみるとそこには青く輝く『サファイア』のネックレスが入っていた。

 まるで『青い蛍』のようだった。

「か、母さん!これ!これ見て!」

「なによ、この箱と紙。

「読んでみてよ。」

「ええ、この紙の柄どこかで見覚えが…」

 母さんは、紙とネックレスを見て泣き出してしまった。

「かっ、母さん!?」

「うっ、こ、これどこに……」

「あー、この家に落ちてたよ……」

 ポケットに入っていたなんて言えるはずもない。

「あの人本当にバカなんだから、、うっ、ぐ。」

 母さんが泣くところを初めてみた気がする。

「直接手で渡してきなさいよ、ほんと勝手に死んじゃってありえない。」

 母さんは、すぐに泣き止みこちらを向いた。

「葵ありがとうね、母さんも今でも父さんのことを『愛してる』し葵のことも『愛してる』から……」

 その後、母さんは嬉しそうな顔をして朝ごはんを作り始めた。

 ——プルルルル!プルルルル!

 電話の音が響き渡る。

「はい、もしもし。」

「あおい!今日はこの前のお礼もかねて優希と一緒に泊まりに来いよ!旅館の最高のおもてなしするで!」

「そんなん行くに決まってるやん!」

「さすがノリええわ!じゃあ、待ってるで!」

 ——ガチャッ! 

 

 今日は楽しい一日になりそうだ——

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