君は特別
アリシアの復活。
その翌日。
かつての魔の森も、黒い霧が消えると、空気は、清々しく透き通っている。
新鮮な空気が、森に充満している。
そこに、木漏れ日がキラキラと揺れていた。
木々に囲まれた品のある屋敷。
それが、アリシアの生家だ。
そして、今は、アリシアの拠点でもあった。
屋敷の中、アリシアは、ソフィアに座ってくつろいでいる。そして、物思いにふけていた。
世界征服。
それが、あたしの夢。
そして、それが、復讐だ。
世界の全てを従え、平服させたい。
天のあれだって例外じゃないんだからね!
だから、もう一度、みんなに、言っておこう!
「あたしは、世界征服をするために復活したのよ」
屋敷の中は「あらあら、まあまあ」といった雰囲気だ。
つまり、それは、まったりとして、のどかという意味。
絶賛、午後のお茶の時間中。
それも大事だけど、これは、大問題だわ!
そう、危機感の欠如!
昨日まで、酷たらしい屍だったとは、思えないていたらくよ!
ティーカップに入った紅茶を飲む。
あら、美味しいわね。
ふと、前を見ると……
三人掛けソファを一人、いや、今は黒猫だから、一匹……
いやいや、どっちでもいいのよ!
とにかく、一匹で偉そうに、三人がけを独占してらっしゃるのが、ルシファー。屋敷といい、森といい、使用人たちだってそう、それに、父さま、母さまも……
この紅茶だって、きっと……
廃棄だった屋敷を思い出す。
調度品は、全て、朽ちて消えていたはずだ。
さらに、屋敷だけじゃない、使用人たち以外にも、あたしが火刑にあった後、処刑された人たちも、外にいるらしい……
その全てが生前のまま……
中々の魔力……
「全部、君の魔力じゃないか」
背中の可愛らしい羽を、黒猫のルシファーは、パタパタとさせた。
声を聞いた侍女たちが、落ち着かない。
それに、なんか、母さままでそわそわとしちゃって……
アリシアは、ティーカップをテーブルに残した受け皿に戻す。
「勝手に心を見透かすのは、やめてちょうだい」
「さすがに、心を読むなんて真似は、できないさ。ただ、君の表情は読みやすい」
黒髪のルシファーは、あたしの目をじっと見る。
その目は、まるでライオンのよう。
とても、綺麗……なんか、じゃない。
これは、野生の戦い。
目をそらした方が、きっと魔けね。
「アリシアたら、ルシファーさんと見つめ合っちゃって」
ちょっ、母さま、相手は猫よ!
「そうか、アリシアが、男を連れて戻ってきたと思ったら、もう、そういう年頃か……」
父さま!
言い方!
それに、お年頃どころか、数百年経ってるのよ!
「アリシア、そんなに、見つめられると困る」
先に目をそらしたのは、黒猫のルシファーだ。
勝ったわ!
アリシアは、よしっ! と小さくガッツポーズをした。
これで、あたしの方が上ということを、彼も思い知ったわね。
ルシファーは、そんな彼女を無視して、
「君の魔力豊富な体は、とても魅力だ。だから、俺をそんなに見つめるな」
と言った。
アリシアは、
「なっ!」
という悲鳴を上げた。
そして、「とても魅力的だ」というルシファーの言葉が、アリシアの脳内で一往復。
だから、頭からボンと魂の一部が抜け出た感覚を覚える。
そして、彼女は、うつむいた。
「魔力豊富な体」というルシファーの言葉。
ドラゴンズ・ミート、竜の肉親を持つアリシアの体重は重い。それは、常人の数倍、それどころか、人の域を超えた魔力を備蓄している証。
つまり、あたしの魔力、というよりお肉? が目当てなのね。
アリシアは、生前を思い出した。
確かに、アリシアの魔力は、人の域を超えていた。
ただ、それは、魔力の備蓄量が、という意味で、魔法の威力が強力という意味ではない。
魔力を放出するための蛇口のようなものは、アリシアは人並みか、それ以下しかなかった。
魔力の備蓄量は、大きくても、魔法の攻撃力は、さほど大きくない。
だから、彼女の魔力を勝手に、抱きついて?
昨日のことを思い出して、また、アリシアは、恥ずかしさで、頭をボンとさせる。
とにかく、あたしの魔力を引き出して使うルシファーには、油断は、しないわ。
誰だって、きっと裏切る。
とにかくルシファーは、奈落の底につながれていた悪魔なんだから……
「全てが、元通りなのだから、たいしたものね」
アリシアの口調は、少し攻撃的だった。
黒髪のルシファーに気にする様子はない。
「そうでもないさ」
アリシアには、そうは思えない。
「本当に、君は、素直だな」
なにが、素直なのよ!
これは、アリシアの心の声。
「俺のことを疑ってるんだろう」
黒猫のルシファーは、やれやれとなり、言葉を続ける。
「元通りではないさ。死人は、死人のまま。生き返らすなんて真似は、誰にもできない。君も、俺も、彼らも、皆、天から見捨てられた死人には、違いないんだ」
「別に、大して違わないじゃない。あなたなら、ゾンビだって作れちゃうんでしょ」
「ゾンビ? 生ける屍なんて、俺には作れないさ。あれには、別の才能が必要だな。あと、もう一つ、俺にとって、アリシア、君が特別な理由を教えてあげよう」
黒猫のルシファーが、人に化けた。
それは、少し、ずるい姿。
空になったティーカップを、下げに来ていた侍女が、見惚れて盆を落とす。
それぐらいは、ずるい魅力がある青年の姿だ。
「死人に魔法は使えない」
「そんな、嘘は、ダメよ。あたしだって、馬鹿じゃないわ」
あたしは、どうやら、死人らしい。
でも、魔力はある。
器用に扱えば、きっと魔法は、扱えるように……なれるはずよ!
ばか!
「違う。死人には、魔法が使えない。なぜ、俺が、あそこから抜け出せないでいと思う」
「それは、あなたが……」
ルシファーは、あたしの言葉に重ねてきた。
「違う! 俺に魔力がないからだ。死肉に、魔力はない」
死肉に魔力はない……
でも、あたしは……
「君は、特別だ。そうだな、君は、物理的に重い幽霊といってもいい」
なっ!
それって、遠回しに、あたしが、特別にデブってことよね!
「ルシファーのバカ、嫌い、あっちいけ!」
屋敷に、使用人が駆け込んできた。
「この森に、外から軍隊が攻めてきてます!」
軍隊?
どこの軍隊か知らないけど、丁度、いいわ!
破滅の魔女、その二つ名が飾りじゃないことを教えてあげるわ!
アリシアは、ソファから立ち上がった。