聖騎士アリオン
ニブルヘイム、魔の森の黒い霧が晴れた。
そこを監視する砦も、すぐに、その事実を知ることが出来た。
魔物の集団暴走を駆逐した、聖騎士アリオンは歓喜した。
「全ては、エレクトラさまの予言のどおりだ」
世界の秩序を司る七人の魔法少女。
永遠の美の象徴して聖なる力の代行者。
この地を治めるのは、その七人の魔法少女の一人、寛容の魔女、エレクトラだ。その彼女が、最強の一角として、厚い信頼を寄せている青年。
聖騎士アリオンは、エレクトラが聖なる力を注いだ聖武器を授かっていた。
たった一振りで、今しがた、魔物の集団暴走を駆逐した聖剣。
刀身がむき出しとなっている、それを、鞘に収める。
「軍を速やかに編成しろ」
かたわらに首を垂れていた伝令は、「はっ!」と返事をし、駆け出した。
軍の編成。
その準備は、直ぐに整う。
伝令は、そう確信していた。
そして、魔物の集団暴走ごとき、慌てた自分を強くいましめた。
無慈悲のアリオン。
敵国からは、女子供にも容赦しないと恐れられる聖騎士。
彼の生い立ちは、あまりにも有名だ。
聖騎士アリオンは、貧民街出身だった。
寛容の魔女、エレクトラと敵対する魔法少女に一太刀浴びせた豪傑。
その剣技は、達人の域を超えていた。
当然といえば、当然の結果だった。
誰からも異論はない。
あの身分に口うるさい、元老院の老人たちですらだ。
彼は、聖騎士としての地位をエレクトラより与えられ、つい先日、この砦に赴任してきた。
エレクトラが告げた「アリシアの復活」の予言。
そして、その討伐を命じられたのが、聖騎士アリオンだ。
「どうした、お前たちは、早く持ち場に戻れ」
雑兵たちが、慌てて動きだす。
聖騎士アリオンは、規律を重んじる。
それを乱すものに、彼は、容赦なかった。
彼にとって規律とは正義、それを受け入れることが寛容だ。
優しさは、周りを不幸にする。
彼の父親がいい例だった。
幼い頃は、それなりに裕福な家庭に育っていた。
その時につちかった教養が、彼の出世の基礎となったと言っていい。
それがどうだ。
人の良い、彼の父親は、騙されて、他人の借金を背負い、それからも、なにかと他人の世話をする。
そして、ついに貧民街へと……
母の病を治す薬も買えない……ほど貧しくなってしまった。
金さえあれば、完治する病……
それで、彼の母は、亡くなった。
なぜだ!
なぜ、母さんが、命を落とす必要があったんだ!!
彼は、思い返すたび、はらわたが煮えくりかえる。
父が憎い。
一番大切な人を救えないのは罪だ。
愚かな優しさは、きっと他人を不幸にする。
同様に、規律を乱すものは、きっと余計に味方を殺す。
それを許すのは罪だ!
敵であれば、女子供とて容赦しない。
油断をすれば、きっと味方が死ぬ!
それも罪だ!
優しさは、周りを不幸にする。
彼は、そう思っている……
「無慈悲のアリオンか……」
彼のつぶやきを、そよ風は、かき消した。
誰も聞くことがない独り言……
彼は、少し戸惑う。
寛容の魔女、エレクトラの治世に疑いはない。
彼女もまた、規律を重んじるからだ。
きっと、それは、幸せな世界に通じていると、彼は信じている。
あの森で、復活したアリシアという魔女は、世界の規律を乱すに違いない!
彼が、砦の広場へ出る頃、すでに遠征軍の編成は終わっていた。
全ては、エレクトラさまから頂いた予言のとおり。
当たり前だ。
彼は、軍団の前に出ると、
「これより、破滅の魔女、アリシアの討伐に出撃する。我に続け!」
何も飾らない言葉で簡単に告げた。
砦からニブルヘイムまでは、森の中を進み、およそ一日程度の距離。
遅くとも、明日の午後には、決着はつくだろう……
聖騎士アリオンは、馬にまたがったまま、腰で揺れる聖剣の持ち手に、そっとふれた。