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ニブルヘイムも霧が晴れる

 天を覆う黒い霧が、晴れることはない。


 そこに巣食う魔の者たちも、同様に、太陽を知らない。

 いや、生前に見た光を忘れし者どもだった。


 常世の闇。

 ニブルヘイム、魔の森に光がさす。それの光は、天からではなく、地の底からあふれ出た。


 地の底から噴き出る黒い光。

 まるで大地が血潮を噴き出しているかのようだった。


 アリシアの生家、そこに、彼女に支えていた者たちが集っている。


 その者たちは、後悔をし、すぐにそこに激情が伴う。

 そして、集いし者たちは、悲鳴のような唸り声を上げた。


 肉体が腐り朽ち果てても、泥のように肉をまとう。

 所々から骨ものぞいている。そんな者どもだ。


 歩くしかばね、ずっと痛みが消え去ることはない。


 あるから、ずっと、ずっとだ。

 アリシアが魔女として、火刑に処されたあの日。


 その日からずっと、心に傷を負う。


 その翌日には、縁のある者たち全てが処刑されてしまい、命を失った。


 それから、ずっとずっと、痛みを感じてきたしかばねども……


 かつての大広間。

 質の良い調度品に飾られていた大広間も、見る影がない。


 屋根は朽ち落ち、かろうじて、そこが広間だろうと推測ができる程度。


 大地から噴き出す黒い光の血潮、その勢いが劣えてきた。

 そこに、人影が、見える。


 小柄なシルエットが懐かしい。

 あの声が、屍たちの耳に聞こえてくるようだった。


 闇の者たち、全てがひざまづく。


 ああ、これで解放される。

 誰しもが思う。


 忘れていた感情だ。

 存在の消滅をもって償う。


 アリシアを、あの憎々しい魔法少女たちに売ったのは、他ならぬ、この者たちだ。


 死を持ってしても、償うことが出来ない重い罪。

 魂を粉微塵にして、存在の痕跡、全てを消し去っても、消えぬ罪。


 それは、我が子を裏切る罪。

 血のつながりを裏切る罪。


 はたまた、忠誠を捨てた後悔。

 恩を仇で返す行い。


 信頼を裏切る行為。


 誰であれ、何であれ、それは罪だ、大罪だ。


 慈悲深い彼女のことだ。

 きっと、その償いをしてくれる。


 大地から噴き出す、黒く光る血潮が止む時。

 破滅の魔女、アリシアが姿をあらわした。


 愛用のとんがり帽子は、そのまま。

 ふっくらほっぺが愛らしい。

 二つに結ばれた艶やかな長い黒髪が、ふっくらした胸元で揺れている。


 あの時のまま……いや、あの頃より……

 集まったしかばねたちは、顔を見合わせた。


 その件は、触れないでおこう。

 無言のまま、屍たちは、意見を一致させた。


 アリシアの一挙手一投足を、生唾が聞こえてきそうなほど真剣に見つめている。


 奈落の底で、黒猫のルシファーと出会い、それをしたがえた、あたしは上を目指した。


 そして、ついに地上に、どーーんと降り立った。


 抜ける床もない、ボロ屋敷。

 ちょっと、屋根すらないじゃない、かわいそう!


 それにしても、重力が重い。


 これじゃ、奈落の底へと堕ちていた時の方が楽だわ!

 やっぱり、地上は憎たらしい!


 黒猫が、あたしの気を引くようにして、歩いて前にでた。

 ちょこんと座る彼。


 あら、羽は小さくなったのね。

 などとおもっていると、彼が語りだす。

「そんなに、イライラするもんじゃない。見たところ、忠義者たちが、出迎えを、してくれているぞ」


 猫のくせに、アゴだけで、ほれっ、周りを見てみろという仕草。

 ほんとっ、生意気な猫ね!


 見渡すと、周りには、確かにいた。


 ゾンビより酷い、その、成れの果て……

 どれほどの年月が経つと、そうなるのか、想像が出来ない。


 その成れの果ての一つが、唸り声を上げた。

「アリシア、許してくれ」

 それを、あたしは、こう聞き取った。


 それは、空耳かもしれないし、幻聴かもしれなかった。

 でも、そう思っていて欲しいという願望ではない。


 あたしのことなんか忘れて、とうの昔に死んでいて欲しい。

 いや欲しかった。

 というのが、あたしの願いだ。


「アリシアさま、お許しを」

 誰も、彼もが、平服して、そう言っている。


 うめき声に、そう感情か込められていた。


 あたしが、大人しく捕まって、火刑になったのも、みんなを守りたかったからだ。


「お許しを」


 うめき声……

 そんな感情は、いらない。


 謝罪は、いらない。

 あたしのことなんか忘れて、のうのうと生きて、それで死んでいて欲しかった人の成れの果てが謝罪をしてくる。


 だから、あの時の怒りを思い出してしまった。


 火刑とは、人間を生きたまま燃やすこと。

 視界を閉じるまぶたがなくなり、命果てるその瞬間まで、炎を心に焼き付ける。


 あの時。

 あの苦しみ中、あたしが、一番、憎んでいたのは、この人たちだった。


 あたしは、なんでもない。ただの人間だ!

 自らを犠牲にして守るつもりだった人たちが、誰も、あたしを助けてくれないことを、一番、憎んだ!


「謝罪なんていらない」

 あなたたちの、忠誠も、信頼も、そんなゴミも必要としない。


 しかばねたちの悲鳴が聞こえる。

「そんな、姫さま……」


 あたしは、破滅の魔女。

 破壊に特化した魔法使い。


 ほんとは、身体を癒して、勝手気ままに死んで欲しいけど……


 その復讐が、出来ない。


「あなたたちを、消し去るなんて、出来ない」

 そんなこと、出来ないし、しない!


 黒猫は、呑気に前足を舐めていた。

 それをやめると、すぐそばまで寄って、大きくなって……


 やがて、人のような形。

 生意気そうな、青年が、あたしのそばに立っている。


 金髪の美形。

 ちょっと知的で、それでいて乱暴そうな優男だ。


「アリシアがしないなら、俺に、任せてもらおう」

「かっ、勝手は、許しませんよ!」

 な、なに、いきなり偉そうに!


「ひゃっ!」

 思わず、悲鳴が出てしまう。

 彼が、抱きついてきた。


 ルシファーは、あたしの耳元で、

「ちょっと、君の力を借りるね。そうすれば、アリシアも身軽になって、地上が少しは好きになるさ」

 などと、ささやくから、くすぐったい。


 でも、彼の言うとおり、体重が軽くなるのを感じる。


「これでも、もと天使長だからな、君に従う者として、君が思う罰を、この屍たちに与えるさ」


 ルシファーは、聞いたことない言葉で呪文を唱えると、優しい光が場を覆う。


 屍たちの泥のような肉、それはやがて新鮮になり、筋肉や脂肪、そしてみずみずしい肌が、覆い隠していく。


 あたしの身体が、少し軽くなった。


 魔法の源泉は、なにかと尋ねられれば、大抵の人が、こう答える、己の血肉、つまり体重。かっこよく言えば、命だ。


 ドラゴンズ・ミート、竜の肉質を持って産まれたあたしは、人の数倍は、重い。


 チビデブ体型のあたし……

 そのせいで、男性は、あたしのことを、真正面から見てくれない。


 すぐに、目をそらす。


 ドラゴンズ・ミート、竜の肉質、人の域を超えた魔力の備蓄。

 そのせいで、チビデブになり、挙句には、誰からも恐れられて、火刑で殺された。


 だから、きっと……


「それにしても、ルシファー、もう、はなれて」

 随分と、あたしのお肉を好き勝手に燃やして、魔力へと変換してくれたらしい。


 皆の生前の姿を取り戻している。

 服装も……


 屋敷ですら……


 天窓からさす光が、清らからで美しい。


 ニブルヘイムの霧が晴れた。


「だから、はやく……」

 両手で、ぐいぐい、ルシファーを押し返す。


「すまない。でも、君の抱き心地がよいのがいけない」


 なっ!


「この悪魔! あっち行け!」


 ルシファーは、真っ直ぐあたしを見て、笑う。

 きっと、悪魔にとっては、チビデブは、良いかもだと思っているのね!



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