旅路
いろいろあった日から数日。
あの日から雨が続き、いつまでも降り続ける訳もなく、今日の朝は、からりと晴れた。
雲一つない晴天。
目を凝らせば、星々の輝きがみえそなほど、深い青。
天高く丸みを帯びた空は、この星の形を感じさせる。
アリシアが、屋敷を後に砦に旅立つ日。
別に誰に急かされた訳でもない。
あの日のような、脅迫も強制もない自由。
使用人たちと言葉を交わす。
「また戻っておいで」
そう言葉をアリシアにかけたのは、彼女の父親だ。
騒がしかった父親も、アリシアが復活してからは、言葉数が少ない。
父親の隣にいる母親は、何かを言いかけ、やめてしまう。
だから、アリシアも何も言えず、おでこを母の胸に当てた。
ただそれだけの別れ。
旅立ちの朝。
屋敷の一堂、そして父母が見送る。
アリシアは、屋敷に背を向けた。
彼女に付き添う面々は、足取り軽く、先に進む。
しかし、アリシアは、次の一歩、それが出ていない。
彼女は、立ち止まり、振り返る。
だって、やっぱり、それだけじゃ寂しいじゃない。
だから、
「また、帰ってくるわ」
と言った。
彼女を見送る一堂は、笑顔になった。
ただ、父の隣にいる母は、泣いていたかもしれない。
アリシアの復活の場所はここ。
遠い昔、彼女の火刑が執行された場所は、もっと遠い別の場所。
だから、きっと、ここは、そういう場所なんだと彼女は思う。
大切な場所だ。
討伐軍の時のように、攻め込まれてから、慌てて、それを迎え撃つ。などという、ドタバタ劇を、アリシアは、嫌った。
もともと、復活する前から、魂が奈落を落ちている最中、ずっと、撃って出ることを考えていた。
どうせ、多分、襲ってくる。
なら、撃って出るべきだった……
先手が有利?
それは、違う。
戦略や駆け引きは嫌い。
勝敗にも興味はない。
ただ、ぶん殴りたい人がいる。
彼女たちが、世界を統べるというなら、それが相手。
砦に、エレクトラが来る。
結局、直接来るのは、彼女らしいと思う。
マイアが、こそこそと動くのも、子供の頃から変わらない。
あの子たちを、ぶん殴る。
それよ! それ!!
アリシアの足取りは軽い?
雨上がりの森の中。
けもの道のように細い道。
旅路に備えたブーツでも歩きにくい。
「今からでも、馬を引いてくるか?」
たまらず、ルシファーがアリシアに声をかける。
アリシアは、乗馬は苦手。
別に、馬が嫌いという訳ではない。
確かに顔が大きいし、目もどこを見ているか、わからない時があるとか、口が大きくて噛まれそうとか、想像しちゃう訳でもない。
遠い昔、修行先で、放牧されていた馬と目が合い、それが、突然、狂ったように、向かって来たとか、そんなトラウトも、多分、きっと、いい思い出。
あの時、みんな、大笑いしてたわね……
先生は、そんな、あたし達を優しく叱った。
「おい、どうする?」
ルシファーは、横に並んできた。
細いけもの道も、少し広くなる。
アリシアは、幼いエクレアを見た。
「大丈夫?」
エクレアは、うなずく。
「歩いて来たから平気だよ」
そのまま、アリシアは、ルシファーに視線を送る。
それだけで、彼は理解をした。
ルシファーは、もう一人の人物の方へ向かう。
その者が、アリシア、エクレアから少し離れた先頭を歩いていた。
イクシオンの五番、彼が道案内人だ。
ルシファーは、今さらのことを、彼に聞く。
いや、機会があるごとに、突っかかっては、いたのだが……
「どういうつもりだ?」
ルシファーは、イクシオンの五番の素性、彼が暗殺者であるとか、いろいろは、知っている。
「一族と殺し合うのも一興だろ?」
ルシファーのとても不機嫌そうな面。
なので、イクシオンの五番は、
「屋敷に俺一人、置いてなんてしないだろ?」
と何度もした掛け合いを繰り返してしまう。
そして、ルシファーは、とても不機嫌になるのだ。
イクシオンの五番は、深いため息をする。
顔を合わす度、繰り返すやりとり。
彼は、振り返る。
アリシアとエクレアは、並んでついて来ていた。
そして、隣のルシファーを見た。
アリシアに復活のきっかけを与えたらしい悪魔。
そして、身なりは、生意気な貴族という言葉が、しっくりくる男だ。
さらに、男の彼が見ても、ルシファーの顔立ちは整っているように思えた。
だから、彼は、彼自身の本音かもしれない意地悪を、ルシファーに仕掛けた。
「あの、嬢ちゃんに惚れた。だから、ずっと見ていたい」
ルシファーの不機嫌が加速していく。
「なにを、バカなことを」
その先を、イクシオンの五番は、言わせない。
「旦那だって、そうだろ?」
イクシオンの五番は、無邪気を装う笑みをしてみせた。
「ななっ!! 俺は、惚れてなんかない!」
ルシファーの不機嫌はどこへやら、彼の耳が赤い。
イクシオンの五番は、笑う。
腹が痛くなるほど笑ったのは、生まれて初めてだった。
「旦那、それを惚れてるって言うだぜ」
などという野暮を、彼は、言わずに、そっと胸にしまう。




