妹の出番です
エクレアは、屋敷の二階、アリシアの部屋の前にいた。
廊下の突きあたり、そこの窓から、西日が差し込む。
キラキラと突き刺さるようにまぶしい日の光を、片手で彼女は遮った。
ドアノブに手をかけようとする。
ふいに、彼女は、躊躇した。
説明できない何かが、エクレアが、アリシアの部屋に入ることを邪魔をする。
妙な感覚。
彼女は、ルシファーが、まだアリシアの部屋にいることを知っている。
それ以前に、彼が、アリシアのことで、とても不機嫌だということも……
ルシファーの怒鳴り声が聞こえ、部屋が静かになった。
アリシアとルシファー、二人がいる部屋。
そろそろ、頃合い。
お姉ちゃんを助けるのも、妹の役割りに違いないと、エクレアは、張り切って、アリシアの部屋の前まで来たのだった。
怒られて、落ち込んでいる姉を、なぐさめるのも、妹の勤め。
妹とは、中々に気をつかう立場なのだ。
エクレアは、ふんっと鼻息荒く、気合いを入れ直す。
さあ! ドアノブを回そうとした。
しかし!!
予期せぬことにバランスを失うエクレア。さらに、転びそうになりながら、アリシアの部屋へ。
扉を先に開いたのは、ルシファーだ!
ルシファーは、エクレアを、いちべつするようにして立ち去る。
それを、ドアに寄りかかるようにして、彼女は、見送った。
エクレアは、直ぐにに立ちなおる。
エクレアは強い!
多少のトラブルがあったが、ここまでは、エクレアの予想どおり。
ルシファーに、こっぴどく叱られて、落ち込んだアリシア。
あとは、わたくしが、お姉ちゃんに、ひしっと抱きついて、なぐさめて差し上げますわ!
「むぎゅっ!」
これは、エクレアの悲鳴。
アリシアの行動は、エクレアの想定外、
エクレアは、アリシアに、しっかりと抱きしめられた。
彼女の胸の谷間に、エクレアの顔が埋まり「ふごふご」と息をする。
やっとの思いで、アリシアの胸の谷間から、顔が脱出出来たエクレア。
エクレアとアリシアの顔は間近、息の吹きかかる距離。
彼女の見たアリシアの表現は……
落ち込んでいるとは程遠い。
喜んでいるとも違う。
アリシアの顔は、ほほが赤く、健康的で、とても艶やか。
笑うでもなく、泣くでもなく、苦しそう。
恥じらいと混乱?
なんにせよ、エクレアが、お母さまから教わってない感情だった。
それでも、アリシアにとって、悪いことはなかった。
それぐらいの理解。
今、まさに、エクレアは、ぬいぐるみのように、くちゃくちゃにアリシアに扱われているのだが……
これも、妹の役目とエクレアは、なぜか、嬉しくなっていた。
ルシファーは、屋敷の居間に来た。
さて、そこには、アリシアが連れて来た男がいる。
イクシオンの五番だ。
使用人たちは、少し距離を置き、遠巻きに様子をうかがう。
なにしろ、屋敷の姫さまが、初めて連れて来た男。
などとという騒ぎは、アリシアの説明で一蹴されてしまう。
荒事があった。
そのことには、なんとなく驚き。
とりあえず、この男を、どう扱ったものか、というのが本音。
「もう、私たちは、死んでるから大丈夫よね」
女中の一人がつぶやく。皆は、うんうんとうなずいた。
もともと、屍の彼らだ。
アリシアが復活した際、ルシファーの光で、生きてるような体になったが、その実、屍なのは変わらない。
イクシオンの五番は、ただ黙っている。
「さあ、君はどうする? 殺り合うのなら、俺が、相手をしよう」
ルシファーは、彼を挑発してみた。
イクシオンの五番。
アキレスの魔眼には、使用人たちに弱点は無かった。
そもそも、彼に、生きる屍を消滅させるような力はない。
それができるなら、彼は、聖者だろう。
そして、ルシファーにも弱点は見えなかった。
イクシオンの五番は、両手を天に向け、
「しばらくは、ここにいる。あとは……」
と言うと、二階の方を見た。
「なにか、あれば……」
ルシファーは、人差し指に光を宿す。
事は直ぐに、物音一つなく、滞りなく終わっていた。
最初に光。
その瞬間、イクシオンの五番のほほを、なにかがかすめていた。
彼が、理解したのは、ほほに痛みを感じてからだ。
切れたほほ、その傷跡が、かすめた、なにかの進行方向を示している。
イクシオンの五番、彼の背後にある壁には、小さな穴が空いていた。
「魔の森、ニブルヘイムには、死人が集うか……」
イクシオンの五番は、おとぎ話の有名な一節を口にする。
使用人たちが、死人であることを、彼は、察していた。
さらに、彼は、ルシファーに、
「それにしても、あんた、いったい……」
と言いよどむ。
そして、イクシオンの五番は、ある情報を、ルシファーに告げた。
それは、彼が、砦で得た情報だった。




