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歪んだ魔眼

 シナリオが変わった。


 目の前にいるのが、女の子ではなく、恐怖を感じない獣なのであれば、戦う理由がない。ここは、引くべき。


 これは、仕事ではないのだから……


 イクシオンの五番は、意志に反し、その場にとどまる。

 両腕の痺れは引いてない。


 アキレスの魔眼は、彼に、アリシアの弱点を見せる。

 魔眼を授かってから、ずっとそうだ。


 アキレスの魔眼は、いつだって、彼に万物の弱点を見せている。


 彼にとって世界は、弱点だらけで不完全なもの。

 その一部を傷つけても罪を負うことはない。


 そもそも、それを罰する存在などいないのだけら……


 イクシオンの五番は、アリシアを見た。


 ああいう目は、嫌いだ。

 獣の目、狼の瞳……


 最後に見たのは、いつだったか……


 予備のナイフを、ふところが出す。

 痺れた茹でするぎこちない動作。


 彼自身、商機を見いだせない。

 理性は、逃げろと高らかに警告を出し続ける。

 アリシアが、イクシオンの五番を見る目。

 あの瞳だけは……


 どうしても、どうしても消し去りたい。

 それは、今すぐにだ。


 あの時と違う。

 自由に動ける。


 ナイフだってある。

 魔眼は、ずっと、アリシアの弱点を、彼に見せる。


 赤い点や線が、たくさん。


 絶対、助ける。

 そう誓ったはずだ。


 あんな、瞳は、見たくない。


 感情が理性を支配した瞬間。


 イクシオンの五番は、かんしゃくを起こした子どものように、アリシアに向かっていく。


 およそ、洗練された暗殺者らしくない動き。

 感情の塊が、突撃する。


 アリシアは、彼を殺すと決めていた。

 残酷な所業をする彼を消し去りたい。

 そうすべきだと思ったからだ。


 彼女には、それを、為す力がある。

 こぶしを握り、腕を突き出す。


 ドラゴンズ・ミート、竜の肉質が生み出す、圧倒的な力。


 それが、向かってくる彼を粉微塵に消し去ってしまう。


 しまう?

 ただ一つある、彼への疑念。


 そこだけは、確かめたい。


 だって、死んでしまったら、二度と言葉を交わすことが出来ないじゃない。


 きっと、そう!


 握った拳はそのままに、彼の突き立てるナイフを、その身で受ける。


 イクシオンの五番は、何度もアリシアにナイフを突き立てた。

「化け物め!」

「怪物め!」

「なぜ、恐れない!」

「なぜ、簡単に、殺せる!」

 自らの所業を棚に上げた、罵倒の数々。


 ナイフを突き立てる度に、跳ね返ってくる衝撃は、感情が忘れさせていた。


 イクシオンの五番は、全てを、アリシアにぶつけていく。

 彼が、生きてきた人生、その全てを、アリシアにぶつける。


 それは、まるで、八つ当たり。

 何かに対する怒りを、そのまま、アリシアにぶつけていた。


 激痛!

 そして、激痛!


 アリシアを、繰り返し襲う、それらの扱い、彼女は慣れていた。もっと、もっと、ひどい激痛を彼女は、知っている。


 ドラゴンズ・ミート、竜の肉質、その優れた耐久力で、彼女の肉体に、これといった傷はない。


 傷は、なかった……


 イクシオンの五番が繰り出す、乱撃の合間。

 ちょっとした時間に、アリシアは、彼に問う。


「じゃあ、なんで、あんなことをしたのよ」


 残酷に恐怖しないことを非難してくる、イクシオンの五番への素直な疑問だった。


 その問いに、彼は、手を休める。

 激しい動きに、息を乱していた。

 こめかみに血管を浮かびあがらせ、顔は、ひどく紅潮こうちょうさせていた。


 激しく動いた後だからか?

 それとも、爆発した感情が、外へ飛び出す寸前か?


「なんで? なんでだと! そんなの決まっている! ずっと、ずっと、決まってたんだ!」

 地団駄を踏むようにして、大声で天に叫ぶ!


「いつだってそうだ! 誰だってそうだ! 俺だって……」

 イクシオンの五番は、くちびるを噛むと涙を流す。


「だって……」

 彼は、鼻水を垂らし、肩を震わせた。


「どうせ、誰も助けてくれない。なら、何度でも殺すしかないだろ?」


 アキレスの魔眼が涙でくもる。

 視界がゆがむ。


 赤い点も、赤い線も、彼には、もう見えていなかった。


 それでもナイフを、握る手に力を込める。

 暗殺者になった、あの時から、ずっとしてきた殺し。


 取り返しのつかない所業の数々……


 大切な同胞はらから

 仲間であり家族。

 大切な狼を助けられなかった罪、その後悔を、彼は、狂気で染めてきた。


 最後にみた狼の瞳。

 あの瞳が忘れられないでいる残酷な暗殺者。


 イクシオンの五番とアリシアの目が合う。


 彼には、アリシアの瞳は、あの時と同じに見えた。


「ごめんなさい……」

 とても小さな声。


 彼は、握ったナイフを振り上げる。


 アリシアとイクシオンの五番との間合いは、近い。

 彼女は、一歩、踏み出す。


 こぶしは、いつでも届く距離。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 イクシオンの五番は、ぶつぶつと念仏を唱えるように、つぶやいている。


 アリシアは、止まらない。

 揺るぎない決心。


 握ったこぶしを、振り上げた。


挿絵(By みてみん)


 イクシオンの五番は、念仏をやめる。

 涙でゆがんだ視界に写るアリシア。


 彼女は、怒っているように、見えない。

 悲しんでいるようにも、見えない。

 力を取り戻したアキレスの魔眼。


 ゆがんだ視界に、赤い点と赤い線がぼやけて見える。

 イクシオンの五番には、アリシアが、傷だらけの血だらけに見えた。


 振り上げられたこぶしが、一直線に、彼に向かっていく。


 ああ神様、やっと死ねる。

 イクシオンの五番は、心底、そう思った。


 一撃、それで決まるはずだった。


 彼は、ゆっくりと瞳をとじた。


「誰も助けてくれない」

 アリシアは、それを知っている。


「誰も助けてくれない」

 自らの最後が、そうだった。


 誰も、助けてはくれなかった……

 世界に対する復讐。


 揺るぎない決心。


 目の前にいる男は、鬼畜同然。

 殺すべき存在……


 イクシオンの五番が、目を閉じた。


 その一撃は、途中で止まる。


 イクシオンの五番は、握っていたナイフを落とす。

 彼は、暖かい温もりに包まれていた。


 魔の森、ニブルヘイム。

 その深き、深き場所。


 誰もいない場所で、事は、はじまり……

 決着が、ついた。



挿絵(By みてみん)

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