終焉の邪竜、ファフニール
突然の来訪者。
名前もないと言う彼女に、エクレアて名付けた。
生クリームを詰め込んだシュー生地に、黒いチョコレートをかけたお菓子の名前。銀髪の彼女には、とても、お似合いだも思うの。
でも、野良の妹っているのね。
誰が、何のために、企んでるか、知らないけど、後悔をさせてあげる。
エクレアには、最初の試練、魔の森、ニブルヘイムの恐ろしさを教えるわ!
ほら、ご覧なさい、この緑豊かな森を……
と! に! か! く!
「さあ、妹よ! この森の恐ろしさを堪能するがいい」
アリシアは、地獄の底で、亡者達が奏でるオーケストラの指揮をとる魔王のように、両手を天高く上げた。
テテテテっとエクレアが、笑顔でアリシアの方へ、駆けてくる。
そう、銀髪を風になびかせ、元気いっぱいに、駆けてくる幼女の笑顔。
それが、アリシアには、違った光景に見えている。
ほらっ、早速、エクレアが逃げてきた。
ちょっと可哀想……
なんて、思ってないし!
これで、彼女も、ここから逃げ帰りたくなるに違いないわ!
エクレアは、アリシアの胸元へ飛びこむ勢い。
アリシアの方も、腰をかがめ、受け入れ態勢は、整っていた。
「お姉ちゃん、みて! みて!」
エクレアは、アリシアの眼前に、両手で包み込んでいた、ものを見せた。
「あら? なあに?」
などと、アリシアの呑気もつかの間。
エクレアは、子ども特有の、ニカッとまぶしく輝く笑顔。そして胸を張って、少し誇らしそうにした。
アリシアは、エクレアの手の中を覗き込む。
そこには……
「なっ!」
アリシアの血の気が引く。
ぞわぞわと、背中をなでるような、悪寒を彼女は感じた。
なんて、恐ろしい子なの……
ビヨーンと、エクレアの手から逃れるように、バッタが跳んだ。
「あ! 逃げちゃった……」
エクレアは、しゅんと肩を落とした。
バッタ……
昆虫って、あのお腹? なのかしら? あのぷよぷよしたのも気持ち悪いし、それに、あの顔も、何を考えているのか分からないから、絶対に、好きになれない。
「お姉ちゃん!」
エクレアが、また両手で、包み込むようにして、何かを捕まえたらしい……
だあああ!
「ぽいっ、しなさい!」
「えーーっ!」
エクレアは、とても残念そうバッタを逃す。
まったく、この子たら、末恐ろしいわ……
「お姉ちゃん、虫、嫌い?」
「虫は、苦手なのよね」
「ふーん、なら、お姉ちゃんの魔法を見せてよ」
エクレアは、無邪気に言う。
彼女は、最初、アリシアから、魔法を習いたいと言っていた。
まだ、あきらめてないのかしら?
「魔法は、使えないわ。だから、無理なの」
「使えたら、バーンとする?」
過激だわ、この子!
「しないわよ! 虫は、苦手だけど、そんなことは、しないわ!」
そもそも、魔法が使えなくても、力任せに、地面をぶん殴れば、この辺り一面、荒地に出来そうな気もする……多分……
「変なのー、それと、お姉ちゃんは、ファフニール……」
アリシアは、エクレアの言葉に、かぶせて先を言わせない。
「エクレア! その先は、ダメよ!」
アリシアの見たことない、険しい表情。
およそ、幼な子に、するような態度では無かった。
普通の子なら、泣き出すかもしれない空気感がただよう。
エクレアは、少し、小首を傾げただけだった。
それでも、さっきまでの元気はない。
だから、アリシアは、エクレアの頭を撫でてやる。
「あなたが、本当は、どこの誰かは知らないけど、ファフニールなんて、お姉ちゃんは、知らないのよ」
ファフニールは、神話の中で、世界に終わりを告げる、終焉の邪竜として描かれてる。これは、ドラゴンズ・ミート、竜の肉質を持つアリシアが、火刑に処せられた際、その罪の一つとして列挙された。
アリシアは、エクレアの頭をなでる。
柔らかい髪質。
元気を無くしている、彼女のほほを、アリシアは、触ってみた。
体温がわかる。
暖かい命。
ニブルヘイムの森は、生命にあふれている。
アリシアが、この世界に復活した際、ルシファーが放った光。それで、魔の森は、一変した。
命がない存在。
それは、アリシアと、その使用人たちぐらいだろう。
そういえば、屋敷から、人が来た。
「姫さま、出来れば、屋敷に戻って頂きたいのですが……」
使用人の深刻な表情。
アリシアは、気が重くなるのを感じた。




