妹の特権
アリシアは、使用人たちに呼ばれ、客間に来た。
すでに、来訪者は、ソファに腰掛けている。
アリシアの表情が曇る。
銀色の髪。
嫌な髪色……
「熱いお茶、そう、とびきり熱いお茶を入れて差し上げて」
アリシアは侍女に命じた。
灼熱の炎のような、お茶。
燃えるように熱いお茶こそが、銀髪には相応しいと思わない?
なにを思って、こんな屋敷を訪ねてきたのか、知らないけど。この子も、これで、帰ってくれるわね。
道中?
そんなこと……
確か……ここを見張る砦があるそうだけど、こんな子どもを通すだなんて、仕事をしてるのかしら?
黒猫のルシファーが、遅れて部屋に入ってきた。
猫の姿は、久しぶりね。
少女は、歳の頃が十歳に見える。
白い肌のせいで、ほほの赤みが強調されていた。
銀色の髪は、肩にかかるぐらい。
そして、大きな瞳をこれでもか言わんばかりに見開いて、アリシアを、一生懸命、凝視している。好奇心の塊のような幼女。
アリシアの知る、エレクトラとは、どこか違う。
彼女は、もっと、こう、何事も、俯瞰しているような印象……
可愛らしい子どもを見て、抱きしめたいとか、そういう感情は、断固ないと、アリシアは、心の中で、強く、強く思う。
「なにしに来たのかな?」
アリシアは、「とっとと帰れ」という意味で聞いた。
少女は、アリシアを下から覗き込むようにして見る。
可愛らしい幼女の上目遣いにも、アリシアは動じない。
胸にキュンキュンとくるものも、決して、決してないのだ。
「まほう? を教わりにきた?」
なぜ、疑問形?
でも、許してあげる。
そして、ごめんね。
「ここには、魔法を教えることが出来る人は、いないわ」
アリシアは、物理専門、言い換えれば、格闘技専門。魔法は、使えても初級だし、効率が、すこぶる悪い。
「まほう? だめ?」
小首をかしげる、幼女の仕草。
それは、アリシアにとって、破壊力の大きい仕草だった。
あらあら、まあまあ、この子たらっ!
そういえば、魔法なら、ルシファーが得意そうね。
「お姉ちゃんから、教わるのは、絶対!」
アリシアの心を見透かすかのような発言。
初めて見せた、銀髪の女の子の強い意志だ。
侍女が、お茶を運んできた。
アリシアは、カップに注がれたそれを、息をフーフーと吹きかけて冷ましてやる。
「ごめんね、お姉ちゃん、魔法は苦手なの」
ほんとっ、めんご!
「じゃあ、いもうと? になる」
「なんで?」
いやいや、妹なんて、いらないし……
弟なら、便利そうだけど……
「妹には特権がある。弟だと、姉にしか、特権がないらしい?」
へぇー、そんなもんなんだ……
って、なにそれ!
「いやいや、あたしは、妹なんて、いらないから!」
「なんで?」
小首を傾げても、ダメなものは、ダメなの!
「おねぇ〜ちゃん」
甘えても、ダメ……
「お姉ちゃんの妹がいい」
あらあら、まあまあ……
アリシアは、お茶をフーフーと冷ましてやると、そのまま、女の子を抱きしめた。
これが、妹の特権というものだ。




