平穏な一日と残酷のはじまり
アリシアの朝は、残虐非道な行いから始まる。
それが、彼女の清々しい一日の始まり。
アリシア討伐軍が敗走してから数日が経つ。
最近では、日の出と共に、ニブルヘイムの森にも小鳥がさえずるようになった。
小鳥たちの朝のおしゃべり。
屋敷にある、アリシアの寝室にも、その声は届いていた。
小鳥が部屋の窓枠で羽を休める。
ベットに寝ている女の子。
アリシアを見て、首を、二、三度、左右に傾げると、パタパタと仲間たちの元へと、急ぐように飛び立った。
朝の日差し。
窓入った、それは、長く部屋の奥まで届き、アリシアの顔を照らす。
白い肌がまぶしい光を反射する。
可愛らしい口からの寝息が止まった。
アリシアは、夜を恋しがる苦悶の表情を隠すように、腕で顔をおおい、目を覚ます。
着替えを済ませ、寝室を出ると、うっとうしい侍女たちが、アリシアに、朝のあいさつをしてくる。
「姫さま、おはようございます」
だから、彼女は待ってましたばかり、そのあいさつを無視した。
心が踊り、笑みがこぼれる瞬間だ。
侍女たちは、「きゃー」と悲鳴をあげる。
アリシアは、それを背中で聞きながら、侍女たちの視界から消えていく。
日に日に、アリシアを部屋で出迎える侍女たちの数は増えている。
なんだろう? もしかして、エムが多い?
アリシアの頭をよぎる、邪悪な思考。
とにもかくにも、残虐非道な行いに、アリシアは、満足していた。
一方、侍女たちの方は、アリシアの余韻に浸っていた。
「きゃーーっ、なんて可愛らしい」
「でしょ! でしょ!」
と同僚同士で、語り合う。
「あのお辞儀をして下った時の」
「そうそう、はにかんだような笑顔で、わたしたちをごらんあになる、あのお姿」
「尊い、尊いです」
などと騒いでいる。
これが、ニブルヘイムの屋敷で繰り広げられている、最近の日常。
そして、黒い霧が晴れた、ニブルヘイムが、平穏な朝を迎えた頃、エレクトラの居城に、早馬が駆けて来ていた。
その早馬は、ニーベルン、魔の森ににらみをきかす、砦よりの伝令だ。
伝令からの一報が、元老院の耳に入る。
元老長は、ある場所を目指した。
その場所とは、奥の間、ネビルの執務室、事実上、この国の政治のトップが座する部屋だ。
ネビルとは、寛容の魔女、エレクトラが、厚い信頼を寄せる人物でもある。
そして、国民には、存在が秘匿された、不気味な老人。
窓もない部屋。
身分の高い人物の牢獄とも思える執務室。
それについて不満を述べることもなく、老人の姿でネビルは、いつも、そこに座している。
元老長は、伝令が持ってきた書簡をネビルに手渡した。
ネビルは、書簡の封を破ると、長いあごひげを、片手で触る。
「この書簡を持ってきた伝令は?」
「一睡もせず、駆けてきた上、休憩をさせております」
「なら、直ぐに首を落とせ」
「は?」
ネビルは、机を叩く。
「アリオンの小僧が、しくじりおった」
ネビルは、とても、嬉しそうに言う。
元老長は、自分の唇が乾いているのに、気がついた。
「そうじゃな、派手に処刑をした方が良かろう」
「罪状は?」
窓一つもない執務室。
石壁には、苔が生えていた。
ランタンの炎が、室内を照らす。
ここは、いつもカビ臭く、居心地が悪い。
今日は、いつにもまして……と元老長が思い巡らせていると、やっと、ネビルが口を開いた。
「この書簡を、そのまま、国民に知らせよ。敗北は、罪じゃ」
元老長は、「敗北したのは、伝令ではないのでは?」との反論を封印した。
替わりに、
「仰せのままに」
と返事した。
砦からの書簡は簡潔。
「我、破滅の魔女、アリシアに破れり」
たった一言の書簡。
だから、国民には、こう伝えられた。
「聖騎士アリオンが、破滅の魔女、アリシアに敗れた」
と、脚色なく、書簡のとおりだ。
詳細がない一報。
人々は、ない部分を、想像で補完する。
そして、伝令の公開処刑が、群衆が集まる中、執行された。それは、残酷な出来事が、人々の脳裏に焼きつく瞬間でもある。
だから、人々は思い描いてしまう。
大昔に、火刑で退治したはずの魔女。
その魔女の復活。
誰もが、残虐非道な魔女を想像し、破滅の魔女、アリシアを恐れた。




