その薄い生地は強風で乱された。
剣が折れることは、よくあること。。
日常茶飯事の些細な出来事だ。
まあ、ちょっと特別な剣だったかもしれないわね……
ほら、だって、あたしのパンチを防いでたでしょ?
散り際って言うのかしら?
折れた時、ちょっとだけ派手だったような……
だから、謝ったじゃない!
ほら立って! 立って!
勝負は、まだついてないわよ!
アリシアの前で、聖騎士アリオンは、ひざまづくようにしてうなだれる。そして、彼女を中心に、遠巻きに円状に散っていた兵士たちも同様な様子。
一人の兵士が、気が狂ったような奇声を発し、剣を抜く。
アリシアから、遠い、遠い間合い。走っても、数秒はかかる距離。
ひざがガクガクと震えている。
唇は、紫色に乾いており、歯をガタガタと鳴らす。
異変を察知したアリシアが、その兵士を見た。
ただ、見ただけ……
兵士は、剣を落とし、腰を抜かすように、尻もちをついた。
すでに、勝敗は、決していた。
聖剣が、折れた。
アリシアは剣をつかみ……これも、異常だが……こともあろうに、指先の握力で、つぶして砕いたのだ。
聖騎士アリオンは、地面に転がる、聖剣の折れた刃を見つめた。
「そんな、バカな……、エレクトラさま……」
彼にとって、それは、死を意味する。
だから、聖騎士アリオンは、
「情けは、いらない! だから、俺を、早く殺せ!」
と言った。
遠巻きにいる兵士たち、先ほど、尻もちをついた兵も、皆、聖騎士アリオンに続き、「殺せ」、「殺してくれ」と涙声で言う。
荒地と化した大地に、一陣の風が、駆け抜けていく。
アリシアは、とても不機嫌。
なに、なになになにーーっ!
なんなのこれ!
聖騎士アリオンは、また、
「殺せ!」
と言う。
なんなの、これ!
正直、キモいです!!
背中を振り返ったアリシアは、ルシファーを見た。
彼は、肩をすくめて、両の手のひらを天に向けた。
よりよって、天のあれに丸投げって……
ルシファーが騎乗する馬の瞳が、アリシアをジッと見ている。
動物はいい。
馬は、顔が大きいから、実は、ちょっと苦手。
だけど、動物はいい。
だって、なにも考えてなさそうだもん。
アリシアは、中々、敗北者たちに、手を下さない。
聖騎士アリオンのいらだちは高まる一方。
それは、もはや、怒りといってもいいぐらいの感情。
そこに、いくつかの疑問が混ざる「なぜ、すぐに殺さない」という疑問。「聖剣を折ってしまうほどの怪力、ずっと手加減をされていたのではないか」とか「そもそも、剣を体で防ぐ必要もなかった?」とかだ。
アリシアの服は、無傷とはいかない。
ところ、どころ破れてたりする。
破滅の魔法使い、アリシア。
世界の秩序を乱し、世界を破滅に導く元凶。
そして、火刑で破滅した魔女ともいえた。
破滅の魔女なら、その名の通り、人々を破滅に導かなければならない。それが、理? というもの……
もし、ここで、聖騎士アリオンたちが、生かされることがあれば……その秩序が乱れてしまう。
それが、世界を破滅に導く? のか……
くそくそくそくそ!
聖騎士アリオンは、怒鳴った!
「とにかく、俺たちを早くを殺せ!」
彼は、顔を上げ、アリシアをジッと見る。
魔法使いの女の子、アリシアの足元から見上げるようにして、にらんだ。
魔法使い独特の黒いワンピース。
生地は、砂埃で汚れ、聖騎士アリオンが加えた剣撃で、傷んでしまっていた。
これから、世界に実害を与えるであろう女の子だ。
邪悪な怪物? のはずの女の子だった。
命を奪うことを躊躇するはずもない。
殺せ!
容赦なく、敗者を殺せ!
アリシアに負けた聖騎士アリオンは、心から願う。
「くっ!」
アリシアは、後ずさりをしそうになる。
だって、なになになになに!
なんで、そんな、お腹が空いた子犬みたいな熱い瞳で見つめるのよ!
懇願? 期待?
だいたい、「殺せ」って命令口調よね。
ちょ、ちょっと生意気じゃない。
「ぜっ、絶対に殺さないんだから!」
「ななっ!」
聖騎士アリオンの絶句みたいなもの。
アリシアの背後からは、笑い声。
ルシファーは、腹を抱えて笑っている。
とても大きな笑い声。
遠く離れて周囲を取り囲む兵士たちは、ただただ戸惑う。
気を取り直した、聖騎士アリオンが、言い返そうとした時。
地を這うような強風が、吹き抜ける。
一瞬の出来事。
アリシアは、乱れる髪を抑える暇もない。
魔法使い特有の黒いワンピース。
その薄い生地も強風で乱された。
スカートが、大きく乱れる。
足元にいる聖騎士アリオンは、その姿に、とても動揺した。
そして、顔を背けてしまう。
遅れてスカートの乱れを両手で抑えたアリシア。
顔を背ける聖騎士アリオンを見て、何かを察した。
「見たでしょ?」
口を尖らせて言う、アリシアのほほは真っ赤だ。
「見てない」
と全力で否定する聖騎士アリオンもまた……
アリシアは、お腹に力を込めて、声を出した勢いで、前屈みになった。
「ぶぁーかー、エッチ、死んじゃえ!」
その叫びは、森中に響きこだまする!
荒地となった森の辺境を中心に広がる叫び声!
かつての魔の森、ニーベルンに「エッチ、死んじゃえ!」がこだまする。
兵士たちがつぶやく。
「アリオンさまが、エッチ……」
「いったい、なにが……」
ザワザワと浮き足立つ兵士たち……
聖騎士アリオンは、立ち上がる。
それは、何かを振り払うように、そして、解き放たれたようにも見える力強く、この場から早く逃れたいという強い意志が、垣間見える、素早い動きだった。
その時、彼は見てしまった。
アリシアが、彼をにらむ顔。
瞳は、涙でうるんでいた。
聖騎士アリオンは、討伐軍に、大声で命じた。
「撤退!!」
彼は、砦の方向に駆けていく。
動揺を隠せない、兵士たちも、一人、二人と、彼に従う。
アリシア討伐軍の敗走。
この一報は、寛容の魔女エレクトラの耳に、元老院を通して入ることになる。
兵士たちが敗走したあと、アリシアとルシファーの二人が取り残された。
「ねぇ、あの人たち、なにしに来たのかしら」
アリシアの疑問に、ルシファーは、すぐに、答えてくれない。
ただ、
「なら、君から、あいつらに聞きに行けばいい。世界を征服するんだろ?」
と言った。
「決まってるじゃない。あたしには、守るものがないから、攻めるわ」
破滅の魔女、アリシアは、誰もいらないし、信じていない。
だけら、守るものもない。
とても機嫌が良さそうな表情で、ルシファーは笑う。
「君は、面白いことを言う。俺が、思うに、あいつらは、きっと、何かを守るために、攻めてきたんじゃないかな」
ルシファーは、アリシアの疑問に答えを言った。
アリシアは、不機嫌な声で、
「そんなこと、知ってたわ」
とぶっきらぼうに返事する。
アリシアとルシファーは、屋敷の方角へと、姿を消した。




