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【第5話 2ndクエスト 幽霊屋敷の幽霊退治?】

 前回のクエスト達成から一週間。

 あれ以降、僕らに合う依頼が見つからず、生活費でお金を減らすだけの毎日だったが、ようやくよさげな依頼を見つけることができた。


 依頼内容は、幽霊屋敷に出る幽霊を退治してくれというもの。報酬は20万ゴールドと決して多くはなかったが、冒険者のレベル・人数・職業を問わず、初心者でも可という条件と、なにより、前金として10万ゴールド、成功した場合に残り10万ゴールドが払われ、失敗しても前金の10万ゴールドは返さなくてもよいという破格の条件に、4人とも乗り気になった。

 ズルをしていいなら、前金の10万ゴールドだけもらって、あとは何もせず、失敗しましたと報告しても、10万ゴールドはそのまま手に入れることができるのだ。。まぁ、そんなことをしようとは思わないけどね。


 そんなわけで、僕らは依頼主の屋敷へ来ていた。

 依頼主の名前はザボーンさん。かなりの高齢だが、以前は商売をしていたそうで、顔に刻まれた深いシワには、海千山千の人間を相手してきた経験が刻み込まれているかのようだった。一件優しそうだが、瞳の奥の意志の強さを示す光は、引退しても衰えず輝いているように見える。


 そのザボーンさんは、今はもう商売は息子に譲り、その息子とともにこの大きな屋敷に住んでいるとのことだ。


「それで、問題の幽霊屋敷とはどういうところなんですか?」


 僕はさっそくザボーンさんに尋ねる。


「街の大通り沿いにある、以前に、今は亡き妻とわしとが住んでいた家だ。当時のわしは駆け出しの商人で、毎日食っていくのがやっとだったが、妻はそんなわしを支えてくれて、思い出深い家なんだ」


「そんなところに幽霊が出るんですか?」


 幽霊屋敷というから街はずれとかそういう人があまり近寄らないところを勝手にイメージしていたので、大通り沿いという立地に違和感を感じる。


「今は大通りになっているが、昔、区画整理が行われる前は、細い小路だったんだ。大通りになったおかげで、商売もやりやすくなったんだがな。二人で住んでいた頃は静かなもんだったよ」


 ザボーンさんは昔を懐かしむように遠い目をする。


「それで、幽霊というのは具体的などのような感じなんですか? 目撃した人はいるんでしょうか?」


 以前の世界なら幽霊なんてものは、勘違いか自然現象ですませるところだが、この世界にはアンデッド系のモンスターという確かな脅威が存在している。今回の件も、アンデッド系モンスターが原因の可能性が高い。

 そして、アンデッド系モンスターの中には、ゾンビやスケルトンのよう物理的な体を持ったやつらもいれば、ゴーストやスペクターのように肉体を持たない連中もいる。幽霊と言うからには、可能性としてはこのゴーストやスペクターの可能性が高いだろう。


 ちなみに、ゴーストもスペクターも、未練を残して死んだ人の怨念がこの世に残ったものだ。ゴーストが死体や物に取りついてそれらを操るのに対して、スペクターは他者に取りつくことなく怨念自体が形となったものだ。その形はぼやっとしており、物理的な肉体は持たない。わかりやすく言うとと、ゴーストはポルターガイストのようなもので、スペクターは亡霊のようなものといったところか。


「わしが見た幽霊は白いヒラヒラした姿をしていた」


「そいつは襲ってきたり危害を加えたりしてきましたか?」


「いや、そういうことはなかった」


 話を聞くだけでは相手の絞り込みは難しそうだった。ゾンビやスケルトンのような相手ではなさそうだが、何かに取りついているゴーストの可能性もあれば、スペクターの可能性もありそうだ。もしかすれば、もっとレアなアンデッド系モンスターの可能性もある。場合によっては、アンデッド系ではないモンスターの可能性さえある。


「実際に見てみないことにはわからなそうだね」


「……そうだな」


 ニアの言葉に僕もうずく。


「では、早速今晩にでも行ってみるか?」


「はい、お願いします」


「では、夜にまたこの屋敷に来てくれ。家まで案内する」


「ザボーンさんも一緒に来られるんですか?」


「家の鍵はわしが持っておるからな」


「それはそうなんでしょうが……」


 正直依頼主と一緒というのは、守る対象が増えてしまうのであまり好ましいとは言えない。だが、確かに会ったばかりの冒険者に鍵を渡すというのも、依頼主からすれば不安だろう。中には、家の中のものを勝手に持ち去るような冒険者がいてもおかしくはない。もちろん僕らはそういう人種ではないが。


「それにあの家はわしにとって思い出のつまった大切な家だ。幽霊をなんとかしてもらう必要があるが、家の中を荒らされては困る。極力家に被害を出さないで対応してもらいたい。そのためにもわしがちゃんと見ておく必要がある」


 それはなかなか困った条件だ。幽霊がモンスターなら戦闘はさけられない。それなのに被害を出すなと言われて、さらに監視までされることになる。

 善処はするけど……思ったより困難な依頼になるかもしれないな。

 そんなことを思いながら、僕たちは一旦屋敷を後にし、夜にまたこの屋敷を訪ねることにした。


◇ ◇ ◇ ◇


 幽霊の正体は不明なままだが、僕たちは夜になる前に、方針を立てておくことにした。


 敵がアンデッド系、特にゴーストやスペクターのようなモンスターの場合、今回の戦いの主力は神官のニアになる。神官の使う神聖魔法には攻撃的な魔法はあまりないが、アンデッドに対しては、アンデッド特攻ともいえる『ターンアンデッド』という魔法がある。相手が精神抵抗に失敗すれば即消滅、抵抗されてもダメージを与えられという対アンデッド用の魔法だ。

 あとは、メンディの魔術師スキルによる魔法も有効だ。

 一方で、物理攻撃しかないリーシャはまったくの戦力外となってしまう。学者スキルしか持たない僕も同様だ。


 もし同じアンデッド系モンスターでも、ゾンビやスケルトンのような実体のある相手なら、ニアとメンディに加え、リーシャも戦力として考えられるので、対応はより簡単になるだろう。話の感じではこの可能性は低いかもしれないが。

 ちなみに、僕が戦力外なのは言うまでもない。


 相手がアンデッド系でなかった場合は、リーシャが接近戦、メンディが魔法で支援、ニアが回復支援と、通常の戦いを行うことになるだろう。僕は……以下同文。


 ただし、モンスターが強敵の場合は即座に撤退することになる。敵に遭遇したら、なによりまず僕が学者スキルの『モンスター鑑定』を行い、敵の種類を把握する。これがまず戦いの第一歩と言える。

 おっ、そう考えると、僕の役割があるじゃないか!

 よかったぁ、パーティでの役割があって。


◇ ◇ ◇ ◇


 そして夜を迎えた。

 戦い方については、パーティ内で十分に意思統一を図っている。

 僕たちは屋敷でザボーンさんと合流し、彼の案内で街にある幽霊屋敷に向かった。


「ここがその家だ」

 屋敷にたどり着くと、ザボーンさんがランタンで建物を照らす。建物の外観は、幽霊屋敷と呼ぶほどではないが、だいぶ古びていた。

 ザボーンさんが扉の鍵を開け、ランタンを持って、先に家の中に入る。

 僕らはそれに続いた。当然だが、室内は真っ暗だ。


「『ライト』の魔法をつかうぞ」


 さすが魔法、便利だ。しかし、メンディが呪文を唱えようとするのをザボーンさんが制する。


「精神力は残しておけ。わしが灯りをつけて回るからちょっと待っておれ」


 これから幽霊との戦闘になる可能性があるわけで、メンディは灯りをつけるライトの魔法を使おうとしたが、それをやめる。

 幽霊がゴーストやスペクターのようなアンデッド系モンスターであれば、ニアとメンディの魔法しか対抗手段がないのだ。メンディの精神力を温存しておくにこしたことはない。


 ザボーンさんが部屋のロウソクに火を灯して回ると、その灯りに照らされて、部屋の様子が見えてくる。

 幽霊屋敷というから、ぼろぼろで蜘蛛巣が張っているような室内を想像していのだが、室内は小ぎれいに整理されていた。誰も住んでいないという話だったのに、埃もあまりなさそうだ。人が住んでいるような生活臭のようなものは感じられないが、定期的に清掃されている、そんな印象を受けた。


「こんな綺麗なところに本当に幽霊なんてでるんでしょうか?」


 リーシャの疑問も当然だ。僕も同じことを感じている。


「以前にわしが幽霊を見かけたのはこの部屋だ。念のためにほかの部屋の灯りをつけに行ってくるが、おまえさんらはここで待機していてくれ」


「……わかりました」


 依頼者であるザボーンさんを一人にするのは気が引けたが、戦力を分散したくなかったのと、今までのところ幽霊から襲われたということないとの話だったので、ザボーンさんの言葉に従うことにした。


 僕たちは一応あたりを警戒してはいたが、正直、緊張感にはかけていた。まず幽霊なんてものが本当に出るのか懐疑的であること、また、出るにしてもいつ出てくるのかわからないこと、それらはオーガーを前にしたときの、緊張感のあるあの状況とは天と地ほどの差があった。長い夜になる、そう思っていたこともあり、はっきり言ってしまえば、僕らは油断していた。

 だから、薄暗い室内に、急に現れた白いヒラヒラしたものを目にしても、誰もすぐに動けなかった。情けない話である。


「で、でたぞっ!」


 メンディの声で、ようやく僕らは武器を構える。


 白いヒラヒラは宙に浮かび、何かしかけてくるでもなく、上下に揺れている。


 まずは敵の正体を探るのが第一だ。

 僕は、作戦通り、学者スキルのアビリティである「モンスター鑑定」を使ってみる。


 モンスターの名前を聞いたときに、そのモンスターのことをどれだけ知っているか確認するのが、前にゴブリンやオーガーのときに使ったのが「モンスター知識」のアビリティだが、この「モンスター鑑定」は、実際にモンスターを見たときに、そのモンスターが何のモンスターであるか知るためのアビリティだ。

 いくらモンスターの知識があっても、実際にモンスターを見たときに、それがそのモンスターであると認識できなければ意味はない。そのため、モンスターに遭遇した場合は、まず「モンスター鑑定」のアビリティを使って、モンスターの種類を知り、その後「モンスター知識」のアビリティを使って、能力を把握するというのが鉄則なのだ。


 そう思って、「モンスター鑑定」の判定をしようと、ダイスが出てくるを待っているのだが――いつまで経ってもダイスが出てこない!


 え、なにこれ!? 知名度が低いモンスターや、認識疎外させる特殊能力を持ったモンスターの場合、よほど高い数値を出さないと、何のモンスターであるかわからない、というのは聖書(ルールブック)を読んで知っている。だが、そもそもモンスター鑑定するためのダイスが振れないなんて、聖書にさえ載っていない事態だ。

 なんだ、これは!? 一体、なにが起こっているんだ!?


「みんな、気を付けろ! モンスター鑑定ができない!」


「モンスター鑑定に失敗したの!?」


「違う! ダイスが出てこず、モンスター鑑定自体ができないんだ!」


 ニアの勘違いを正し、ことの異常性を伝えて、皆に警戒をうながす。

 しかし、問題の幽霊のほうは相も変わらず宙をヒラヒラしているだけだ。


「私が『ターンアンデッド』を使うわ!」


 ニアがダイスを振る。

 ターンアンデッドは、人間や普通のモンスターにはなんの影響も与えられない魔法だが、命を持たざるモンスターであるアンデッド系モンスターに非常な有効だ。相手が精神抵抗に失敗すれば、問答無用でアンデッドを消滅させることができる。


「頼むぞ、ニア!」


「やった! 6ゾロだよ!」


「ナイスです、ニアさん!」


 ターンアンデッドの魔法が6ゾロということは、魔法が自動的に成功したということだ。これなら相手の精神抵抗関係なしに消滅させることができる――はずなのだが、相変わらず白い幽霊はヒラヒラしている。


「ど、どうして!?」


 魔法を6ゾロ成功させたニアが戸惑っている。

 ニアにもなぜ効かないのか理解できないようだ。


「俺が『光弾』の魔法を試してみる」


「待ってくれ! 光弾の魔法だと家に傷をつける可能性がある!」


 ターンアンデッドはアンデッドにのみ影響を与える魔法なので、魔法に成功しても失敗しても、何かに物理的な損傷を与えることはない。しかし、魔術師の使う『光弾』の魔法は、魔力のこもった光の弾だ。それは魔法的な力だけでなく、物理的なエネルギーと破壊力をも有している。こんな室内で使った場合、周りに損傷を与えないですむ保証はない。

 僕たちが襲われた場合は、周りに被害を出すこともやむを得ないが、依頼主から家を傷付けないよう言われている以上、今はまだ使うべきときじゃない。

 そのことを理解してくれたのか、メンディは魔法を使うのをやめ、杖を構えながら白い幽霊を目で追っている。


 そうやって、僕たちが次の手を打てないで無為な時間を費やしていると、白い幽霊はロウソクのそばに近づいたかと思うと、その全身を一気に炎で燃やすし、次の瞬間には跡形もなく消えてしまった。


 僕たちは訳が分からず、ただ黙って幽霊が消えた虚空を見ていることしかできなかった。


「どうした! なにがあった!?」


 奥の部屋に行っていたザボーンさんが慌てたように戻ってきた。

 僕たちが今起こったことを正直に話すと、ザボーンさんはその話を疑うことなく信じてくれた。


「やはり幽霊はいるんだな。しかも、簡単に退治できないような幽霊だということか」


 情けない話だが、僕たちはザボーンさんに返す言葉がなかった。

 今回の僕たちは本当に何もできなかったのだから。


◇ ◇ ◇ ◇


 ザボーンさんは、幽霊が出ることは確認できたのだから、これで依頼を終わってもよいと言ってくれた。成功報酬の10万ゴールドは払えないが、前金の10万ゴールドはそのままもらってしまってもよいという、信じられないくらい寛大な対応を申し出てくれた。

 正直言えば、そのお言葉に甘えて、10万ゴールドだけもらって、この依頼から逃げてしまおうという気持ちがなかったわけじゃない。だが、僕たちにも冒険者としてのプライドがある。これからもこの世界で生きていくのに、このまま逃げては、負け犬として生きていくことになりそうな気がした。

 たとえ、倒せないような相手であっても、やれることだけはやって諦めないと、自分たちを冒険者と認められない、そんな気がした。

 これは4人全員の共通した思いだった。


 だから、僕たちは翌日、ザボーンさんに頼んで、もう一度幽霊屋敷に挑戦することにした。


 このままでは終われない。

 僕は今日の戦いをもう一度思い返す。


 ターンアンデッドが6ゾロで完全に成功したのに消滅しない相手。

 それはつまりアンデッド系モンスターではないということ。

 いや、それ以前に、僕の『モンスター鑑定』が使えない相手。

 相手がモンスターならこんなことはありえないんだ。

 でも、逆に言うと――


 僕は、今回の依頼解決の糸口をつかんだような気がした。


◇ ◇ ◇ ◇


 翌日。夜になり、僕たちは再びザボーンさんとともに幽霊屋敷にやってきた。

 昨夜と同じように、ザボーンさんが先に幽霊屋敷に入り、ロウソクに灯りをつけて回る。


「それじゃあ、わしは奥にも灯りをつけてくる」


「お気をつけて」


 これも昨日と同じように、ザボーンさんが部屋を出て、奥の部屋へと消えていく。


 しばらくして、また白いヒラヒラする幽霊が現れた。

 今回も同じようにヒラヒラ上下に揺れるだけで、なにか攻撃をしかけてくる様子はない。


「みんな、そのまま待機してくれ」


 何か仕掛けようとするみんなに、僕は動かないよう指示をする。

 疑問符を浮かべた表情を向けてくるが、焦りのない僕の顔を見て、みんなは何も言わず僕の言葉に従ってくれた。


 やがて、昨夜と同じように白い幽霊が一瞬炎を上げて光ったと思った瞬間、あとかたもなく消え去る。


 その後、これも昨夜同様、ザボーンさんが部屋に戻ってきた。

 僕は、ザボーンさんに視線を向けた後、剣を抜きながらメンディに顔を向ける。


「メンディ、僕の剣の先に『ライト』の魔法を使ってくれ」


「何か考えがあるんだな? わかった」


 僕は抜いた剣を掲げる。メンディが呪文を唱え、ダイスを振ると、僕の剣先に光が灯る。

 僕はライト替わりの剣を、幽霊が燃えて消えたあたりの床に近づける。

 そこには何かが燃え尽きたような灰の欠片さえなかった。

 灰でもあればわかりやすかったが、さすがにそんな簡単ではないか。でも、燃えたあとに必ず灰が残るわけでもい。僕は前の世界で、そういうケースをいくつか見たことがある。


 次に光を天井に向ける。昨日は部屋が薄暗くて気づかなかったが、天井にはフックのようなものがいくつか設置されていた。幽霊がヒラヒラしていたところの上にもフックがあるのを確認する。


「どうしたんだ!?」


 僕の動きを見て声をかけてきたザボーンさんの顔には焦りの色があるように感じられた。

 それはそうだろう。


「ショウ、幽霊のことなにかわかったの?」


 僕はリーシャにうなずいて見せる。


「ターンアンデッドの神聖魔法も効かず、モンスター鑑定さえできない。――それもそのはずだよ、僕たちが見ていたのはモンスターでもなんでもなかったんだから」


「じゃあ、一体なんだっていうの?」


 僕はザボーンさんの方に向き直る。


「ザボーンさん、あの幽霊はあなたの仕業ですよね」


「な、なにを言いだすんだ!?」


 皆の視線もザボーンさんに集中する。ザボーンさんの表情が驚きの色に染まる。それは、急に変なことを言われた驚きというよりも、隠していたことを突かれたような驚きの表情に見えた。


「天井のフック、あれを利用して、糸か何かを通し、別室からザボーンさんが幽霊を操っていたんですよね」


「でも、あの幽霊は急に燃えて消えちゃったよ?」


「おそらく、手品で使うフラッシュペーパーのような、燃やせば跡形もなく燃え尽きるような紙を使ったんだと思う。この世界に硝酸や硫酸があるのかどうかはわからないけど、魔法のある世界なら同じような効果があるものを作れてもおかしくない。部屋の灯りとして、ランタンやランプではなく、わざわざローソクを使っていたのも、薄暗くして種がバレるのを防ぐためだけじゃなく、幽霊に見立てた紙に火を点けるためでもあったんだよ」


「…………」


 ザボーンさんは僕の説明を黙って聞いている。


「ザボーンさん、奥の部屋を確認させてもらってもいいですか? おそらく幽霊を操っていた糸のようなものがどこかにあるはずです。糸までは燃やせないから、引っ張って回収しているはずです。それにこの部屋を覗ける仕組みもどこかにあるんでしょう。ローソクに近づけて燃やそうと思うと、部屋の中が見えてないと難しいですから。隣の部屋から覗けるのか、魔法のアイテムで覗いていたのかはわかりませんが」


「……確認する必要はない」


 ザボーンさんは観念した顔で肩を落とす。


「お前さんの言うとおりだ。全部わしが仕組んだことだ」


 しらを切りとおすかとも思ったが、ザボーンさんはあっさり認めた。


「でも、どうしてわざわざそんなことを? 冒険者ギルドに依頼を出してまで」


 ニアの疑問はもっともだった。


「……この家は、今は亡き家内とわしとの思い出の詰まった家なんだ。あいつには苦労をかけたが、いつもこの家でわしに笑いかけてくれていた。わしは二人が共に生きた証として、この家をいつまでもこのまま残しておきたいと思っておる。今も頻繁に掃除に来ているが、だんだん体も融通が利かなくなってきた。それでも、わしが生きているうちはこの家を守ることができるだろう。だが、根っからの商人のわしの息子は、この家を商売に利用しようと思っておる。わしが死ねば、きっとこの家を売るか改装してしまうだろう」


 確かにこの家は大通りに面している。昔は小さな道だったとのことだったが、区画が整理されて大きな通りってしまった今、この土地の利用価値が高まっているのは間違いない。


「だから、わしは幽霊が出るという噂を流して、誰もこの家に手だしできないようにしようと思ったんだ。幽霊が出る家となれば、商売で利用することもできんし、買おうと思うやつもいないだろ?」


「自分だけで噂を流しても誰も信じないから冒険者を利用しようとしたんですね?」


「……ああ。冒険者も簡単に討伐できない幽霊となれば、誰も手を出さないだろうし、取り壊すのも躊躇するだろ?」


「前金を多くして、依頼達成できなくても返還不要にしたのは、冒険者にトリックに気づかれる前に、とっとと諦めてもらうためですね?」


「……そうだ。冒険者も退治を断念した幽霊屋敷という事実が欲しかったからな。だから、金だけもらってすぐに諦めてくれるような冒険者がよかったんだが……君らのような真面目な冒険者に当たってしまうとはな」


 ザボーンさんは苦笑いを浮かべる。


「……私たちが幽霊退治できなかったってことにしちゃったらダメなのかな?」


 リーシャは優しいなぁ。でも、それはダメなんだよ。


「そうすると、僕らは依頼を失敗したことになってしまうんだ。僕たちみたいな駆け出しの冒険者にとって、依頼失敗は評判を落とすことになって、今後の活動への影響が大きくなってしまうんだよ」


「……ごめん、そこまで考えてなかった」


 ザボーンさんと同じように、リーシャまで暗い顔で沈み込んでしまう。

 女の子にそういう顔させるのは僕もいやなんだよ。


「……すまんかったな。わしもそこまで考えておらんかったわ。……わしが死ねばこの家もそれまでか。自分が死んだあとまであいつとの思い出を残しておこうというわしが間違っておったのかもな。……わしが死んだ後も、この家をこのままちゃんと管理してくれる信頼できるやつでもいてくれればよかったんだがなぁ」


 ザボーンさんの沈痛な面持ちを見て、僕らも心苦しくなり、うつむいてしまう。


「すみません、力になれず……。ザボーンさんが奥さんのことを大切に想っておられるのは、僕らにもすごく伝わってきます。……今回の依頼内容ではありませんが、これも依頼の内ということで、この家をこのまま残せる方法を僕らも考えてみます。みんなもいいだろ?」


 自分でも損な性格だと思う。ドライに依頼完了で依頼料だけもらっておけば、簡単なんだろうけど、なんて言うか、そういう心にモヤモヤ残しておくのはいやなんだよね。人に評価されなくてもいいから、自分にだけは認められる自分でありたいというか。


 だけど、自分の我がままにパーティのみんなまで巻き込むのは心苦しかった。もしみんながこんなことに付き合えないというのなら、パーティとして依頼をこれで終わらせて、僕だけでもザボーンさんに付き合おう――そう考えてみんなの顔を見た。


「私もショウに賛成だよ」

 微笑みを返してくれるリーシャ。


「俺も付き合うぜ」

 親指を立ててみせるメンディ。


「ここで放り出したら神様に怒られちゃうよ」

 ウインクしてくるニア。


「みんな……」


 最高だぜ、こいつら!


「というわけでザボーンさん! あなたの問題が本当に解決するまで俺たちは付き合いますよ! 成功報酬はこの問題が解決したときにいただきます!」


「あんたら……冒険者とは思えんやつらだな……」


 それは褒めめられてるのか? けなされているのか?

 でも、ザボーンさんの表情を見たら後者ではないというのはなんとなくわかった。


「……そうだ!」


 急にザボーンさんが手をポンと打って顔を上げる。その顔は、何か思い付いたような明るい表情だ。


「あんたら、この家に住む気はないか?」


「……え?」


 突然の話に僕らは顔を見合わせる。


「修繕以外にはこの家の外装も内装も手をくわえず、定期的に掃除もする、そういう条件であんたらがここに住むというのはどうだ? 駆け出しの冒険者ならまだ拠点となる家も持つておらんだろ?」


「確かに全員宿屋暮らしですが……。でも、家を借りるようなお金があるわけでもなく……」


 貧乏パーティですみませんねぇ!


「この家の管理費と、借家料は相殺という条件ではどうだ?」


 それは破格の条件だった。4人でただでここに住めれば、毎日の宿代が浮いてくる!


「いいんですか!? そんな一方的に私たちが得するような条件で?」


 リーシャはやっぱり性格がいいんだなぁ。自分たちからそんなこと聞くなんて。


「この家さえ今のまましっかり守ってくれれば構わんよ。金に困っているわけでもないからな。それに、息子やほかの連中よりはあんたらのほうが信用できそうだ。わしが死んでも契約が継続されるような契約にしておけば、誰も手を出せん」


 ずいぶんと買いかぶられたものである。それとも、その息子さんとやらがよっぽどの人なのか?


「けど、もし俺らがその約束を破ったり、最悪パーティが全滅した場合はどうするんだ? ザボーンさんが生きてれば新しい契約相手を探すこともできるだろうけど、そうでなかった場合とか……」


 メンディの言うことももっともだ。契約を結ぶのなら万が一僕らがいなくなった場合のことも考えておかないといけない。けど、これについては僕に考えがあった。


「冒険者ギルドを契約に利用しよう。僕たちが契約を破ったり、全滅して契約を果たせなくなった場合、冒険者ギルドがザボーンさんや僕らに変わって、今の条件で家を使う相手を探すように契約書に記しておくんだ。冒険者ギルドに手数料を払っておく必要があるけど、これから浮く宿代のことを考えれば、そのくらい大した額にはならない」


 聖書(ルールブック)に書いてあった冒険者ギルドの項目に、隅々まで目を通しておいてよかった。入会金を払って冒険者ギルドに加入しておけば、こういう形でもギルドを利用することができるんだ。契約における保証人の役割や、場合によってそれ以上のこともしてもらえる。


「ならその手数料はわしが払おう。今回の依頼料は、金に困った初心者冒険者が受けてくれるよう、低く設定してしまったからな。追加の依頼料がわりだ」


 渡りに船というか至れり尽くせりというか。格好悪いが、僕たちはザボーンさんのお言葉に甘えることにした。


 この後、僕たちはザボーンさんと契約を交わして、賃貸ではあるが、無事パーティの拠点を手に入れることができた。

 契約の内容は簡単にいう次のような感じだ。


・フォーアローズは、ザボーンからこの建物を借りる代わりに、建物の維持管理を行う。

・建物の賃借料は、維持管理費と相殺し、0ゴールドとする。

・フォーアローズは、この建物の外装及び内装をザボーンの許可なしで変更してはならない。なお、破損等による修繕はこの限りではない。

・フォーアローズは、第三者にこの建物を売却又は貸与してはならない。

・フォーアローズは、この建物の使用を停止する場合は、ザボーンに返還する。ただし、ザボーンの死亡等の理由で返還ができない場合は、冒険者ギルドを通じて代わりの契約者を見つける。

・ザボーン及びフォーアローズメンバーの死亡等により、この建物の使用者が不在になった場合は、冒険者ギルドが代わりの契約者を見つける。

・この契約はザボーンの死後も継続するものとする。なお、その場合、建物所有権は冒険者ギルドが有するものとする。


 そして、今僕らは、その新たな拠点で、簡単なパーティを開いている。

  

「それでは、我らがフォーアローズの拠点を手に入れたことを祝して、かんぱーい!」


 未成年ばかりなので、果実水の入ったグラスを皆で掲げる。乾杯のやり方が違ったり、そもそも乾杯の概念がない世界から来た者もいたが、そこは僕の世界のやり方に合わせてもらった。

 用意したのは、料理屋でテイクアウトした料理で、正直、それほど豪華なものではなかった。でも、自分たちの家で食べる料理はうまかった。料理の味は、一緒に食べる相手と、食べる場所で決まると聞いたことがあるが、まさにその通りだ。


 なお、この家は1階にリビングやキッチンやトイレがあり、2階には狭いながら部屋が4部屋あったので、一人一部屋ずつ自分の部屋を持つことができた。寝るスペースを確保すると自由に使えるスペースはあまりなかったが、自分だけの空間を持てるというのは何物にも変えられほど幸運なことだと思った。


 また、今回の依頼達成により、依頼料として前金とあわせて20万ゴールドを手に入れることができた。一人4万ゴールドずつ分け、残り4万ゴールドをパーティ用資金とした。この家の維持管理は基本的にこのパーティ用資金で賄っていくことになる。パーティ用資金を用意しておくのは大事だ。


 そして、クエストクリアに伴い、GМ(ゲームマスター)から一人1500のスキルポイントを得ることができた。今回はモンスターは一匹も倒していないため、手に入ったのは、純粋にクエストクリアによるポイントのみだ。


 僕のスキルポイントは、前の残りと合わせて1513点となったが、学者レベルを5に上げるためには、3000点必要であるため、今回の成長はなしにした。戦士スキルの一つでも取ったほうがいいのではないかという心の葛藤もあったが、切りのいいところで学者スキル5まで上げたくなるのが人の(さが)である。


 リーシャはスキルポイント2013点になったが、戦士スキル4に上げるのに3000点必要であるため、僕と同様今回は成長なし。


 メンディもスキルポイント1513点で、魔術師スキル3に必要な4000点に達していないので成長なし。しかし、魔術師スキルの必要ポイントはすごいな。学者スキルは5に上げるのに3000しか必要ないのに、魔術師スキルは3にするのに4000点も必要という、ものすごいスキルポイントの必要量である。

 まぁ、それだけ魔術師スキルが役に立つスキルであり、学者スキルが役に立たないスキルであるということかもしれないが……そのことについては深く考えないでおくことにしよう。


 今回、唯一成長があったのはニアだ。

 スキルポイント3013点となった彼女は、2000点使用して神官レベルを3に上げた。残りスキルポイントは1013点となったが、冒険者レベルも3に上がったのは大きい。

 一方で、メンディは一人だけ冒険者レベル2のままなので、魔術師はホント、大変なんだと思う。

ここまで読んでもらってありがとうございます。

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