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一話完結の短篇集

記憶補強薬

作者: 雨霧樹

「ねぇ、それなんの薬なの?」

「え……」

 友人と席を並べて昼食を取り終わった後、通学鞄に入れていたポーチから、小分けにした錠剤を台紙から外し、口に運んだ時だった。その指摘に自分でも驚いた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「うーん……なんだっけ?」

 口では誤魔化しつつも、心臓は早鐘を打っていた。自分の記憶力に自信があったわけでもない。むしろすぐに転んだり、忘れ物をしたりとドジを踏むことは多い方だ。けれど、なんでこの薬を飲んでいるのか、この薬の効能は一体何だったのか、一体いつこの薬を処方されたのか、薬に関する知識を何も持っていないことに気が付いたからだ。

 

「ちょっと、物忘れには早すぎるんじゃないの?」

「そうかも……」

 友人は呆れたように私をからかう。だが、飲もうと口元まで運んだ薬を見つめながら、私はこれを飲むべきか悩んでいた。


「ねぇ――」

 逡巡の後、とりあえず友人に、この薬を今まで飲んでいたか聞いてみよう。今までもお昼を一緒に共にしてきたのだから、それくらい知っているだろう。そんな目算で呼びかけようとした時、友人の名前が口先まで出かかって飲み込む。そして同時に、自分が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今呼びかけようとした名前が、本当にあっているのか、私には自信が持てなかった。

「ん、どうしたの?」

「――何でもない……」

 心配をしてくれる友人に、私は曖昧に首を振る事しか出来ない、それがただ、歯痒くてしかたなかった。

 

「ねぇ、本当にどうしちゃったの? 最近飲み始めた薬が関係してんじゃないの?」

「……え? 私薬これ飲んでたっけ?」

――情報が少しでも欲しい。友人に嘘をつくことを心苦しく思いながらも、友人の話に耳を傾けた。


「本当にどうしちゃったの。なんか一週間前位に、病院で新しい薬貰った~って言ってじゃない」

「えっと……確か頭痛が酷かった記憶が……」

 その言葉を聞き、私は一週間前の出来事を振り返る。幸いにも、その記憶は失われていなくて、授業中に頭が割れんばかりの痛みが襲ってきたことを覚えている。

 

「そうそう、病院行くって言って、授業の途中で早退していったじゃない。それで、心配したけど、頭痛なんて忘れてるみたいにピンピンしてるから、良い薬貰えたのかなって思って。……ぶっちゃけ、今、私頭が痛いから、ちょっと貰えないかなって思ったり」

 ベロを少し出しながら、友人は両手を合わせて上目遣いをしてくる。友人の性格はこんなのだったかという、違和感を覚えたものの、自分の記憶が無くなっているという事には気付かれていない事に安堵する。

「……これ体重によって成分量決められてるから効果でないと思うよ」

「それ、私が太っているって言いたいの⁉」

「ふふっ」

 うがぁと吠えた友人がなんだか微笑ましくて、誤魔化すようにからかった。これ以上、余計な荷物を彼女には()()()()()()()()()

「いま笑った⁉ 最近お腹に余計なお肉がついてると昨日言ったとはいえ、酷いじゃん!」

「そんなことは全然思ってないな~」

「目を! 私の目を見てもっかい言いなさい!」

 友人が私の顔を正面に向けようとするのを抗おうとしている時、頭では先ほどの彼女の発言を思い返していた。

――昨日、自分にその会話をした記憶がない。それどころか、昨日何をやっていたのか、まるで思い出すことが出来なかった。しかし、一昨日に起きた出来事は、お昼ご飯の内容すら思い出せるのに、まるでもとから存在しなかったかのように、昨日の記憶を思い出すことは出来なかった。

「ほら! 謝りなさあああい‼」

「痛い! 悪かったって!」

 何故、それを考えようとした時、彼女の爪が額に食い込む。流石に言い過ぎたと思って、あわてて謝罪の言葉を口にする。だが、それで満足したのか、彼女の食い込んだ爪から、力が抜けていった。

「……まぁ、許してやろう。ほら、早く薬飲んじゃないよ」

 そう口で友人は言っているが、目線は未だ肉食動物の様にギラついていた。下手な事を言えば、今度は頭に歯が当たるかもしれない。

「……うん、そうだね」

 だが、こんな場だろうと、首を縦に振ることは出来なかった。思い出そうとしても、刺激をどれだけ貰っても、会話を重ねても、全く思い出すことが出来ない記憶があるのは、この薬の所為ではないかと、薄々気が付いていた。

 突飛な話だが、これが、飲むたびに記憶を忘れてしまう『忘却薬』の様だった場合、今持ってる記憶がどれほど維持できるのかわからない。

「で、飲まないの?」

――だが、彼女の視線は、全身に痛いほど突き刺さる。

 私は覚悟を決め、一息に口の中に放り込んだ。いつもは一錠ずつ飲んでいるのだろう、己の細い喉に薬が詰まりかけ、あわてて水筒を逆さにし喉へと送り込む。ゴクリと喉を二度鳴らし、涙目になりながら飲み込んだ。

「よし」

 その涙を勘違いたのか、友人は満足そうに頷いた。

 だが、私はそれどころでなかった。薬を飲み込んだと同時に、()()()()()()()()()()()()()

 それは、この薬が「自分の記憶を思い出す薬」だったという記憶を蘇らせた。だが、飲む時間が遅すぎた。


 さっさと飲んでいれば、全てを覚えておくことさえできたのに……

 

――永久に忘却してしまった記憶に手を伸ばそうとし、後悔が募る頭を、私は人知れず抱えた。

 

 

 

人間誰しも記憶を忘れるのに、何を怖がったんでしょうかね?

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