天国の郵便屋さんーー最後の手紙ーー『私を待つ君へ』
ヒューマンドラマ。2846字です。
「にゃ~」
1匹の猫が鳴く。
何かを、誰かを探すように。
「にゃ~……」
今はもう誰もいない家。
その玄関に向かって。
いつもみたいに優しい笑顔で出迎えてくれることを信じて。
いつまでも、いつまでもずっと。
「……にゃ~……」
「……ん?
ここはどこでしょう?」
1人の年老いた女性が不思議な雲の中を歩く。
暖かく、優しく、とても落ち着く場所。
「……ここは、天国かしら?」
ふくよかな彼女はとても人の良さそうな、優しそうな顔をしていた。
彼女がしばらく歩くと、1人の女性が立っていることに気付く。
「ようこそいらっしゃいました。
そして、長い魂の旅、お疲れ様でした」
「……天使様?」
彼女は目の前の女性を見つめる。
背中から大きな白い羽を生やし、けれども赤い郵便局員のような格好をした不思議な女性。
「私は天国に向かう方の現世への憂いを解消するために在る天の使いです」
女性は頭に被る赤い帽子を押さえながら、ぺこりと頭を下げた。
「……憂い、ですか」
彼女は神秘的な目の前の天の使いに見とれながらも、その話を理解しようと懸命に耳を傾けた。
「はい。ここでは現世の方に1通だけ手紙を送ることが出来ます。
日時も、あなたが亡くなられた以降ならばいつでも大丈夫です。
ただし、その手紙を読めるのは1名だけ。そして1度だけです。
さあ、あなたは最期にどなたに手紙を送りますか?」
「……手紙」
彼女は首をかしげながら考える。
早くに夫を亡くした彼女は購入した家で1人で生活していた。
子供はおらず、近所の人たちとそれなりに楽しく暮らしていたが、取り立てて1人に手紙を送るような間柄の者がいるかと言われると考えてしまうようだった。
「……あっ!」
「……どなたに出されるか決まりましたか?」
何かを思い付いた彼女に、郵便局員の格好をした女性は椅子を薦めた。
そこには机も置かれており、その上には1通の手紙とペンが置いてあった。
彼女はよいしょと椅子に腰掛け、ペンを持つと、さらさらとペンを走らせたのだった。
女性はその様子を優しく見守っていた。
「……あの、ちょっとお聞きしたいのですが」
彼女は途中まで書いたところでペンを止め、女性を見上げた。
「なんでしょうか?」
「あの、これ、この子でも大丈夫でしょうか」
優しく微笑む女性に、彼女は不安げに尋ねる。
そして、彼女の書いた文面を見た女性はさらに優しく微笑んだ。
「大丈夫ですよ。これは天国の手紙ですから。
必ずあなたの気持ちは相手に届きます」
「そうですか、なら良かった」
女性に言われ、彼女は安心したように再び手紙に向き直った。
「……ですが、それではもう1通手紙が必要なのでは?
相手にも説明が必要でしょう」
「え? あ、そっか。そうですね。
どうしましょう。出せるのは1通だけですものね」
女性に指摘され、彼女は困り果てた顔をしてしまう。
「……それでは、今回は特別にもうお一方にも手紙を書くことを許可しましょう」
そう言うと、女性は何もないところから新しい手紙を出現させ、机の上に広げた。
「いいんですか!?」
彼女が驚いた顔で見上げると、女性は優しく頷いた。
「そもそも最初の手紙がおまけみたいなものですからね。
1.4通ってことで、ギリギリ1通でしたってことにしましょう」
「あ、ありがとうございます!」
イタズラにウインクする女性に彼女は嬉しそうに頭を下げるのだった。
「……できた」
「お疲れ様でした。この手紙は私が必ずお相手に届けます。
あなたはどうぞ安心して先にお進みください。
その門をくぐれば、すぐに天国ですよ」
女性は大切そうに手紙を受け取ると、道の先を指差した。
するとそこに大きな門が現れた。その門は彼女を呼んでいるようだった。
「はい。お世話になりました。
どうか、よろしくお願いします」
彼女はそれだけ言うと、導かれるように天国への門へと足を進めていった。
「いってらっしゃいませ」
女性は彼女の姿が見えなくなるまで深く頭を下げているのだった。
「……にゃー……」
か細い声で誰もいない家の玄関に向かって痩せ細った猫が鳴く。
「あの猫、まだいるわね」
「亡くなった田中さんの家よね。
よく通ってた野良猫を可愛がってたって言ってたから、その子かしら」
「可哀想に。
もう田中さんはいないのに、ずっと待ってるのかしら」
「エサをあげても食べないし、捕まえようとすると逃げちゃうみたいよ」
「やっぱり、田中さんのことを待ってるのね」
2人の主婦が玄関に向かって鳴く猫を見ながら話す。
悲しそうにしながらも、どうしたらいいのか分からないといった雰囲気だった。
「……邪魔だ」
「わっ!」
「ご、ごめんなさい!」
そこに、体が大きくて無愛想な男が現れ、迷惑そうに2人を見ながら去っていった。
「こわ~。
田中さんの隣に住んでる岩尾さんでしょ?
相変わらず無愛想ね」
「いやね~。なに考えてるか分からないし、そのうち何かするんじゃないかしら。
顔に傷がいっぱいあるし、ホント怖いわ」
2人はこそこそと小声で話しながら歩いていった。
「……にゃー?」
「……なんだ?」
そして、そんな男と猫の元に、どこかから手紙が届く。
それは勝手に封が切られ、文面を2人に見せてきた。
2人は吸い込まれるようにそれに目を通すのだった。
猫は文字が分からなかったけど、不思議とそれに書いてあることが分かるようだった。
『岩尾さん。
うちの玄関に猫がいますでしょうか?
いなければいいのです。でも、もしもいるようだったら、その子のことをお願い出来ないでしょうか?
岩尾さんが本当はとっても優しいことを私は知ってます。
猫好きに悪い人はいないですものね、ふふふふ』
「……ばあさん?」
男は不思議に思いながらも手紙を送ったであろう女性の家に向かった。
「にゃー……」
すると、そこには1匹の猫がいた。
弱っているのか、か細い声で男のことを見つめながら鳴いているのだった。
『猫ちゃん。
おっきくて怖そうな人が来ると思うけど、その人はとっても優しい人だから安心してね。
私は遠いところに行ってしまったから、その人にいっぱい可愛がってもらって。
あなたがいて、私は幸せだったわ。
いつかまた、あなたがこっちに来たら一緒に遊びましょうね』
「……にゃん!」
「おっと!」
猫が男に飛び付く。
男はそれを優しく受け止め、太い腕で優しく抱っこした。
「……ウチに来るか?」
「……にゃん」
男の問いに、猫は男の腕をぺろりと舐めて答えた。
「そうか」
そして、男は猫を自分の家に連れていった。
「ただいま~」
「にゃ~ん」
「にゃーん」
男が猫を抱えて帰宅すると、2匹の猫が彼らを出迎えた。
「新しい家族だ。仲良くしてやれよ」
男がそう言って猫を優しく降ろしてやると、猫たちは警戒しながらも互いの匂いを嗅いでいるようだった。
「にゃん!」
「うわっ!」
しばらくすると、先住猫の1匹が男に飛び付いてきた。
爪がかすり、男の頬にまた1つ傷を増やす。
「いててて。俺にはいいけど、お客さんにはダメだからな」
「ごろにゃん♪」
「よし、メシにするか」
「「「にゃん!!」」」
そして、男と3匹の猫は楽しそうに家の奥へと歩いていくのだった。




