天才の執念
『ドガーーーーンッ!!!』
のんびりと平和な日常が過ぎていく魔王城の一角にてそれなりに大きな爆発が起きた。
その爆発が起きた場所は変わり者達が集う魔導具工房である。
「あ゛ぁ゛ーーーーッ!!ちくしょう!また失敗したー!!」
煙たい工房内に響くガルムトさんの叫び。工房内の職人達は「またか」と呆れる。
「………今度はなにを作ってるんじゃ?今日で3回目じゃぞ」
「なんか自動人形らしいっすよ。ゴーレムとは違うもっと別の何かを作ろうと躍起になってるんすよ」
と私が舞い散る煙に愚痴ると近くの同僚のエルフがそう捕捉した。
ガルムトさんが何か始めるのは今日がはじめてではない。
彼はアリシアにその類い稀たる魔導具制作の才能を見出されてスカウトされた。そして、本人は魔導具を作ることしか頭に無いのだ。知識を貪欲にまで吸収し、あらゆる分野にも精通するある意味凄い人。
最初の頃は私も彼に捕まって根掘り葉掘り聞き出されたのだ。
まぁ、最近はそんなこともなくなったが。
「ところでルナさん。先日、作ってた魔導具ってなんの用途なんすか?なんかやたらピンク色の丸い奴とか変な形の奴でしたけど」
「む?あぁ、あれか。あれは小鈴さんからの依頼でな。用途は……………夜の営み系」
「…………………あぁ、なるほど。あの清楚なお姫様が…………ね」
昨日から小鈴さんとバルザックは部屋に篭っている。というかバルザックが部屋に監禁されている。理由はバルザックがやらかして、小鈴さんが『教育』しているのだ。
その『教育』に使う為の"玩具"を私が作った。
いや〜、休憩時に小鈴さんがバルザックの秘蔵のお宝本を片手に息荒く依頼してきた時はなんとも言えない思いになった。
しかもそのお宝本、私が知る中でも1番過酷でエグい奴で流石に『これはやばい』というのは作るのを断った。
そうして私が作った夜を彩る魔導具が入った木箱を抱えて小鈴はとてもいい笑みを浮かべながらバルザックの『教育』に入った。
効果は先日子供の教育に非常に悪いバルザックの艶やかで気持ち良さそうな聞いてるこっちが恥ずかしくなる様な叫びが聞こえてきたことからわかるだろう。
お陰で昨日は悶々とした夜となった。なにせ、リュウエンが目をギラギラさせてこっちを見ていたのだから。
「ーーーーマスター」
と昨日のリュウエンの誘惑に遠い目をしていたら後ろから声をかけられた。
振り返るとそこにはメタトロンがいた。
「なんじゃメタトロン?武装の不具合か?」
「いえ、義体の定期メンテナンスの時期が来ましたので」
「あぁ、もうそんな時期か。よしここでやるとしよう」
「ありがとうございますマスター」
そうしてメタトロンは近くの台に座ると武装を外して、身体全体をピシリと幾何学的な亀裂を生み出して、それらはガチャンッという機械的な音と共に、外側へと“展開”した。
複雑に組み合わさった無数の歯車とバネ、その各所の渦巻ばねの中心で不思議に発光する色とりどりの鉱石が点在しており、それらが鈍い駆動音を立てて動いている。
これらは全て、私が一から作った物だ。故に非常に複雑である。
「それでははじめるぞー」
『はい』
そうして私はメタトロンの点検を始めた。といっても内部機構の確認と汚れ取りくらいな為、そんな大掛かりなことはしない。
「腕関節に軽微な破損…………お主、無茶な荷物運びでもしたな?」
『先日、古い家屋の解体の際に』
「あまり無茶するでないぞ?あとは指先端部品の摩耗と関節ジェルの消耗、これは補充じゃな。……………………よし、もう良いぞ」
私がそう声をかけるとメタトロンは義体を元の状態へと戻した。
「ありがとうございますマスター」
「よいよい、それよりもお前がメンテナンス時期なら他の《世界樹乃天使》も似たような感じじゃろ。他の9機も召集するのじゃ。《世界樹乃葉》は………………自己診断をして問題あれば来る様に伝えろ」
「了解しました……………彼方の方々は如何なさいますか?」
「ん?あちら?……………………あ」
メタトロンに言われて振り返ると子供の様に目をキラキラさせたガルムトさんとその一味。
これは…………まずい。
「メタトロン!我を抱えて戦略的撤退ッ!!!」
「野郎ども!ルナティアを確保しろッ!!」
私がメタトロンに命令すると同時にガルムトさんがそう叫んだ。
………………そこからは壮絶な鬼ごっこが始まった。
私はメタトロンに抱えられた状態で逃げて、それをガルムトさん率いる職人達が眼をギラギラと獣のように輝かせて全速力で追いかけてきた。
私だけでも逃げようとしたけど、なんか確実に捕まる予感がした為にメタトロンに抱えてもらって逃げることにした。
捕まったら最後、メタトロンをはじめとするエクスマキナ達について朝から晩までこれでもかと説明を求められるだろう。
それは嫌だ。
そんなアホな事でリュウエンとの時間を削りたくないッ!!
「緊急事態!!緊急事態!!マスターに危機が迫っています!導入できる機体は援護をッ!!」
『了解ッ!!』
メタトロンはすぐさま通信を入れて逃走の為の援護を求めた。その結果、数機の《世界樹乃葉》がやってきた。
「待てやゴラァ!!洗いざらい全部吐いてもらうぞぉルナティアァ!!」
「嫌じゃ!!というかなんでしっかりついて来れておるぅ!?おま、ほんとにドワーフか!?」
「鍛治職は体力が命だ!こんなもんでへたこれるか!!それに、目の前に到達点があるのを俺が見逃すわけにはいかねぇだろがぁ!!」
…………………なにこの人、怖い。
「煙幕弾射出のち魔素ジャミング!」
『了解ッ!!』
とメタトロンが命令すると《世界樹乃葉》達は煙幕弾を発射して視界を奪い、ダメ押しとばかりに探知系魔法を阻害するジャミングを行い、離脱した。
「マスター、ここは一度本艦へと向かいます。よろしいですか?」
「構わん。どうにかしてガルムト殿から撒かねばならんからな」
そうして私はメタトロンに抱えられたまま都市上空に光学迷彩浮遊しているイグドラシルへと向かった。
***
イグドラシルの艦内は近代的な内装となっており、基本的に人が住む様には設計されていない。その艦内の数少ない部屋と呼べる場所に私はいる。
「マスター、コーヒーです」
「む、ありがとう。…………はぁ」
こうして私はひと息つく事ができた。
『おいルナティア。魔導具工房の職人が軒並み消えたことについて説明しろ』
とここでアリシアから念話が飛んできた。
「ガルムト殿の暴走じゃ。我のエクスマキナに興味を示し出して、その説明をするのが嫌じゃったから逃げておった。しばらく家を空けるとリュウエンに伝えてくれんか?」
『……………なるほど、それは理解した。リュウエンに関しては任せろ。あと、ガルムトがそっちに向かったぞ』
「は?お主何言っておる。ここは高度2万メートルじゃぞ?それに、光学迷彩で姿を消しておるしバレる筈がーー」
と私が言い切る前に艦内にけたたましいサイレンが鳴り響いた。
「…………………………」
物凄く嫌な予感がして外部の映像を備え付けのモニターで見てみるとそこには自転車にダヴィンチの空気ねじ(へリックス)を取り付けた奇妙な乗り物に乗ったガルムトさんが必死な表情でペダルを漕いで空を飛んでいた。
「…………………………………………………………………………はぁ」
私はその執念深さに思わずため息が出た。
……………………その後、生身で高度2万メートルの飛行という無謀な行いをしたガルムトさんを引き上げて、廃棄予定だったエクスマキナの旧式義体を与える事で難を逃れた。




