魔王との邂逅〜2"アリシア"
〜sideアリシア〜
虐殺の化身がこちらに向かってやって来る。私はその禍々しい気配を感じ取った。
イスチーナ様の眷属は眷属同士の位置を大まかに把握できる。そして気配によってそれが誰なのかも把握できる。
イスチーナ様の新たな眷属、ルナティア・フォルター。異界からの勇者召喚に巻き込まれたところをイスチーナ様が勇者対策の為に眷属にしたそうだ。
あの方の眷属が増えることには歓迎だ。
しかし、問題はそのルナティア・フォルターだ。
彼女がこの地に降り立ってからものの数刻で戦場にいた人間は1人残らず死に絶えた。彼方には勇者が存在した筈だが、それさえも羽虫を払うが如く蹴散らしてしまった。
今はまだ私たちにその力の矛先が向いてないがいつ標的になるかわからない。だから、今ここではっきりさせなければならない。
幸いにも先方は真っ直ぐ私に向かって来ている。ならば、出迎えるのみだ。部下は連れて行かない。敵対の意思を示さないという意味ではあるが、連れてきたとしても意味がない筈だ。
徐々に見えてくる巨大な3つの影と周りを取り囲む10体の化け物。その中心に彼女はいた。
血が飛び散った様な色合いを出している銀髪にあどけなさが残る眠そうな顔。身体の各所をベルトの様な拘束具で覆い、その上から血に塗れた外套とウィンプルを着ている。
そして最も特徴的のは頭に捻じ曲がった剣の様な4つの角、真っ黒な骨格のみを残した4対の翼、骨のみの長い尾が生えている。
彼女は私が1人で来ているのに気づくと自らも1人でやってきた。そして、ちょうど剣を構える間合いで立ち止まった。
「はじめまして。我は『七大罪龍』"暴食龍"ルナティア・フォルターと申す。妙な喋り方じゃが、長年の癖で完全に根付いてしもうて変えられんのじゃ。すまぬのぉ」
ルナティアはその見た目に反して古風な喋り方をした。こういうのは種族の見た目の差で慣れている。
「どうも、私はアリシア・ブラッドエンフィ。イスチーナ様の眷属で魔王をやっている者だ。よろしく頼む」
「よろしくのぉ。して、ヌシに聞きたいのじゃが………、この世界では我は魔族なのかの?なんか勇者と名乗る美青年が我のことを魔族と呼んだ故にな?我が知っている魔族は青い肌にヤギみたいな角を生やしていて、基本的人間と変わらん見た目をしておるのじゃ」
ルナティアは不思議そうな表情をして聞いてきた。その顔は年相応の幼い感じがした。
「この世界での魔族は"人間以外の全ての種族"を意味する。そういった視点だと貴女は魔族だな」
「なるほどのぉ、わかりやすくて良いではないか。あ、そうじゃ。アリシアは我がこの世界に来た経緯はイスチーナ様に聞いておるか?」
「もちろんだ」
彼女がこの世界に来た理由、それは事故に見せかけた大量殺人に巻き込まれたからだ。女神ナシアナによる勇者召喚で犠牲になった異世界人は36人。そのうち35人はナシアナの眷属に強制的にされた。最後の1人は魂の相性が最悪ということで摘み出されたルナティアだ。
「なら説明は不要じゃな。我はイスチーナ様から好き勝手暴れてよいと言われた故に自由にさせてもらう。なぁに安心せい。我は魔族にはとんと興味がない。関わるのも無視するのも好きにせい。もっとも、ヌシ達が人間と同じちょっかいをかけて来るならば話は別じゃが」
ルナティアはそう言い切ると十字の瞳孔を見開いて笑った。その笑顔は酷く歪なものであった。
「わ、わかってる。こちら側からは危害を加えない。それで、これからどうするのだ?」
ルナティアが我々に害を成さないというのは分かった。しかし、それでもルナティアが危険な存在であるには変わりない。せめてこれからの目的を聞いておかなければと私はルナティアに聞いた。
「………我はここで待つ。イスチーナ様が言うには我の友、我の大切な5人の友がこの世界に来る。そして我の唯一無二の宝であり愛する恋人も我を追って来るそうだ。故に我は待つ。アイツらを迎える為にな」
そう話すルナティアの顔は慈愛に満ちていた。ルナティアの言葉の通り、本当に大切な人達の様だった。
「…………なら、我々も協力するか?その友人と恋人探しを」
「……ッ!それは本当か!出来ることなら協力して欲しいのじゃ!」
私が協力を申し出るとルナティアは目を輝かせて私に詰め寄った。
「私としては貴女の様な強さを持つ者がいるとするなら早急に保護したいところだ。女神ナシアナや人間に見つかって利用されたなら私たちにとっても貴女にとっても不都合だ。そのため、協力する」
「………まぁ、そうじゃな。なら、代わりと言ってはなんじゃが、我もヌシらを我が出来る範囲で手助けしよう。それで良いか?」
「あぁ、感謝する」
願ってもないことだ。そうして私たちは共に協力関係を築いた。
「さて、探すといってもイスチーナ様が言うには1ヶ月後から半年後にやって来るみたいなんじゃよ。それよりも早く来ることは…………あり得るな」
「そうか。ならば我々の居住地である魔王領に来ないか?友人と恋人を探すのに拠点は必要だろ?」
「確かにそうではあるが、良いのか?そこまでしてもらっても?自分で言うのもなんじゃが、我って人喰いで性格捻じ曲がっておるぞ?」
「問題ない。そもそも、我々魔王軍は人間以外の種族が集まった連合軍だ。その程度なら皆は気にしないさ」
「そうか…………なら世話になるぞ」