枯水墨の仙龍
はじめてのナザール視点
「…これはまた……派手にやったな」
私は墨に塗れた神都を見てそう独り言を呟いた。やはり、映像で見るよりかはいい。
視線を遠くにやると水墨画の様になっている山脈がある。気配からしてスルースはあそこにいるのだろう。
私はいつものランニング感覚で神山へと向かった。
***
神山に近づくと麓あたりに野営地が展開されていた。妙に煌びやかなテントからして聖騎士かどこかの王族が来てるのだろう。理由はスルースを討伐する為か……………
「…愚かだな。何故学習しないのか……」
極力接触は避けたいが、厄介な事に野営地の場所がスルースの洞天への入り口の場所である為、行かなければならない。
私は無意味で無駄なハエ叩きを避ける為に『覇王の威圧』を3割の力で解放する。これ以上は周りに悪影響を与えてしまう。
その状態で私が近づけば、ガヤガヤと騒がしかった野営地は何かが倒れる様な音がそこらかしこで響いて静かになった。
その場にいるの者全てが泡吹いて気絶して、こうして邪魔する奴らは居なくなった。
「…………この程度か。魔王軍の騎士なら7割の者が耐えるぞ?」
もっとも、全員吐きそうなくらい顔を青ざめていたが。
私は洞天の入り口である結界の端にある小さな石台に向かった。それは苔だらけで山中ならどこにでもある様に見えるその台に私は持ってきた皿を置き、その上に饅頭を添える。
そして、私は洞天を開く合言葉を紡ぐ。
「…其は一の龍なり。その身天に流れる煌星の川如く長し、その鱗幾千もの鍛錬した業物如く鋭し、その力森羅万象を塵残さず破壊する。我は剣の頂に立ち神を喰らいし憤怒を司る龍なり」
ーーーーリーン…………ーーーーリーン…………
辺りに鈴の音が響き渡る。
その鈴の音に反応する様に結界に波紋が生まれて、結界が宙に溶けていく。
そして、溶けた結界の先には1頭のチャイナハットを被った二足歩行のパンダがいた。
「お久しぶりでございますナザール様。ここから先はこの天津が我が主の元にご案内します」
ハードボイルドな声を響かせて天津は中華物でよく見る礼をした。
「…そうか、ご苦労」
私はスルースの召喚獣である天津の案内で洞天の中に入った。
***
洞天の中は穏やかな気候が流れており、白黒ではあるが花々が咲き誇っていた。
しばらく歩いて見えて来たのはこれまた中華物でよく見るこじんまりとした庵だった。
「到着しました。さぁ、どうぞ」
私は天津に促されて庵の中に入る。スルースは派手なものはあまり好みではなく、家具も必要最低限しか揃えていない。これは派手好きなバルザックとは正反対だ。
そんな庵の中は外見とは裏腹に非常に広く、大量の巻物や書物が均等に棚に入れられていており、墨の匂いで満たされている。
「…スルース!私だ、ナザールだ!迎えに来たぞ!」
私はスルースを呼ぶべく叫んだ。すると、
「ーーーーなぁ姉〜!なぁ姉、来たっふぎゃ!?」
遠くから声が聞こえてきたかと思うと短い悲鳴とドサドサドッシャン!という音が響いて来た。
おそらく、転んで何かをひっくり返したのだろう。私が音がした方に向かってみると巻物と書物の山に埋もれている煙の様な半透明な尾が見えて来た。
「なぁ姉〜〜〜…………」
「…今助けるから動くな」
私が書物の山を退けるとそこには随分と小柄な少女が出てきた。
背は150にも満たないほど小柄であり、床に着くほどの長さの黒髪白メッシュに濃淡の無い眠そうな血色の瞳、小動物を連想させる童顔で日焼けなど知らない様な真っ白でモチモチな肌。
真っ白な道士服は袖が余っている為、床に着いてしまっている。そしてその上から黒い羽織を肩にかけている為、小さい子が親の服を着ている様に見える。
頭には赤と黒の細長い角が生えており、腰からは煙の様な半透明な長い尾が生えていた。
そう、彼女が『枯水墨の仙龍』と呼ばれているこの洞天の主である"怠惰龍"スルース・アーチェである。
「なぁ姉〜〜〜〜……………」
そんな仙人と呼ばれる彼女は今にも泣きそうになっている。
「…痛かったか?」
私はスルースの頭を撫でて宥めた。するとスルースの泣き顔はポワポワと擬音が出ている様な可愛らしい笑顔になった。
………………………一応、ルナティアの1つ年下なのだが、どう見ても小学生にしか見えなかった。




