怠惰(スロウス)
獣王国タルザリアから帰って早2週間。
あれから魔王国エンフィエルと獣王国タルザリアとの正式な貿易が始まり、色々と忙しくなった。ちなみに私はアリシアの国の名前をこの時はじめて知った。
タルザリアの外交官は地位的にも問題無くバルザックの嫁である小鈴さんが務めることとなり、連日バルザックや昔からの使用人に手伝って貰って頑張っている。
もちろん2人の仲も良好であり、独り身のナザールは少し居づらそうにしている。最近、1人で酒飲んでいるのを見かける様になった。
そんなある日、私たちはアリシアに呼び出された。全員が呼び出されたなら理由は1つだ。残りの3人のうち誰かが見つかったというわけだ。
「全員集まったな。それでは始めるぞ」
ここ最近タルザリア産の緑茶とバルザック謹製治癒ポーションを常飲して幾分か体調が良くなったアリシアがそう言って始めた。
「先日、偵察部隊からの報告に人類の主要宗教であるナシアナ教の総本山、神聖国ナルアナシアが滅んだそうだ。神都全域が住民ごと独特の香りがする黒い液体に包まれて溶かされており、近くの神山と呼ばれているナシアニアス山脈も似た様な現象だ」
そう言ってアリシアはバルザックの時と同じ様に水晶玉を取り出して起動させた。
そうして映し出された映像はまるで水墨画みたいな光景の山脈だった。
「これスルースのちびの洞天ではないか……」
その光景を見たバルザックはげんなりとした顔でそう言った。
"怠惰龍"スルース・アーチェ。
『七大罪龍』内の数少ない常識人のちびっこ仙人。宙に絵を描いてそれで戦うという珍しい魔法というか仙術の使い手である。ちなみにバルザックとは仲が悪い。
「…おそらく神山に住処を構えて寝ていたところを無理矢理起こされたのだろう。あの子が陰陽墨爆弾を使うのはそれくらいだ」
陰陽墨爆弾とはスルース謹製の超嫌がらせアイテムの名前だ。爆発する大量に分裂してと生物非生物問わず墨に変えていく狂気の爆弾である。スルースにとって非常に嫌な事があった時に八つ当たりで放り込んでいた物だ。止める為には真水をかけるか1日待つしか方法は無い。
「…………さて、今回は姉上が迎えに行くのがいいと思うのじゃ」
「私もそう思うよ。スルースちゃんが不機嫌なら私たちも危ないし」
スルースは『七大罪龍』の中でも最年少であり、ナザールによく懐いていた。それに『nightmare memory』の時でも不機嫌なスルースを宥める役はいつもナザールだったし。
「ウチは論外やな!にゃはは!」
ちなみにバルザックの場合だと余計に機嫌が悪化する。理由としてはどうやら現実でご近所さんだったみたいで昔、バルザックに何かされた様でそれ以来バルザックの事を親の仇の如く毛嫌いしている。
まぁ、側からみれば仲良さそうに見えるのは不思議なものだ。
「…確かに今回は私が適任だな。………饅頭を頼む」
そう言い残してナザールは出発の準備の為に執務室から出て行った。
「…………………何故に饅頭なんだ?」
饅頭を作る意味がわからないアリシアがそう聞いて来た。
「スルースちゃんは饅頭が好きなので宥める時に使うんですよ。ここの厨房借りていいですか?」
「………構わないが、そんなに量が必要なのか?」
「そうじゃよ。さて、作るとするか」
そうして私たちは魔王城の厨房に向かった。
***
魔王城の厨房はとにかく広い。それと同じく食堂も広い。
城で仕事をしている者達がよく利用するその場所は現在、隣の食堂まで湯気で真っ白になっている。
厨房のコンロには大量の蒸籠が白い湯気を蒸して饅頭を蒸しあげている。
「紅白饅頭10個できたよー」
「黒糖饅頭10個あがりじゃ!」
私とリュウエンが大量の饅頭を作り、ミラ筆頭ブラッドメイド達とバルザックのクラゲメイド達が箱詰めしていく。
ひたすら作った饅頭の数は300個を超えている。
「…饅頭できたか?」
支度が終えたナザールが厨房にやって来た。
「もう少しじゃ!少し待ってくれ!」
私は最後の蒸し上がった饅頭を蒸籠から出して後片付けを始めた。
「…ちゃんとこし餡か?」
「そうですよ。こし餡作りはバルザックにやって貰いました」
リュウエンが指差す方には網と杓文字を持って燃え尽きている。こし餡作りは大変だからねぇ。
「…ご苦労だった。それでは行ってくる」
ナザールは山積みの饅頭を受け取ると虚空から黒い剣を取り出して宙を斬りつける。すると宙に亀裂が生じ、亀裂の向こう側には墨に塗れた都市が見えてきた。それはこの世界に来て初めてナザールに出会った時に使った技である。
そうしてナザールは亀裂の向こう側へと歩みを進めた。




