怒り〜2
私がイジメの標的にされた理由は正直わからない。気づいたらそうなっていた。
最初は物を隠されるだけで良かったが、最終的にクラスが一丸となって私をいじめた。
「女神に言われて勇者やる事になったけど、正直言ってめんどくさいんだよなー」
角刈りした茶髪に温和そうな猫目の優男。がっしりとした体格はそれまでの鍛錬の成果が出ている様だ。そして、その身に包むのは白金の鎧、手にしているのは青い水晶の美しい剣。
確か、イスチーナ様は私以外は勇者になったと言っていた。最初の奴を除けば自ずと答えは出る。
こいつは霧旨 健二。私をいじめていた上位カーストの1人だった男だ。
「とりあえず、こいつを殺せばいい……か!!」
霧旨はそう言うといきなり斬り掛かってきた。ひどく遅く見えるその剣を私は摘んで止めた。
「なんじゃ童。ヌシは親にいきなり斬り掛かれと教えられてきたのかの?今はちと虫の居所が悪い故にまた今度にしてくれんか?」
「ハッ!なに抜かしやがる!テメェを殺せば俺は億万長者なんだよ!」
霧旨はそう言って連撃を繰り出す。当然、私の目には非常に遅く見えるから流して弾いての繰り返し。
「ーーーハァ、ハァ、どうなってやがるッ。女神の加護は魔族に対して絶対優勢じゃねぇのか!?」
彼方さんは随分と息が上がって私を憎々しげに睨みつけている。というか私、魔族じゃないんだけど。
「こうなったら……、来いッ!ウンディーネ!
」
霧旨が叫ぶと虚空から水が形成され、1人の美女に現れた。
所々はねた水のような質感を持つ水色の長い髪にサファイアの様な青い瞳、露出の少ない純白の衣を身に纏っている。まさに湖の乙女である。
しかし、その顔は恐怖と怯えの感情があり、ほっそりとした首には無骨な首輪がはめられていた。
「ーーーーーーーーーーー」
その首輪に私は見覚えがあった。いや、ゲームの頃によく目にしていた物と同じ形状だ。あれはーーーー奴隷の首輪だ。
「貴様ッ…………、精霊をなんだと思っているッ!」
私は声を荒げて叫んだ。精霊との契約は相互の理解の上で行うもの。断じて奴隷などで縛り上げるものではない。
「あ?んなもん道具に決まってるだろ。俺を強くする為のアイテムだよ」
霧旨は心底不思議な顔でそう言った。
ーーーーあぁ、もう駄目だ。耐えきれない。
「んじゃ、ウンディーネ。奴の動きを止めてこい。何がなんでもな」
霧旨の命令を聞いたウンディーネは辛そうな顔をすると意を決した顔になり、水を生成し私を水の牢獄に閉じ込めた。水は高速に流れており、ウォーターカッターの様な状態を作り出していた。
側にいた小さな精霊はオロオロと怯えた様子で私にしがみついていた。私はその精霊を安心させる為に出来る限り優しく笑いかけて撫でた。
すると、小さな精霊は幾分か落ち着いてきた。しかし、その顔には不安の色が見えた。
「案ずるな、すぐにあの子も解放するのじゃ」
私は《暴食の骸》を発動して牢獄を"喰った"。
「はぁ!?」
何やら驚いているが気にする必要はない。私はそのまま《威圧》を発動させてウンディーネの動きを止めた。霧旨の方は顔面蒼白にしてガチガチ歯をうるさく鳴らしていた。
ひどく怯えたウンディーネに近づいて私は彼女の首に付いている奴隷の首輪を”喰って"消した。念のために魔法の繋がりを全部喰っておいたが、問題なかった様だ。
「苦しかったじゃろ?ほれ、ヌシを縛る枷は消えたぞ。ヌシは自由だ」
ウンディーネは不思議そうに首元を触り、首輪が無いことに気づいて、安心した顔を見せてぼろぼろと泣き始めた。
「お、おいお前っ!俺の精霊に何しやッ【黙れ】ッヒィ!」
私は何かほざいているそいつを殺気を乗せて黙らせた。
【全く、人間というのはつくづく嫌になる。何故ここまで自分勝手なんだ。他者を虐げて、自由を奪い、あまつさえ命すら無意味に奪う。実に嫌になる】
「い、生きてくのに必要なことだろうがッ!!」
【その為に精霊を道具にしていいと言うのか?】
「あぁ、そうだ!この世界において人間こそが覇者だ!他の種族は人間に奉仕するんだよ!」
.............ついにここまで腐ったかこいつは。いや、違うな。元々このレベルで腐ってたって言うのが正しいか。
【その自分さえ良ければいいという自分勝手な思考は異世界に来ても変わらないか。霧旨 健二】
「…………………………は?な、なんで、俺の名前を」
【貴様はとある女子のクラスメイトに対して、執拗に痛めつけたり、お金を取ったり。そして挙句の果てには、女神に利用されて毒ガス事故を引き起こした。違うか?】
「な、ま、まさか…………お前は!?」
【なんじゃ、もう気づいたか。確か貴様も『nightmare memory』をやっていたな。なら、我の名も聞き覚えがあるはずじゃ。もっとも、知らぬならそれはかなりのモグリじゃがな】
私は霧旨に向かって飛びっきりの笑顔を見せて仰々しく挨拶した。
【はじめまして、我は『七大罪龍』"暴食龍"ルナティア・フォルターと申す。そして、前世の名を天野 澪という。短い間じゃが、楽しませてくれや?豚】
「『鏖殺の喰人姫』ッ!?そ、それに天野!?」
【そうじゃよ。さぁ、喜べ!貴様には我が神殺しの軍隊が相手してやる!己が傲慢さに感涙し死に晒せ!来いッ!神殺しを成し得た機械仕掛けの神の僕、《セフィロト・シュヴァリエ》!!】
私はそう言って《眷属召喚》を行った。召喚するのは私の最高戦力。私が手塩をかけて育て上げ、造った神殺しの軍隊。
戦場の空を覆い尽くす巨大な魔法陣。誰もが見上げている最中、戦場は暗闇に包まれた。




