約束を果たす為に〜3
「……………………で?説明してくれるか?」
この世界に来てはじめてのリュウエンとの共同作業の後、そのまま離宮に帰ろうとした時、アリシアに魔王城の執務室に連行された。
「我が妻を迎えに行き、久方ぶりの逢瀬を楽しんでいた時に猿どもの邪魔が入り、その猿どもの集落を塵残さず焼却処分したのじゃ」
私の説明を受けたアリシアは深いため息をついて椅子に深く沈み込んだ。その顔には疲労が見えていた。
私は少々罪悪感を持ち、《アイテムボックス》から上位の疲労回復ポーション(エナジードリンク味)を2本差し出した。
「……………なんだこれは」
「エナドリじゃ。疲労回復に持ってこいのものじゃ」
「………………………………」
アリシアの顔が更に老け込んで見えた。
「な、なんじゃ?しでかした事なら始末書でもなんでも書くぞ!だが、それにリュウエンを巻き込むのは絶対に駄目じゃッ!!」
私はリュウエンを庇う様に前に出た。別に私自身は何されてもいいが、リュウエンだけは絶対に巻き込みたくなかった。
「始末書はいい。元々、貴女方が焼いた国は我々魔王軍にとって目の上の瘤だったからな。しかし、一言言って欲しかったよ」
「いや、連絡手段とかなかったじゃろが」
「………ルナティア、イスチーナ様の加護の効果を忘れたのか?」
「………………………………………………………………………………あ」
確かにそうだった。私とアリシアはイスチーナ様の眷属で加護の効果の1つに"眷属同士の通信"があったのを忘れてた。
「イスチーナ様?あのケモミミ僕っ子のこと?」
そう聞いてきたのは後ろにいるリュウエンだった。
「あぁ、そうじゃ。リュウエンもイスチーナ様の加護を貰っておるかの?」
「うん、あるよ?みんなにあげるって加護をくれたんだよ」
「なら良かったのじゃ。聞いておるかもしれんが、加護の効果は悪属性の魔法の威力と効果上昇にステータスの大幅アップ、眷属同士の通信、1日に2回の死からの復活じゃ」
「あの加護ってそんな盛り沢山だったの!?」
私が説明するとリュウエンはひどく驚いた。
「なんじゃ………説明受けんかったのか?」
「その時、あのムカつくヘラヘラ顔の真ん中をナザールさんがコークスクリューブローを決めたから」
リュウエンはそう言って右手を捻りを入れながらシャドーをした。その間、並外れた肉体スペックのおかげでシャドーの度に空気が破裂していた。
「…………………………何やっとんじゃアイツは。まぁ、せっかちなアイツならやりそうじゃな」
「その後、あのクソ女神を原型残さずハンバーグにしていたけど。しばらくハンバーグは食べれないよぉ…………」
もう何やってるかわからなくなり、私は頭を抱えた。
「あー………そのなんだ?ルナティア。彼女の紹介をしてくれないか?」
なにか見かねた様子のアリシアがリュウエンの紹介を促してきた。
「え?あ、自己紹介まだでしたね。はじめまして、私は『七大罪龍』"嫉妬龍"リュウエン・フランメといいます。ルナちゃん……ルナティアとは婚約を結んでいますので旦那共々よろしくお願いします」
「これは丁寧にどうも。私は魔王軍総指揮官、アリシア・ブラッドエンフィという。一応、魔王といわれているが、それは飾りの様なものだ。これからよろしく頼む」
なんだか随分と親しげにしている………。しかし、"旦那"かぁ…………。えへへ、照れるなぁ。
「ルナちゃん、顔が緩んでいるよ。どうしたの?」
「いやぁ、なんでもないんじゃよ」
いかんいかん、顔に出ておったか。自重せねばいけないなぁ。
「ところで、ルナティアの紹介にもあったが、貴女達には肩書きがあるのか?ルナティアだったら"暴食龍"とかリュウエン殿には"嫉妬龍"とか」
「む?あぁ、それか。確かにそうじゃ。我々を含めた7人の龍はそれぞれ1つずつ七つの大罪の称号を有しておる。こちらの世界には人が生まれながらに持つ7つの罪の概念はあるかの?」
「いや、無いな。一体どんな物だ?」
「暴食、憤怒、怠惰、嫉妬、強欲、色欲、傲慢、この7つじゃ。人間を罪に導くとされる欲望と感情を指す物という戒めみたいなものじゃ」
「本当はもっと細かいんだけど、いわゆる神様が人間に示したしてはいけない事?なのかな?私たちの場合はその罪に関連した能力を持っているんですよ。私の場合、《嫉妬の業火》といってあらゆるものを燃え尽きるまで焼き尽くす炎を出す能力ですね。ルナちゃんは《暴食の骸》であらゆるものを喰らい、それを全て自らの糧にするという能力です」
改めて見ると凄く危険な能力だなこれ。
「なるほど、理解した。つまり残る大罪は憤怒、怠惰、強欲、色欲、傲慢の5つだな。これらの中で一番危険な能力は何か教えてくれるとありがたい。捜索の際に気にかけることができる」
アリシアはそう言って机から紙を取り出した。随分とマメな性格だな。
「攻撃から考えるとやはりナザールの《暴虐の憤怒》じゃな。あれは狂戦士モードになって破壊のかぎり暴れ回るからのぉ」
「支配系はティアムンクちゃんの《色欲の魔香》?生物非生物問わず下僕にしちゃうし、スルースの《怠惰の吐息》は近づくだけでみんなやる気無くして死んじゃうし」
「バルザックの《強欲の手腕》はただ盗むだけじゃろ?というかカグラの《傲慢の誓い》がよくわからんじゃが、リュウエンは知っておるか?」
「さぁ?私もよく知らないよ。そもそも傲慢って、高ぶって人をあなどり見くだす態度の事でしょ?それを誓うなんて変じゃない?」
それはツッコんではいかんやつでは?と私は言えなかった。
***
ある程度の情報共有を終えて、離宮に戻る頃には随分と日が暮れていた。離宮で仕事をしているミラ達にリュウエンを紹介するとミラ達はリュウエンの事を覚えていた様で凄く喜んでいた。
夕食時、ミラの料理を楽しんでリュウエンと共に久しぶりの風呂を楽しんだ後、私たちは寝る為に寝室にいた。
夫婦だからという理由で同じベッドで眠ることにしたのだ。
「ねぇ、ルナちゃん」
頭が二つ並んだベッドで、ふと隣からリュウエンが呼ぶ声が聞こえてきた。その声に私が振り向くと、リュウエンは薄っすらと瞳を潤ませていた。その顔には少し不安の影が見えた。
私が元の世界で死んだ後、寂しがり屋の彼女は一体どれだけの涙を夜に流して枕を濡らしていたんだろうとふと思った。
「リュウエン……、すまなかった。お前を残して死んでしまって」
自然と私はそうリュウエンに謝罪した。
「ルナちゃんのせいじゃないよ。死んじゃうのは誰にでもあるんだから」
「しかし…………」
「もう………、こうして会えたんだからいいでしょ?」
リュウエンの言葉に私が言葉を詰まらせているとリュウエンは頬を膨らませて結論を言った。
「………あぁ、そうだな。こうしてお前が私を追いかけてくれたおかげで再会できたからな」
私はそう言ってリュウエンに近づき、龍の姿でやった様に擦り寄った。シャンプーの香りとリュウエンの桃の様な甘い香りが混ざってとても落ち着く。
リュウエンも手を絡ませて擦り寄ってきた。
「…ルナちゃん」
「…なんじゃ?リュウエン」
「何でもない」
リュウエンはそう言うと、子供っぽく笑う。
「ハハ……なんじゃそれは」
「一度、してみたかったんだ」
淡い光に照らされた私達は、今までの思い出を語り合い、お互いの存在を確かめ合いながら、どちらが先ともなく自然と眠りについた。




