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マラカ王の命令

 霧に包まれた蒼き扉を開けると、全てが黄金色に染まった街並みが広がる。

 蛇のごとく地に這う黒いロープをたどっていくと、その国に到達する。


 みやび王国にまつわる伝説は諸説あり、どれが定かなのか知る者はいない。人々の記憶の中に刻まれた幻の都と化している。ただひとついえるのは強国であったということ。そしてマラカ王率いる北方のかなえ帝国に侵入され、大量虐殺の末に滅亡した事実だった。

 肥沃な大地に恵まれて農業が栄え、金やダイヤモンドなど地下資源にも恵まれた理想郷のような国として知られる鼎王国。それは雅王国から略奪したもので成り立っていた。雅王国の倒壊した建物の資材を再利用して、鼎王国の城や住居の建材に充てていたのだ。マラカ王の絶対的権力を諸外国に見せしめようとする狙いがあった。

 鼎王国に生まれ育った私はマラカ王の侍女として仕え、ともにマラカ王を民の象徴とし、偉大なる王として尊敬していた。

 ある日、私は侍従のジレンと一緒にマラカ王から呼び出された。私は侍女としてもまだ経験が浅く、初めての呼び出しに戸惑いを隠せない。マラカ王は、美しいビジューをあしらった黒い軍服に赤いマントを羽織り、豪華な装飾の施された椅子に腰かけていた。私とジレンは王の前で跪いた。マラカ王は背が高く大柄で、見下ろされると威圧感がある。恐ろしさのあまり、うつむいて床を見ていた。

「ミサラといったな。面を上げ」

 湖の底のようなブルーグレーの瞳。鋭い眼光で迫られると、顔を上げて「はい」と返事をするのが精いっぱいだった。

「ジレンと共に生贄を漆王国へ届けよ」

 この国を出て、他の国へ出向くとは。鼎王国を出たことがない私は面食らった。

「生贄を届けたら、直ちにここへ帰ること。約束せよ」

「はい、王様。約束します。でもなぜ私なのですか?」

「漆王国から、取引は女性がせよと指定された。お前が適任だと思ったからだ」

「私が適任?どうしてですか?」

 ツッコんで聴いてみたが、「現地に行けばわかる。ジレンがお前のお供をするから何も心配するな」とお茶を濁された。

 生贄はかごの中に密閉され、外からは見えないようになっている。それを届ける者は決して中を覗いてはいけないことになっていた。

 マラカ王から「漆王国までかなりの距離がある。途中、宿を取って休むがよい」と言われていたため、不安もありつつ、半分旅行のような気分になっていた。

「漆王国ってどんな国なのだろう。鼎王国しか知らないから興味があります」

 荷づくりをするジレンに問いかけてみた。

「そんなの行ってみなければわかんない。それより、刺客とか強盗の方が心配だ」

 ジレンはいたってクールに私の興味を逸らす。

「脅さないでください」

「遊びじゃないんだから」

 そう言って私を睨むジレンの瞳は鋭く、近寄りがたかった。ジレンから、それ以上何もいうなオーラを感じ取った私は口をつぐんだ。

 私は侍女として、他国に派遣されるような重要な任務は初めてだった。一方、相棒のジレンは数知れずマラカ王の任務を経験している。それだけヘビーな任務を遂行すると、あんな仏頂面になるのか。眉間に皺。苦虫をかみつぶしたような顔。それだけ危険を伴うタスクなのかと思うと、身震いがした。

「危険な仕事ですか? だったら、なぜ私が選ばれるのですか?」

「知らん。マラカ王に聞いてくれ」

「ジレンは怖くない?」

「俺は慣れてるから」

「もしものことがあったらどうするんですか?」

「いつでも命がけだから、覚悟はできている」

「私は心の準備ができてない」

「だったらどうする?怖いからできませんってマラカ王に直訴するか?」

 そんなことできないに決まっている。王の命令は絶対なのだから。こんな意地悪な人とタッグを組んで、命の危険にさらされるとはツイていない。これも運命だ。漆王国がどんな国か見られるのは嬉しい。噂によると、土地は豊かで、人も穏やかな麗しき国だと聴いている。旅支度を終え、私はジレンと共に腑に落ちない気持ちのまま、生贄のかごを持って早朝から漆王国へ向かった。

 風が強く、後ろに縛った髪や防寒着が風をはらみ、バサバサと音を立てて騒がしい。何かとんでもないことが起こる前のファンファーレのような不吉さである。

 不意に空から何か飛んできた。謎の飛行物体か。敵国のミサイルか。

「わあ!助けて!」

 恐ろしさのあまり大声で叫ぶとジレンが笑っている。

「これしきのことで驚くな」

 見るとジレンの肩に大きく黒光りした鷹が乗っている。飼いならした鳥だから人を襲わないというが、気が気でない。その名をパロルという。よく見ると、黄色いくちばしに赤いものがついている。

「見て! くちばしに血が」

「血…またやったか」

「またって?」

「この鷹は救世主なんだ」

「お金でも出してくれるの?」

「ゲンキンだな。そうじゃない」

 こうして話しているうちにも、様々な地域で紛争が起こっている。侵略者に銃口を突き付けられて家を追われ、家族や仲間を失い、食料は不足し、疫病が流行り、命の危険にさらされた原住民たちは絶望のあまり、自害する人が後を絶たない。首をくくって自決する人の縄をかみ切るのがパロルの役目だった。どんなに苦しくても生きなければ意味がない。死んでしまえば侵略者の思うツボだ。縄をかみ切る時、もみあってくちばしが肌に触れて切れたのかもしれないとジレンはいう。

「パロルのくちばしに血がついていれば、どこかに犠牲者がいるということだ」

 そう言って、ジレンは高くそびえる国境の山並みを見つめた。

「私たちが争いの巻き添えになることも考えられるってこと?」

「その通り。だから気をつけろ。ピクニック気分では困る」

 鼎王国の周りには深い森があり、そこを抜けると荒地に出る。草すらも生えていない。障害物がなく、360°視界が開けるパノラマは、何もかもが丸見えで、敵から身を隠すことができない。危険を察知したパロルが鳴き出した。

「マズイな」

 漆王国に行くにはこの荒野を縦断しないといけない。パロルのくちばしについた血は生々しく、この辺りで争いが起こっていることが想像できる。敵に見つかれば不審者として捕えられる。抵抗したら命はない。奴隷になっても酷い扱いを受けて死に追いやられるとジレンは言う。

 私は恐怖のあまり足がすくんだ。荒野は遮るものがなく、カンカン照りの日差しは容赦なく私たちの体を突き刺す。暑さのため頭が朦朧として思考力が鈍る。

「ミサラ、大丈夫か?」

 珍しくジレンが私のことを心配してきた。優しいところもあるのかと思いきや、

「山道に迂回する」と断言した。

「山道って険しいんじゃ…」

「この際、それしか方法がない」

 山道を使うと相当な時間と労力がかかる。山と隣接する国は鼎帝国と国交がない敵国である。四面楚歌の中で山を越えなければならない。

「護衛をつけようかと思うが、味方の国はここから遠い」

 生贄を捧げることは、漆国との絆を強固にする潤滑油のようなものだと聴いている。女性が行くのが慣例だから、パロルに運んでもらうこともできない。

「わかりました。護衛はいりません。山道を登ります」

 その一言から試練は始まった。予め荒野を通ることを決めていたが、これほどまでに干上がった灼熱の地だとは思わなかったのだ。

 急遽、ルートを変更して急峻な山道を登ることになった。山の天気は変わりやすく、雨が上がっても地面がぬかるんでいることが多い。足元が悪い中、枯れ枝を杖がわりにして一歩一歩、慎重に歩を進めていく。山道は杉の大木に囲まれ、木陰はひんやりと涼しい。時々川が流れているので、水を飲むこともできる。標高が高くなるにつれ、深く暗い森になってくる。途中で山道が岐路になり、私とジレンは立ち止った。行き先を示す看板は立っていない。こんな僻地の山を登る人は誰もいないから、看板も立てないのか。太陽の方角からすると、右側の道が正しい道のような気がするが確かではない。誰かに聞こうにも、誰も歩いていない。だんだんと日が暮れて、辺りは暗くなってきた。

「どうしよう?心細くなってきた」

「下手に動かない方がいい。今晩ここで野宿するか」

「クマに食べられるの、嫌だ」

「食べても美味しくないだろう」

「失礼な…」

 突然、ジレンの肩に乗っていたパロルが高い声で鳴き出した。

「どうしたのかな?」

 パロルはジレンの肩から離れると、左の道へ飛び立った。私たちはパロルの後を追って左側の道を歩いていった。その道の先に、未だかつて見たこともないものが待っていた。



                                          (続く)


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