第八話 2
山本道代が帰った後、新宅正司が僕に言った。
「一件落着したし、伊東の施設の南条久志さんに話を聞きに行きますか」
「ああ、そうするかな」
そう返事をしたものの、加賀美佐助から、「明日、打ち合わせをしたいから、うちの事務所に来てほしい」と電話があったことを思い出していた。
「いや、俺は他にも仕事があるから、先に伊東に行って、話を聞いてきてくれないか?」
「え、そうなんですか……」
「うん、昨日、急に仕事が入ったんだよ」
僕は、嘘を吐いた。全く仕事が無くなっていれば、新宅正司にも加賀美佐助の事務所との提携話をすんなり話せただろうが、まだ単独で事務所経営できるかもしれないという望みを捨てきれず、新宅正司に正直に話せないのだった。
僕と新宅正司かそんな話をしているところに、突然、平林真奈美が現れた。また、大量のゴミ袋を投げ込まれるのかと思ったのに、今度は事務所に入ってくるなり、いきなり床にバケツの水をぶちまけ、モップで必死になって拭き始めた。
「いきなり何なんですか! びっくりするじゃないですか!」
「この間、留守番してやっただろ? 暇すぎて死ぬかと思ったよ。私の仕事は忙しかったけどね。とにかく、床の汚れが気になってたから、掃除をしに来てやったのさ」
「それは、どうもありがとうございます。でも、そんなに暇なら、留守番はいらなかったですね」
「はぁ~、相変わらずアンタは憎まれ口を叩くのが上手だよね。それが無料で電話番をしてやった者に言う言葉かね?」
「す、すみません」
新宅正司が僕の代わりに謝った。
「あの平林さん、今、無料と言いましたよね? 電話番のバイト料を請求しに来られたのかと思ったんですけど、無料で受けてくださったのなら、もう用はないですよね? 出口はあちらです。どうぞ、お帰りください!」
僕がそう言ったのに、僕の話を無視するかのように、平林真奈美はペラペラ喋りだした。
「それはそうと、佐助のことだけど、アイツは胡散臭いつうか、何を考えてるのかほんとに分かんないヤツだね。忙しいから、提携しようと思ったんだろうけど、まるで銭ゲバだわ。金の亡者だよ。地元の高齢者に親切にしてやってるとか言ってたけど、絶対アイツは偽善者だね。あんなヤツのために働くこたぁないよ。困ってるんだったら、うちの会社が幾らでも雇ってやるのに」
「なんで急に俺の味方をするんですか? 前は佐助の味方だったじゃないですか?」
「そうかい? そんなことはないよ。アタシは常に公明正大だからね」
「ご忠告はありがたく頂戴します。ですが、あなたのために働くことはご遠慮いたします」
僕と平林真奈美のやり取りを聞いていた新宅正司は、「一体何の話をしてるんですか?」と不思議がったが、僕は沈黙していた。




