第七話 6
常木美也子に「米澤さんの情報網を使ったら、うちの旦那なんかすぐに捕まるわよね?」と言われて、「はい、そうかもしれません」とついつい嘘を吐いてしまったが、検察官時代から変人で、周囲のみんなに煙たがられていた僕に、そんな便利な情報網などあるわけがなかった。しかも、ストレートにしか物を言えない武骨で天然記念物のような自分に、協力してくれるような情報屋もいない。
検察官時代の同僚や、仕事仲間だった刑事に手当たり次第に連絡してみたが、ある者には「すみません、今、手が離せない案件を抱えてるんで」とやんわり断られ、ある者には「お前が辞めてくれてこっちは清々してるんだよ! 二度と連絡してくるな!」と暴言と共に断られた。
自分の人徳の無さに嘆くばかりだったが、こんな僕でも唯一慕ってくれる人間がいた。警視庁組織犯罪対策部所属の坂崎雄二という男である。彼は、過去に麻薬ルートの潜入捜査で危機に陥り、僕が彼の命を危機一髪で救ったことがあった。
当時、彼が捜査していた案件を僕が担当しており、ヤクザに身バレして、坂崎雄二が組員に拳銃で打たれそうになったことがあった。僕は、子供の頃の祖父の教育の一環として、柔道や空手を嗜んでいたおかげで、坂崎雄二を守ることができた。最初はお互い煙たい存在だったとは思うのに、そのことがきっかけで、いつの間にか、坂崎雄二だけは、飼い犬のように僕の言うことを何でもきいてくれるようになっていた。
僕は、坂崎雄二に電話していた。常木美也子の夫であり、指定暴力団、流山組組員、常木彰浩の行方捜査を坂崎雄二に依頼していた。
「あのー、米澤さんはもう検事を辞めてるんだから、誰から聞いたか、絶対洩らさないでくださいよ」
「わかってるよ。洩らすわけがないだろ。第一洩らせるような人間が俺にはいない」
「わっはっは。米澤さんは相変わらずですね」
「……」
「米澤さんには、恩があるからな。あの時は、本当にお世話になりました」
「この世で一番大切なのは命なんだよ。あの時は俺も焦ったが、お前が撃たれなくて本当に良かったと思っている」
「米澤さんには本当に感謝してもしきれません。米澤さんは本当は良い人なんですよね。米澤さんが辞める前にもっと宣伝しておけば良かったですよ」
「そうだよ、遅すぎるんだよ。まぁ、全然気にしてないけどな」
「米澤さんのそういうところも俺は好きなんですけどね。ところで、流山組ですが、賭けで大負けしてバックレている常木の行方を追ってるそうです。でも、どれだけ捜しても見つからないから、協力者がいて匿っているんじゃないかという噂が流れています。罪状は妻への暴行だから、捜査は後回しにされてるみたいですが……。でも、なんでだか岩倉さんがやっきになって、常木を捜してるんですよね。理由を岩倉さんに聞いてみたら、もうすぐ俺も定年退職するから、最後ぐらい良いことしたいじゃないかとおしゃってました。岩倉さんは常木を何度もしょっ引いているんで、昔から妻の美也子と面識があるみたいですね」
「そうなのか……。常木美也子が警察に夫の逮捕を頼んでいると言っていたが、もしかしたら岩倉さんのことかもしれないな」
「そうなんじゃないですかね」
「常木を追ってるのは、組の若手なのか?」
「そうですね。若いヤツはエネルギーが余ってますからね。手柄を立てたいだろうし、若手のほうが、何をするかわからない分、非常に厄介ですよ」
「そうだな……。悪い結果にならなきゃいいがな……。とにかく、そいつらより先に常木を捕まえなきゃならん。すまないが、また何か掴めたら、連絡してくれ」
「わかりました」
僕が電話を切った途端、やり取りを聞いていた新宅が叫んだ。
「所長すげー! もしかして刑事の命を救ったことがあるんですか!」
「まぁな」
「どうやって?」
「相手が拳銃を打つ前に、奪い取ってねじ伏せたんだよ」
「検事って武道も出来なきゃいけないのか!」
「いや、俺は趣味で武道をやってただけで、検事は武道が出来なきゃいけないわけじゃない」
「でも、所長が武道をやってたから、刑事さんを救えたんでしょ?」
「ま、まぁな……」
「やっぱり所長って、すごーい!」
新宅が褒めちぎるので、僕は思わず照れ笑いしていた。




