第六話 12
みやこ食堂で腹ごしらえをした後、神崎美波が発見した例の古くて大きな家に向かうと、その家の玄関前に茶色の雑種犬が座っているのを発見した。新宅正司が「ココちゃん!」と叫んで近寄ると、その犬は尻尾をブンブン振り回し、新宅正司に喜んで飛び付いた。新宅正司は、「良かった、良かった」とココを抱きしめて思わず涙していた。ココはこの一週間でやせ細り、毛並みもボロボロになっていた。
神崎美波は、ココの頭を撫で、蛯原莉子の家から持ってきた首輪とリードを付け、ココに水を飲ませ、餌を与えた。ココはガツガツと餌を貪り食っていた。ココが餌を食べ終わるのを待って、連れ帰ろうと神崎美波はリードを引っ張ったが、ココは玄関前から動かなかった。どうやっても動かないので困っていたら、近所の人だと思われる中年の男性が通りがかり、「あれ? ココじゃないか! どうしたんだよ! なんでここにいるんだよ!」と叫んだ。
その近所の人の話によると、ココはこの家の持ち主である年配の女性が飼っていた犬だったが、施設に入所することになり、離れを借りて住んでいた蛯原莉子に譲ることになったのだという。ココは、トラックに乗せられて引越した時の道を覚えおり、元の飼い主に会いたくて、はるばる東京から戻って来たのであった。僕はその事実を知り、ココの健気さに胸を打たれていた。
さっそく近所の男性から教えて貰ったココの元飼い主が入所している伊東市の老人福祉施設を、山本道代が運転する車に乗り込み、四人で訪れた。
施設の職員に事情を話すと、元飼い主である女性に快く会わせてくれた。彼女はココを見るとびっくりして声を失っていたが、「もう会えないと思っていたから嬉しい」と言って涙を流した。
「確かにこの子は、私が飼っていた犬です。でも、私はもう一緒には住めないし、莉子ちゃんも家族のように思ってくれているのだから、どうか、この子を莉子ちゃんに届けてあげてくれませんか? お願いします」
「わかりました。きちんと責任を持って、莉子ちゃんに届けます」
新宅正司は、元の飼い主にそう返事をした。
「なんだか、胸がいっぱいになりましたよ」
僕の傍に立って、事の一部始終を見ていた施設の職員、南条久志という男性が、僕に話し掛けてきた。
「そうですね。正直、私は犬が苦手なんですよ。でも、犬って、こんなに健気で可愛いんだと感動しました」
「みなさんは、探偵さんなんですか?」
「探偵というより、調査員ですね。何でも屋です」
「そうなんですか」
「ええ」
僕がそう返事をすると、南条久志は少しだけ考え込んでいたようだったが、しばらくして意を決したように口を開いた。
「あの実は、この施設で働いている同僚の女性なんですか、彼女、ちょっと悩みを抱えていて、解決出来たらいいなと私もずっと思ってたんですが……。でも、ちょっと特殊な悩みだから、難しいとは思うんです」
「特殊な悩みと言うと?」
「記憶喪失なんです」
「えっ?」
「そういう悩みは解決出来ませんよね?」
「うーん、そうですね……。うちの事務所では、そういうご相談を受けたことがありませんね……」
「そうですか……。お医者さんでも解決出来なかったんですよ。だから、私も何とかしてあげたいと思ってるんです」
「記憶を取り戻したいということなんですか?」
「ええ、そうです」
僕は、南条久志に「別の相談の予定が入っているので、その相談が解決した後で良ければ、詳しく話を聞かせてください」と伝えると、「ええ、勿論それで、結構です!」と南条久志は喜んだ。




