第六話 2
新宅正司はいつもの朝のように、1DKの自宅マンションに鍵をかけ、いつものようにマンションの玄関を出てすぐ左に曲がり、事務所への近道になる路地へ入ろうとしていた。いつものように莉子ちゃんとココちゃんはいるかなと期待して路地に入ったのに、今朝はいつもと違っていた。路地にはココがいなかった。そこには、蛯原莉子がいるだけだった。
蛯原莉子は、新宅正司の姿を見つけると、急に泣き顔になり、「お兄ちゃん! ココがいなくなったの!」と叫び抱きついてきた。
「ええっ!?」
「朝起きて、ご飯をあげようとしたら、ココがいなかったの!」
新宅正司が、玄関先に置いてあるココの犬小屋を覗くと中は空っぽで、鎖と首輪だけが残されていた。ココは、弛んだ首輪を自ら外して逃げ出したらしい。
蛯原莉子は、わんわん泣き始めた。そして泣きながらこう言った。
「お兄ちゃんは、いなくなった人を探すのがお仕事なんでしょ?」
「……うん」
「ココは駄目なの? ココは捜して貰えないの?」
「……」
蛯原莉子にそう懇願されて、新宅正司は心底困惑していた。出来ることなら、彼女のためにココを捜してやりたい。でも、自分は、調査事務所のただの調査員で、そんな権限は自分にはない。新宅正司は、この時ほど自分に力がないことを情けないと思ったことはなかった。ただ、蛯原莉子に「社長に相談してみるから待ってて」と言うのが精いっぱいだった。
そんな彼らのやり取りを近くで見ている人間がいた。山本調査事務所の調査員、神崎美波だった。彼女もこの界隈でマンションを借りていたが、一度もこの路地を通ったことがなかった。しかし、少女の泣き声が付近に鳴り響いていたので、気になって路地を覗いてみたら、知っている人間が、少女とやり取りしているではないか。神崎美波は、思わず新宅正司に話しかけていた。
「あの社長がそんな依頼を受けると思う? 絶対無理だと思う」
そう背後から突然声を掛けられた新宅正司は驚き、声の主のほうを振り返った。
「莉子ちゃんのお母さんは、仕事でいつも家にいないし、この子にとってココは家族同然なんだよ!」
「そうなんだ……」
「そう!」
「だったら決まりでしょ」
「?」
「捜すしかないでしょ」
「えっ?」
「社長じゃなくて、あなたが捜せばいいじゃない。私も手伝うし」
「ええっ? 本気で言ってるの?」
「うん」
そう言って、神崎美波は笑った。




