第一話 6
そんなことがあってから、僕の小学生ライフは少しは良くなるかと期待した面もあったが、世の中そんなに甘くはなかった。僕は、前にも増して山本道代を無視し、勿論、他の女子とも一切口をきかず、女番長との関係も一触即発のヒリヒリしたものになっていた。
ある時、事件は起こった。出席番号の近い山本道代と僕は、同じ班で理科の実験をすることになった。僕は、やっぱり、山本道代だけでなく他の女子も無視し続けていた。けれども、今日の山本道代は何故だか僕に話しかけるのをやめない。僕はたまりかねて「ブスな男たらしは黙れ!」と彼女の言葉を制した。すると、それを聞いていた斜め前の班にいた加賀美佐助が、「黙るのは貴様だろう!」と急に怒鳴った。
「さっきから聞いてりゃいい気になりやがって! 山本さんは、何にもやらないお前に実験の手順を教えてくれてるだけだろ! お前がきちんと役割を果たしてたら、山本さんがお前なんかに声を掛けることなんかないんだよ!」
「なんだと! お前は男なのに女の味方をするのか!」
「はぁ? 女だろうが男だろうが正しい人の味方をするのは当たり前だろう! 大体お前はな、生意気なんだよ! いつも偉そうにしやがって! 親がいないとそうなるのか?」
それを聞いた途端、頭に血が上った僕は、加賀美佐助に殴りかかった。小五郎が慌てて飛んできて僕を押さえ、何故だか女番長が加賀美佐助を押さえていた。後ろを振り返ると、どうしたわけか、山本道代の目は真っ赤だった。
その日から、僕と加賀美佐助との闘いの人生が始まった。加賀美佐助は、ことごとく僕を目の敵にした。勉強でも剣道のクラブ活動でも奉仕活動でも服装でも髪型でも持ち物でもすべての面において、僕に勝とうとした。闘いは拮抗した。僕が勝つ時もあれば、負ける時もあった。なんでこんな争いに巻き込まれているのか、訳が分からなかった。ただでさえ、女子に接触できないというハンデがあり不自由な生活を送っているのに、最大にやっかいなヤツが突如として現れ、更に生き辛くなっていた。加賀美佐助と馬鹿馬鹿しい闘いを続けながら、中学時代は慌ただしく過ぎていった。
一方、沢登小五郎と山本道代とは、高校入学と同時に僕達とは袂を分かち、それぞれ希望する道へ進んだ。小五郎は美術系の高校へ進み、噂によると山本道代は、女子高へ進んだらしい。山本道代も、そこら辺の女子と同じで、どうせ今時のキャピキャピしたキャラになって、男に媚びて生きていくのだろうくらいにしか思っていなかった。中学の時点で、山本道代は僕の視界から消え去り、高校時代にはすっかり過去の人となっていた。小五郎とは、相変わらずの付き合いをし、僕はいつもふらっと小五郎の家を訪れ、二人でマツ婆ちゃんの団子屋へ通った。僕が、落ち込むと頼りにするのは、相変わらず小五郎とマツ婆ちゃんだった。
高校だけは、加賀美佐助と別の学校へ行きたかったのに、祖父は代々通っている地元の公立の進学校への進学しか許してくれず、またもや彼と顔を付き合わせることになった。このうんざりする日々はいつまで続くのかと思ったが、呆れたことにそれは大学へ入っても続いた。
十八歳の春、二つの変化が起きた。一つは、長年、僕と小五郎の面倒を見てくれていたマツ婆ちゃんが亡くなったこと。僕と小五郎の心にぽっかり穴が開いたが、嘆いたところでどうにもならない。僕達は、乗り越えるしかなかった。
そしてもう一つは、日本で国立大学の最高峰と言われる帝都大学へ入学したこと。しかし、困ったことに、加賀美佐助も帝都大学へ進学していたことに後で気付いた。しかも、まさか、同じ法学部に所属することになろうとは、予想だにしないことだった。