第五話 8
松山から東京に戻って来て、真っ先に東京が住所になっている朝比奈龍太郎の同級生を訪ねた。東京が住所になっている同級生は三人いたが、三人とも既に他界していた。その三人の同級生の家族に、生前、朝比奈龍太郎と交流はなかったか?と訊ねたが、みんな一様に、朝比奈という名前は聞いたことがないし交流はなかったと思うと答えた。僕は、がっくりしながらも調査を続けた。
朝比奈龍太郎の同級生は、東京の三人と愛媛県内在住者を除くと、全国に散らばってはいるものの、大阪、京都、兵庫の関西方面が主で四十人程度、中国地方が十人、九州地方と中部地方がそれぞれ七人、残る同級生は数人しかおらず、仙台が最北だった。僕は、まず仙台を皮きりに、南下していく作戦を取った。電車に乗っても良かったが、あまりにも交通費がかかるので、新宅正司の車で彼と運転を交代しながら移動する手段を取った。どんなに距離が離れていても、一日に最低五軒はまわろうと目標を立て、転居していて消息が分からない同級生を除くと、約七十人の調査を二週間で終えた。しかし、何の収穫もなく、依然として朝比奈龍太郎の消息は分からなかった。山本道代に頼んでいた女性の同級生も同様の結果だった。僕は、彼女の事務所を訪れ、山本道代と神崎美波に礼を言い、労を労った。
僕は、行っても仕方がないと思いながら、朝比奈真理が東京で最初に住んだ世田谷の住所を訪れた。当時、朝比奈真理と父親が住んでいたアパートは数年前に取り壊され、現在は駐車場になっている。僕は、その場所に佇み、「一体、どこに行ってしまったんだ?」とぼやいていた。




