第五話 7
散歩がてらに山本道代の事務所に連れてきた豆太郎は、男性より女性が好きなのか、山本道代にも神崎美波にも全然吠えずに、さっきから尻尾をブンブン振りまくっている。似た者同士かと思っていたのに、こういうところは唐吉と全く正反対だなと、沢登小五郎は豆太郎を見て思っていた。案外コイツのほうが唐吉より曲者かもしれないと思った。
神崎美波は、「きゃー、かわいい!」と言いながら、豆太郎の頭を撫でている。沢登小五郎は、「犬を連れて来てしまってすみません」と神崎美波に謝ったが、彼女は「ぜーんぜんですー。いつでも大歓迎でーす」と言って笑った。
沢登小五郎は、依頼した調査の経過報告を聞くために、山本道代の事務所を訪れていた。依頼の内容は、「妻、沢登あおいを轢き殺した男、松沢啓介が、いつ刑務所を出所してくるのか」というものだった。
「正直、いつ出所するのか、まだ確定していないらしいの。でも、あの男は模範囚で、出所が早まる可能性があるらしいわ」
「ふーん、そうなんだ」
「確定したら、また連絡を入れるわね」
「うん、頼むよ」
「でも、出所の時期を知ってどうするつもり?」
「どうもしないよ。こっちを逆恨みしてる可能性があるから、警戒してるだけ」
「それならいいけど」
「それはそうと、なんで整形手術なんかしたんだよ。久しぶりに会った時、びっくりしたよ。声を聞いてすぐ分かったけどさ、違和感ありまくりだよ」
「そう? でも、手術をしたのは、もう随分前なの」
「ふーん」
「検察官になって二年目かな」
「そんなに前だったんだ」
「うん。私も色々考えることがあってね。でも、手術をしたら、少しは生きやすくなったよ」
「そうか、良かったじゃん」
「でも、幸せになれたわけじゃない」
「……」
「だから、検察官を辞めたんだよ」
「今は少しは幸せになった?」
「うん、そうだね。人の役に立ってるという実感はあるよ」
山本道代がそう言うと、沢登小五郎は笑顔になった。
「アイツ、全然気付いてないんだろ?」
「そうなの。全然気付いてないの。それどころか、昔の私の存在自体、彼の記憶からすっかり消去されてるわよ、きっと」
「マジでっ? 初恋の相手なのにっ?」
「だって唐吉は宇宙人だもの」
「はははは、そうだな。人知の及ばない別世界に生きてるのは事実だな」
「はぁ、全くその通りね……。私ね、また彼から仕事の依頼を受けてるの」
「女嫌いが原因で?」
「そう! でも今回は件数が多いし、全国に散らばってるから、美波ちゃんにも手伝って貰ってるんだけどね」
「大変だね、頑張って」
「うん、ありがとう」
幼馴染みと会話して、心が解れた沢登小五郎は、「出所時期が分かったら必ず連絡してくれ」と山本道代に念を押し、豆太郎を連れて帰路についた。