第五話 3
翌日、早速僕は、松山空港に降り立った。空港に設置されている蜜柑ジュースの出る蛇口に感嘆し、日本最古の温泉であり観光地である道後温泉へ向かうバスを後ろ髪をひかれながら途中下車し、郊外へ向かう電車に乗り換えた。四国は、イメージ的に狭い場所なのかと思っていたが、車窓からは松山平野の開けた風景が見られ、車のスピードも人の歩く速度もゆったりしていた。普段、道路も食事も買い物も狭い所で人を避けながらイライラしながら過ごしている分、解放されたような気分になった。朝比奈真理の父の実家も、元農家なのか、随分と広い敷地に建てられた古民家だった。
古民家の玄関の扉は解放されていたが、僕は呼び鈴を押した。すると、年老いた男性が、物凄くゆっくりと時間をかけて、部屋の奥から出て来た。
「はい、どなたさんで?」
「私、東京から来ました調査事務所の米澤唐吉という者です。本日は、朝比奈真理さんを捜しているというご友人の依頼で、ここに伺いました」
「は?」
「こちらのお宅は、朝比奈さんのお宅ですよね?」
「ああ、確かにワシは、朝比奈虎雄いうもんやで」
「朝比奈真理さんをご存知ですか?」
「勿論、知っとるがな、真理はワシの姪やがな」
「では、真理さんのお父さんは、お兄さんなんですか?」
「そういうことになるな」
「お兄さんは、今どこにいるんですか?」
「知らんがな」
「は?」
「あのな、ワシは今、八十八歳やで。兄は生きとったら九十三歳や。多分、もう死んどるやろ」
「生きてるか亡くなってるか、分からないんですか?」
「うん、何年前やったんやろな、だいぶ前に親と喧嘩してな、娘を連れて、この家を出て行ってしもたんや。それ以来、会うてないんやがな」
「そうなんですか……」
「親と喧嘩しとったから、親が死んでも葬式にも帰って来んかった。住んどる所もどこかわからん。最初は東京におったみたいやがな」
「お兄さんは、何故東京へ行ったんですか?」
「分からんなぁ。何にも言わんヤツやったからな。ほやけど、そう言えば、確か高校の同級生が東京に就職して、それで若い頃、いっぺん東京に旅行に行ったことがあったわ。多分、それやろ」
「その友達の住所は、分かりませんか?」
「分からん」
「そうですか……」
「ああ、でも、高校の同窓会名簿は確かあったと思うで。何十年か前に、送られてきたことがあったんよ」
「その名簿、見せて貰ってもいいですか?」
「ええよ。ちょっと待っとって。探してくるけん」
「はい。ありがとうございます」
朝比奈虎雄の「同窓会名簿を探してくる」というその言葉に感謝しながら、僕は待った。しかし、五分経っても十分経っても三十分経っても彼は戻って来なかった。痺れを切らした僕は、家の中に上がり込み、屋根裏で探しているのだろう朝比奈虎雄に、階下から声を掛けた。
「朝比奈さーん! 僕も探すのを一緒に手伝ってもいいですかー?」
「あー、お願いするわー、見つからんのやー、手伝うてー」
そう返事が帰って来たので、僕も屋根裏に上がったが、屋根裏には色んなものがてんこ盛りになっており、その荷物の中に朝比奈虎雄が埋もれていた。
どう見ても屋根裏はゴミ部屋と化していて雑然としているのに、物の置き方にはルールがあるらしく、僕がやみくもにそこいら中を探していると、「違う違う、そこには絶対ない。あるならこっち。ここを探してみ」と彼が指差した東南の方角を探していたら、一番隅の一番下に、同窓会名簿があるのを発見した。僕は、大喜びで礼を言い、朝比奈虎雄宅を後にした。




