第四話 7
レイデンと話した後、またいつものように自然に解決するのではないかと思っていたのに、いつまで経ってもチケットは入手出来なかった。
事務所でパソコンとにらめっこしていてもイライラするばかりなので、新宅正司に「ネットは任せる」と言い、僕は外へ出た。金券ショップやチケットセンターを片っ端から訪ね歩くつもりだった。無駄だと分かっていてもじっとしていられなかった。金券ショップは、新宿駅周辺だけでも二十軒以上あった。山手線の主要駅周辺の金券ショップを一軒一軒回って、もし入荷したらすぐに連絡してくれるように頼み込んだが、どこの店にも「望み薄だし、無理ですよ」と言われた。とにかく、オンラインのネットワークに加入していない店を狙うのが得策だと思ったので、敢えて小さな店を狙って周った。足は棒のようになり、心身共にクタクタだった。しかし、それでも歯を食いしばり、毎日そんなことを繰り返して、あっという間に一週間が過ぎ去った。
九日目の朝、いつもより早く事務所に出勤すると、新宅正司は既に出勤していて、パソコンを睨みつけていた。新宅正司の目の下には、真っ黒な隈が出来ていた。もしかしたら、彼は禄に眠っていないのかもしれない。彼は、僕が出社すると、神妙な顔をして僕を見つめ、「所長、お願いがあるんです」と言った。
「なんだよ、あらたまって」
「オークションに参加したいんです」
「オークション?」
「チケットがネットオークションに出品されているんです。オークションだともしかしたら五十万円以下で買えるかもしれないし、もうそれしか残された手はないと思うんです」
「……」
「イチかバチかやってみるしかないと思います。勿論、所長がやりたくないことは分かっています。だから、僕の個人名義でやりたいんです。どうかやらせてください」
「そこまでしなくていい。昨日、状況が厳しいことを白石さんに話したら、白石さんは、元々不可能だと思っていたから無理しなくていいと言ってくれたんだ」
「そうですか……。でも、白石さんの奥さんの命は、いつまで持つか分からないんですよね? もしかしたら、一ヶ月後には亡くなっているかもしれないんですよね? キングスクラウンの日本での最後のコンサートかもしれないし、キングスクラウンは、彼女と旦那さんの青春そのものなんですよね? このコンサートに行くことは、白石さんの奥さんの最後の願いになるかもしれないんですよね?」
「……」
「だったら! だったら、絶対に彼女の願いを叶えてあげるべきなんじゃないですか!」
新宅正司は、真っ直ぐに僕の目を見据え、涙ながらに訴えた。
僕は検察官をしていたが辞めているのだし、犯罪に加担したとしても、もう警察に迷惑をかけることもない。それに、転売目的で購入するのではないから、不正転売禁止法にも抵触しない。ただ、後ろめたさが残るだけの話だ。そんなものは、人の命の重さに比べれば随分軽い。握りつぶしてしまえばいいだけのことだ。
「そうだな、お前の言う通りだ」
僕はそう言った。
オークションは午前十時きっかりに始まった。僕は、新宅正司ではなく、自分の名義でオークションに参加するように新宅正司に命じた。スタート金額は、三万円で、正規の値段が二万円だったので、最初から一万円高のスタートだった。
オークションが始まると同時に、どんどん値段が吊り上げられていく。三万円の次はすぐに四万円になり、四万五千円、四万八千円、五万円、五万五千円、六万円と、ものの二、三分ですぐに倍額になった。僕と新宅正司は画面を睨みつけながら、希望金額をどんどん打ち込んでいく。しかし、打ち込んでもすぐに誰かが上乗せした金額を打ち込み、なかなか勢いが止まらない。あっという間にチケットの金額は十万円になった。
新宅正司は、僕の顔を何度も見て確認した、まだ、金額を上げてもいいですよね?というように。僕は、彼の顔を見て頷いた。そして、また、新宅正司は、ただ無心で金額を打ち込んでいく。オークションが開始して二十分経過した頃、三十万円に達し、急に動きが鈍くなった。その動きを見て取った新宅正司は、止めを刺すかのように、三十一万円と打ち込んだ。残り時間は、後十分だった。五分間、二人で画面を睨みつけていたが、何も起こらない。あともう少し、あともう少しで手に入る。そう思いながら、じりじりする思いで待つ。
残り時間は、四分、三分、二分、一分と減っていく。五十秒、四十秒、三十秒、二十秒、十秒となった時、急に画面が動いた。画面には三十一万円でなく、突然五十万円と表示され、「えええええーーーっっっ!!!」と新宅正司と僕がびっくりし躊躇している間に、残り時間は三秒、二秒、一秒となり「終了」の文字が出た。
僕と新宅正司は、どうすることもできず、ただ呆然と画面を見つめていた。
しかし、僕はその後、衝動的に事務所を飛び出し、最後の手段という感じで、加賀美佐助と山本道代の事務所を訪れ、チケット入手の協力を頼んだ。加賀美佐助も山本道代も、もっと早く言うべきだった、期限が後一日しかないなんて絶対に無理な話だ、と言った。僕は、異口同音に二人に同じことを言われて、もっともな話だと思ったが、それでも二人に深々と頭を下げた。どうしても、そうせずにはいられなかった。
その後も、また金券ショップを周り、何の成果もなく、クタクタになって夜遅く事務所に戻ってきた。事務所には、まだ新宅正司がいた。そして戻って来た僕に彼が言った。
「所長、所長も天然ボケだと思うけれど、僕も天然ボケだと思うんですよ」
「?」
「今まで、追っかけるばかりだったじゃないですか? だから、一度立ち止まってみようと思うんです」
「立ち止まるって、コンサートは明日だぞ」
「いえ、こちらから発信しようと思うんです。チケットを譲ってくださいとツイッターで呟くんです」
「そんなことしたって無駄だと思うけどな」
「無駄かどうかやってみないと分からないじゃないですか。僕は諦めたくないんです!」
「そうだな。お前が思った通りにすればいい。この際、何でもやるべきだ」
僕がそう言うと、新宅正司はさっそくパソコン向かった。




