第三話 2
翌日、調査を開始した。行っても無駄だと思ったが、まずは、古田町の青木屋に行ってみた。やっぱり、店はもぬけの殻だった。ガラス扉に顔を付けて中を覗いてみたが、閉店後の青木屋という感じで、特別なものは何も店に置いていないし、店の中を長時間眺めたところで、やっぱり何も起こらなかった。僕と新宅正司は、途方に暮れた。
仕方がないので、右隣のケーキ屋に話を聞くことにした。「私はこういう者です」と、まず、名刺を渡し、「人を捜しているのでお話を聞かせて貰えませんか?」と頼んだら、店主の中年の男性は快く承諾してくれた。
「隣の居酒屋とご主人とは交流があったんでしょうか?」
「いや、それがそんなでもなくてね、でも、居酒屋で一杯やって家に帰ろうとしているお客さんが、家族の土産に買って帰ろうと思うのか、夜中でもケーキが売れるので、うちとしてはそのことをありがたく思っていると店長にお礼を言ったことはあります」
「店長はどのくらいの間、隣の店に務められてたのか分かりますか?」
「うーん、三年くらいかなぁ。いや、それ以上、多分、四、五年くらいだと思います」
「そうですか! 名前はご存知ですか?」
「ええ、知ってますよ。坂巻峰雄さんというんですよ」
「年齢は?」
「四十手前かな」
「坂巻さんは、青木屋を閉めた後、ここに来たことはありましたか?」
「いえ、来てないと思います。見てないですね」
「そうですか……。坂巻さんのご住所とかご存知ないですよね?」
「ええ、知りませんねぇ」
「分かりました。ありがとうございます」
それから今度は、左隣の花屋に話を聞いた。花屋の店主も中年の男性で、「人捜しをしてるのかい? 居酒屋の母体が業績悪化で倒産してるから、本体が全くなくなってるわけよ。話を聞こうったって、聞きに行くところがないんだから、難しいんじゃないの? あんたも大変だね」と同情してくれた。その他近隣の店に聞き込んだが、どこの店も店長がどこに行ったか分からないと言った。
そんな中、行こうとして行きづらく、最後まで行くのを躊躇っていた青木屋のライバル店、「魚まさ」の看板が目に入った。横にいる新宅正司の顔を見たら、やっぱりしかめっ面をしている。店の様子を外から窺ったら、ちょうど仕込みを始めた時間のようで、店の中がざわざわし始めていた。仕方がない、聞かずに後悔するより聞いて後悔したほうがいいかと思い、思い切って店の玄関を開けた。すると、「すみませーん、まだ開店前でーす!」と威勢のいい声が店内に響き渡った。しかし、その声を聞いて僕はびびった。男勝りな女性の声だったからだ。案の定、その女店主は、「誰がライバル店のことなんか、教えてやるもんか! 今まであの店のおかげで、こっちの売り上げは最悪だったんだから、潰れてくれて万々歳なんだよ!」と叫んだ。やっぱり、女は最悪!と思わざるを得ない結果になった。ほら、帰れ帰れ!とばかりに、背中をどつきまわされて店の外に放り出されたが、さっきからその一部始終を見ていたと思われる老人が、杖をついて近寄って来て言った。
「あんた、坂巻峰雄を探してるのかい?」
「?」
「坂巻峰雄は田舎に帰ったよ」
「え? 坂巻さんをご存知なんですか?」
「うん、うちのアパートにいたからね。今の詳しい住所は分かんないけどさ、確か、大間で漁師をやるつもりだと言ってたよ」
「えーっ! 大間って、青森ですよね?」
「うん、そうそう。父ちゃんが漁師だから、田舎に帰って継ぐことにしたと言ってたな」
「そうなんですね!」
「大間に行ってみな」
「ありがとうございます!」
僕と新宅正司は、その老人にお礼を言い、その場を後にした。