第二話 11
それから、僕は新宅正司を伴い、もう一度海東光次のアトリエを訪ねた。レイデンの「もう一度アトリエを訪れるべき」という言葉が気になっていた。レイデンの「森山が何かを知っている」というアドバイスは、的中していた。アトリエには、きっと「遠蕾」発見の鍵が隠されているに違いない。
「いや、それにしても驚きました。まさか、遠蕾のモデルが、米澤さんのお母様だったなんて」
「そうですね。私も驚きました。本当にお恥ずかしい限りです、自分の母親の顔も分からないだなんて……」
「そんなことありません。お母様は、米澤さんが幼少の頃に亡くなられているんですから。それより、米澤さんと私がそんなところで繋がっていたのが不思議というか、世間というのは狭いものだなとびっくりしました」
「ほんとうに……」
そんな会話をし、アトリエに何か手がかりが残されていないか、新宅正司と隈なく調べていた。描きかけの油絵、素描が残された大量のスケッチブック、筆や油絵具やコテやパレット等、調べられるものは調べ尽くしたが、母に繋がりそうな手がかりは何も出てこなかった。
アトリエの隣には小部屋があって、そこには世間に公表されていない数十枚の油絵も残されている。しかし、ここは、最初にアトリエを訪ねた時にすでに調べ尽くしていて、ほとんどが近隣の風景画だった。ただ、一枚だけ気になる絵があった。その絵は棚に山積みされている他の絵と違い、きちんとイーゼルに立て掛けられていた、まるで、訪れた者に見てくださいとでもいうように……。しかも、その絵は他の繊細なタッチの絵と全く違い、現代アートのような大胆なタッチで描かれた薄紫の菊のような小さな花の絵だった。新宅正司も怪訝に思ったのか、その絵を見ながら「海東先生は、花の絵なんて描いてましたっけ?」と海東達弘に訊いていた。
「いや、ないですね。おそらく一枚も描いていません。勿論、風景画の中の一部でしたら、花も描いてはいますけど……」
「そうですよね」
「この花はなんという花だろう?」
僕がそう呟くと新宅正司は「おそらく紫苑ですよ。僕の田舎には、あちこちいっぱい咲いてます」と言った。
しばらく僕は、その絵を眺めていたが、はたと閃いた。次の瞬間「この花の花言葉を調べてくれ!」と新宅正司に向かって叫んでいた。彼は「ええっ?」と驚きながらも、慌ててスマホを取り出し、紫苑の花言葉を調べ始めた。紫苑の花言葉は「君を忘れない」だった。僕は、「やっぱり」と呟いた。




