第二話 8
プルルルル、プルルルル、プルルルル、カチャ
「はい、レイデンです。お電話ありがとうございます。あら、セイヤさんなんですね? 今日はどうなさったんですか?」
気付けば、唐吉はレイデンに電話していた。
「俺のことを覚えてくださってるんですね」
「ええ、まあ。男性客は少ないですし、セイヤさんは特徴的ですから」
「金を使うのは女ってことですか?」
「はぁ?」
「こんなところに電話するのは、ほとんど女ってことですか?」
「まぁ、そうですね」
「あなたまでそう言うんですか!」
「何なんですか、いきなり! また、何かあったんですか?」
「あったから電話してるんです!」
「だったら、さっさと解決しましょう。不愉快なあなたと話してるのもほんとーに不愉快ですから! さっさとお団子を食べて準備してください!」
「客にそんなことを言っていいんですか? お客様は神様じゃないんですか!」
「私だって普通の人間です。お客様は神様って言葉は、客から言う言葉じゃないです。こちらから言う言葉です。わざわざ人を不愉快にするようなことをするべきじゃないんです。そんなことをしたら、上手くいくものもいかないでしょ?」
「……おっしゃる通りです」
「あら、急に素直になりましたね。じゃ、お団子を食べてください。ほうじ茶も飲んでくださいね!」
「はい」
唐吉が団子を食べ始めると、最近の唐吉の様子がレイデンの中に反映され始めた。彼が、何に困り何につまづいているのか、手に取るように分かった。
「絵が見つからないんですね?」
「はぁ、相変わらず、レイデン先生は凄いですね……」
「そうですか? 普通ですよ」
「普通じゃないです!」
「セイヤさんのお宅には、執事のような方がいらっしゃるの?」
「ええ」
「その方が気になるわ。その方が何か知ってるかもしれない」
「え? 森山熊三がですか? そんなはずない! 彼とは全く関係がない! 彼が何か知ってるなんてあり得ない! あなたは僕に嘘を吐くんですか!」
「はぁ? そんなわけないでしょ。とにかく、私は見えたものをあなたにお伝えしているだけです。信じようが信じまいがあなたの勝手です!」
「そうですか! いい加減な電話相談だな!」
「それと、どうしてもアトリエが気になるので、もう一度、アトリエを訪れるべきです。私のアドバイスはそれでけです。じゃ、さよなら」
ガチャン、プープープー
唐吉のあまりにも失礼な物言いに、不愉快になったレイデンは、自分から受話器を置いた。唐吉は、「くそっ!」と声を張り上げるしかなかった。
レイデンは電話を切った後、一人で考え込んでいた。「自分は普通だ」と言ったのに、セイヤは「普通じゃない」と言った。そのことが引っかかっていた。
子供の頃のことが思い出された。いつも突然、頭の中に映像が浮かび、そのことを口にすると、それと同じことが起こっていた。それって、自分にとっては当たり前のことで、みんなそうだと思っていた。
「啓介くんが忘れ物をして、明日、学校で叱られるよ」とか「あそこの家の猫が五匹の子猫を産んだよ」とか他愛もないことだったけれど、そんなことを口にすると、父は「そんなことを人前で言うんじゃない」といつも私を叱った。「どうして叱られるの? 私は悪い子なの?」と言うと、父は「悪い子だ」と言った。私は悲しくて悲しくてたまらなかった。母やお祖母ちゃんはいつも優しかったけれど、私は父に愛されたかったのだ。だから、私は父の言う通りにした。
でも、私はいたって普通だ。万能じゃないし、見えたことをただ伝えているだけ。人を思い通りに操れるわけじゃないし、自分の願望通りに未来がなるわけじゃない。ただ、見えるだけで、普通の人となんら変わりない。お祖母ちゃんは、「お前は優しい子だ。人のために役に立ちなさい」と言った。だから、私はそうしているだけだ。でも、普通じゃないと言われるのは、やはり悲しかった。