第二話 2
気を取り直して、その日の午後、僕は目黒の美術館で開かれている海東光次遺作展に赴いた。国内外で人気のある海東光次の遺作展とあって、会場はかなりの人で混雑していた。海東光次は風景画を多数描いたことで有名な画家ではあったが、シリーズで描かれた美人画は特に人気があった。しかし、会場には美人画はほとんど見当たらず、展示は一作品のみだった。僕は、そのたった一枚しかない美人画の前で、ただ取りつかれたように、長時間その場に立ち尽くして見入っていた。後ろから男性に、「あの……」と声を掛けられ、はっと我に返った。腕時計を見やると、いつの間にか、とっくに閉館時間を過ぎていた。
「すみません、もう時間なんですね」
「ええ、申し訳ありません。閉館時間です。でも、少しならいいですよ。もう他のお客様は帰られましたから」
その男性にそう言われて、辺りを見回すと、周りに誰も人がいないことに気付いた。それなのに、その男性は、さして慌てる様子もなく、ゆったりと、「私もこの絵が一番好きなんです」と言ったが、続けて、「でも、残念ながら、この絵は偽物なんです」と言った。
「えっ?」
「レプリカなんですよ」
絵の横に貼られてある説明書きに目をやると、確かに「この作品はレプリカです」と書かれてあった。
「この『遠蕾』と名付けられたシリーズ、本当はもっとたくさんあって、特に人気があったのはご存知だと思いますが、残念ながらこの世にもう存在しません」
「そうなんですか……」
「実は、海東光次は私の叔父でしてね、叔父は何を思ったのか、この女性の絵をコレクターから買い戻し、ことごとく処分してしまいました。でも、この絵だけは、確かについ最近まで、叔父のアトリエにあったんですよ。実際に、私はこの目で見ているんです。高値で売ってくれと画商に何度も交渉されていましたが、叔父は頑として聞き入れませんでした。しかし、叔父が他界した後、忽然と消えてしまったんです。この一枚だけは、ファンの皆様のために、ここに展示したかったのに叶いませんでした」
「そうでしたか……」
「すみません、少し喋りすぎましたね……」
「いえ、話してくださってありがとうございます。あの、奇遇なんですが、実は、海東先生は私の父の友人なんです。私はこういう者です」
僕が懐に手を伸ばし、その男性に名刺を差し出すと、彼は名刺に見入り、「調査事務所をされていらっしゃるんですね」と言った。
「ええ」
「あの、米澤さん、これは何かのご縁です! 私はこの絵を探しているのです! 是非とも探すのを手伝っていただけませんか!」
海東光次の甥、海東達弘は、そう叫んだ。