第二話 1
「こんにちは」
閑古鳥が鳴いている事務所のドアがふいに開き、一人の見知らぬ女性が颯爽と入って来た。年齢は若くもなくそこそこ。しかしスタイルの良さ、整った顔立ちのかなり人目を引く美人だった。予想外の珍客に、新宅正司の目は白黒し、僕の顔の筋肉は強張った。僕にとって女性は、不吉な前兆でしかない。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
見知らぬその女性は、いきなり僕に向かってそう言葉を放った。
「ど、どこかでお会いしましたっけ?」
「覚えてらっしゃらないんですね。三ヶ月前の裁判で、敵味方で戦った弁護士です」
「ああ、あなたでしたか! 思い出しました! 見事な手捌きでしたね!」
「まぁ! お褒めに与るとは思いませんでしたわ。あの裁判は、私も本当にびっくりしたんです。有名な米澤さんが、まさかのケアレスミスをするなんて思いも寄りませんでしたから」
流石の僕も相手が慇懃無礼な物言いをしていることに気付き、相手の顔を睨み返した。
「才色兼備のあなたが、何故、今日はうちの事務所に来られたんですか? まさか客じゃないでしょうね? 外の看板をご覧になりましたか? 『女性はご遠慮ください』と書かれてあると思いますが……」
「ああ、私は客ではありません。斜め向かいに事務所を開くことになりましたので、ご挨拶に伺わせていただきました。山本調査事務所の所長の山本道代と申します。ご近所ということで、今後ご迷惑をお掛けすることもあるかと思います。よろしくお願い致します」
「そうですね! すごく迷惑ですね! あなた、うちの他にもう一軒すぐ傍に、調査事務所があるのをご存知の上で、開くことにしたんですよね? 営業妨害に等しい行為をしてますよね?」
「はぁ? 米澤先生はとっくの昔にご存知だと思ってましたが、日本は民主主義国家で、どこで誰がどんな会社を開こうと自由です。それは、日本国民全員が有する当然の権利です」
「……」
「正々堂々と戦いましょう! では失礼致しします!」
山本道代は、そう言い放つと、来た時と同様、カツカツとヒールの音を鳴らしながら、颯爽と帰って行った。僕と新宅正司は、その様子をただ口をぽかんと開けて見ていた。
次の日の朝、事務所に出勤してくると、加賀美佐助と加賀美佐助の事務員、山本道代と山本道代の事務員の四人で、あろうことか僕の事務所の前で、自分の事務所のビラ配りをしていた。昔から、自分でも自分のことを変わり者の馬鹿者だと思っていたが、この二人も僕に負けず劣らずの馬鹿者なんだなと思った。新宅正司は、その光景に呆れ、ただただ、ため息を吐いていた。