最終話 11
一週間後、米澤唐左衛門の邸宅に、米澤唐左衛門をはじめ、米澤唐吉、米澤綾子、森山熊三、山本道代、新宅正司、加賀美佐助が一堂に会した。
母である水瀬桜をこの場に呼ぼうかと悩んだが、母から、あの日何が起こったか、すべてを聞くことができた僕は、これ以上母を苦しめる必要もないと判断し、母を呼ぶことをやめた。母は、あの日以降も、元気に青空園で働いていると南条久志から報告を受け、僕は安堵した。
僕は、祖父である米澤唐左衛門に向かって叫んでいた。
「どうしてあなたは母さんを嫌ったのか? あなただけじゃない。亡くなったはる子お祖母さんも森山さんでさえ! みんなでよってたかって、母さんを追い詰めたのではないのですか?」
「そうかもしれない。私には和吉と結婚して貰いたいと思っている娘がいた。彼女は幼い頃から娘のように可愛がっていた存在だった。しかし、和吉はそのことに反発していた。静枝さんは、本当に良い娘さんだった。何一つ不満なところがない気立ての良い娘だった。ただ一つ不満だとしたら、彼女の家柄だった。私は当時、経団連の会長候補に名前が挙がっていた。彼女のような庶民が嫁になると、当然候補から外れる可能性があったし、結果は、その通りになった」
「結婚して貰いたかった娘とは、綾子叔母さんのことですか?」
「そうだ」
「経団連の会長になりたかったのになれなかった、そんなくだらないことが理由だったんですか?」
「唐吉様、違います! 旦那様は、和吉様が寝たきりになったのを悲しんでおられたのです!」
森山熊三が叫んだ。
「それが母さんのせいだと? 母さんは良かれと思って父さんの代わりに車を運転し、事故に巻き込まれただけなのに? 母さんも被害者なのに、あなた方はそれも母さんのせいだと言うのか!」
「そうだ、お前の言う通りだ。静枝さんには何の非もない。彼女を追い詰めたのだとしたらすまなかったと思っている」
「でも、伯父様は寝たきりでも和吉さんに生きていて欲しかったはず。手をかけたのは静枝さんよね?」
米澤綾子が言った。
「あなたはどれだけ傲慢な人間なんだ! 父さんは母さんに『殺してくれ』と頼んだんだよ! 『死ぬのならお前の手で殺して貰いたい』と頼んだんだ! 寝たきりの生活がどれほど父さんの心を蝕んでいたことか! 母さんも自分のせいでこうなったとずっと苦しんでいた。そして、苦しんで苦しんだ末に、父さんの願い通りに、父さんの命を断とうとした。そして自分の命さえも絶とうとした」
「でも生き残った」
「そうだよ。あなたの言う通りだよ。今も生き地獄を味わっている。だが、それも今日で終わりだ!」
「どういうこと?」
「父さんを殺した真犯人が見つかったからだよ」
「!」
「父さんは絞殺されたんじゃない。毒殺されたんだ! 青酸カリでね。当時、大学の教授が夫だったあなたなら、簡単に手に入れられたはずだ」
「何が言いたいの?」
「佐助が全部教えてくれたよ。あなたが四十年前に父さんに何をしたのか、そして一週間前の城ヶ崎灯台で何をしようとしたかもね」
僕が、加賀美佐助のほうを振り返り、顔を見ると、彼も小さく頷いた。
「綾子叔母さん、僕はあなたに感謝してきた。あなたは、父さんが亡くなった後、何かと僕を気にかけてくれていた。それは僕への真実の気持ちだと思っていた。僕は、屈折していて、あなたへ素直に自分の気持ちを伝えられなかったことを心の中で詫びていた。でも、本当のあなたは違った。あなたの心の中には、いつもあなたしかいなかった。父さんのこともあなたは愛していなかったんだ!」
「違うわ! あなたに何が分かるの? 私は和吉さんを心から愛していたわ! でも彼はどんなに懇願しても、一度も私を愛さなかった。あの人の心の中には静枝さんしかいなかった。盗聴器を仕掛けていたから、あの夜、異変が起こったことを知り、私はすぐにこの家に駆けつけた。彼はまだ生きていたのよ。ため込んでいた薬を全部飲んで、静枝さんに首を絞めさせたけど、死にきれなかった。彼は、私に言ったわ、僕は君の物には決してならないと。だから、私は彼を殺した。持っていた青酸カリを彼の枕元にあったコップの水に溶かしたら、彼は、私に飲ませてくれと言ったわ。本当は、彼は静枝さんに自分を殺して欲しかったんでしょう。でも残念ね、彼を殺したのは、この私なのよ」
米澤綾子がそう言った時、米澤唐左衛門は「なんてことだ!」と叫び、森山熊三は泣き崩れた。
「母さんを殺そうとしたのは何故?」
「私も彼女が死んだとずっと思っていた。でも、加賀美さんにあなたを調べて貰っているうちに、彼女が生きていることを知ったのよ。彼女は、私にとって憎い存在でしかなかった。私はずっと苦しんでいたのに、彼女は何もかも忘れて、幸せそうな顔をして生きているのが許せなかった」
「綾子、もうやめなさい。私が悪かった。お前を和吉と結婚させようとした私が悪かった。最初から、和吉との結婚はできないとお前に言うべきだった」
「伯父様やめて! 伯父様が勧めたから、和吉さんと結婚したかったわけじゃないわ! 私は子供の頃から、優しい和吉さんが大好きだったのよ!」
「それが分かっていたから、私はお前を利用しようとしたのだよ。すべては、私の犯した罪だ」
米澤唐左衛門は、静かに、しかし厳然とした表情でそう言った。