最終話 9
「ああ、米澤さん、山本さん! それから、えっと……」
「新宅です」
「新宅さん、今日は、青空園のお花見に良く来てくださいました!」
南条久志は、満面の笑顔で僕達三人を迎え入れてくれた。今日の午前十一時の城ヶ崎灯台は快晴で、気温も例年より高く、まさにお花見にうってつけの日になった。城ヶ崎灯台の駐車場には青空園のバスが停車し、南条久志、水瀬桜を含む職員約十数名が、忙しく老人達をバスから降ろしていた。自力で歩ける者は約二十名で、その他の約十名が車椅子だった。
僕も新宅正司も車椅子をバスのトランクから降ろしたり、はたまた老人を背負ってバスから降ろしたり、山本道代もお婆ちゃん達の手を引いたりと、甲斐甲斐しく動き回っていた。僕達の想定外の働きは、お爺ちゃんやお婆ちゃんだけでなく、青空園の職員や園長にも喜ばれたようだった。
城ヶ崎灯台公園は、駐車場の直ぐ近くに芝生広場があり、広場を取り囲むように桜が植わっている。その桜の木の下にシートを敷いたり、簡易式のテーブルを設置したり、花見弁当が食べられるように準備がなされた。今年配られた弁当は、お婆ちゃんには概ね好評のようで、弁当の蓋を開ける度に、あちこちで、「うわー、綺麗!」と歓声が上がっていた。
入所者は男性より女性が多かったが、手間がかかるのは女性より身体の大きな男性で、大人しく分別があるならともかく、我儘で身体が大きな坂田のお爺ちゃんに、南条久志は振り回されていた。
「こういう弁当があると、酒が飲みたくなるなぁ。売店でビールを買ってきてくれよ」
「ダメですよ。坂田さんは糖尿病でしょ?」
「一年に一回くらい良いじゃないか!」
「私もそう思いますけど、ダメです」
「ふんっ! 気の利かないヤツだ!」
「気が利かなくていいです。それより、坂田さん、海が見たいって言ってたでしょ?」
「ああ、そうだ。海が見たい」
「だったら、早くお弁当を食べて見に行きましょうよ」
「そうだな、そうするとするか」
南条久志は、入所者の坂田修とそんな話をしていた。山本道代は、二人の会話を聞き、「職員さんは本当に大変ね」とそっと僕に耳打ちした。
入所者のほとんどが弁当を食べ終え、歩ける者は、一時間後にバスに戻ればいいという約束で自由時間が設けられた。南条久志から、自由時間に水瀬桜から話を聞いて欲しいと事前に知らされていたので、僕は思い切って水瀬桜に「灯台のほうをご一緒に散歩しませんか?」と声を掛け、彼女も承諾した。山本道代と新宅正司は、心配そうな顔をしながらも、僕と水瀬桜には同行せず、そのまま広場に留まった。