第一話 12
「女嫌いが理由で検事を辞めるなんて、聞いたことがないよ。馬鹿だと思ってたけど、本当に馬鹿だったとは……」
「なにーっ? 今、聞き捨てならないことを言ったな。お前、まさか、ずっと俺のことを馬鹿だと思ってたのか?」
「うん、実はね」
「実際、検事を辞めた時に、祖父に、この大馬鹿者!と言われはしたんだけどね」
「そりゃそうだろうな」
彫刻家として活躍し、自宅を改築して今ではアトリエになっている沢登小五郎の家を僕は訪れていた。
「これから一体どうやって食っていくんだよ。弁護士になるつもりはないって言ってたし」
「大丈夫。もう調査事務所を開いたから」
「調査事務所?」
「探偵事務所みたいなもんだよ。ただし顧客は、男性限定」
「ふーん、いつの間に開いたんだよ?」
「先月」
「どう? 繁盛してる?」
「事務所が出来たばっかりの時は、物珍しさも手伝って、近所の人が来てくれてたんだけど、近くに新しくアイツの調査事務所が出来たから、苦戦してる」
「えーっ……、アイツって?」
「加賀美佐助だよ!」
「はぁ!? 加賀美ってあの加賀美!?」
「そう」
「なんでまた? 裁判官になったって言ってただろ」
「この間、事務所に開業の挨拶に来たけど、その時にアイツは、『俺の生き甲斐は、お前と戦うことだと気付いた』とぬかしやがった!」
「はっはっはっ!」
「笑い事じゃないだろ」
「でも、唐吉もまんざらじゃないんじゃないか?」
「まんざらな訳がないだろう! あのクソ忌々しいヤツのおかげで、商売上がったりなんだよ! なんか良い方法があったら教えろよ!」
「うーん、良い方法ねぇ……」
そう言いながらしばらく考え込んだ後、小五郎は「あ! あれは?」と言った。
「あれって何だよ」
「電話相談」
「なんだそれ、コンサルタントみたいなんもんか?」
「そうとも言える」
そう言いながら、小五郎は、霊能者による電話相談カウンセラーの話をし始めた。この間、自分もクライアントと揉めて困り果てたので、初めて相談してみたのだという。クライアントが何を一番望んでいるのか霊視して貰い、それが解決に繋がったので凄く役に立ったと言った。
「なんで、そんなところに電話しようと思ったんだ?」
「子供の頃、困ったらマツ婆ちゃんに助けられてただろ? しかも、いっつもマツ婆ちゃんのアドバイスは的確だった。あれって、マツ婆ちゃんが霊能者だったからなんじゃないかと思ったんだ」
「うーん、もしかしたら、そうなのかもな……」
「なー、唐吉もそう思うだろ? そう思うんだったら、電話してみなよ。何か良いアドバイスを貰えるかもしれないしさ」
「そうだな……。何もしないよりは、いいかもしれない」