最終話 5
その頃、山本道代の事務所で留守番をしていた神崎美波は、預かっている豆太郎の頭を撫でながら、平林真奈美と話をしていた。平林真奈美は、山本道代のデスクを借り、ノートパソコンを開いて猛烈な勢いで仕事をしていた。
「でも、平林さんて凄いですよね」
「え? 何が?」
「だって、社長さんなのに、ビルの管理にちょくちょく来られてるから」
「気晴らしに来てるんだよ。うちの本社、六本木の高層ビルの四十八階にあるんだよ。昇ったり降りたりが、めんどくさいったらありゃしない。会長は、なんであんなところに事務所を作ったんだか……」
「会長さんて、米澤所長のお祖父様ですよね?」
「そうそう」
「凄いなぁ。あんな大きな会社の社長だなんて」
「アタシもびっくりだよ。ずっと社長秘書をやってたんだけどね。見込まれたのか何だか知らないけれど、ある日突然、自分は今日で社長を引退するから、明日からお前が社長をしろって、いきなりご指名が来たんだよ」
「マジですかっ?」
「うん。びっくりだろ?」
「はい」
「副社長が次期社長になるのかと思ったら、アタシに社長になれって言われて困ったけど、でも、長年秘書をしてたせいで、社長の仕事も手伝ってたから、そんなに困りはしなかったんだけどね。大体ね、唐吉が検事を辞めて、やっと会社を継ぐ気になったのかと思ってたのに、勝手に調査事務所を作るし、こっちはいい迷惑なんだよ」
「そうなんですか。でも、この辺のビルってほとんど、米澤ホールディングス関連のビルですよね」
「うん。まぁ、うちの会社は統括してるだけだから、関連会社に指示を出しておけばいいだけなんだよ。だから、アタシがこんなところで仕事ができるわけ」
「でも、米澤所長って、平林さんのことも何にもご存知ない感じですよね?」
「そうだろうね。まぁ、会長は、唐吉に関しては諦めてるというか、見守ってるんだろうね。アイツも子供の頃、色々あったから、アイツが生きて元気でいるだけで会長は満足なんだよ。唐吉は幸せ者だよ。アイツをそんな風に思いやってる人間が、周りに沢山いるってことに本人が気付いてないのが何とも残念な話ではあるけど」
「そうですよね、うちの山本所長も米澤所長のことをどれだけ心配していることか……。でも、平林さんもそうですよね?」
「え、アタシがかい?」
「隠したってダメですよ。私は全部お見通しなんですから」
「そっか、ばれてたか。美波ちゃんは、エスパーだもんね!」
「そうそう、私はエスパーですから!」
平林真奈美と神崎美波は、そう笑いながら会話していた。