第九話 9
僕は、山本道代から受け取った沢登小五郎からの手紙を読んだ、そこには、こう書かれてあった。
唐吉ごめん。こんな選択をしてしまった俺を許してくれ。せっかく唐吉が俺のために頑張ってアイツを捕まえてくれたのに、俺はお前の努力を踏みにじるようなことをした。結局、自分はただの傲慢な人間だったんだと悟った。俺は、乗り越えるべきことを乗り越えられなかった。
それから、もう一つ、お前に謝らなければならないことがある。俺は子供の頃からずっとお前に隠し事をしていた。俺の家族が崩壊していたからかもしれないが、どうしても言えなかったんだ。今のお前は、以前とは随分違ってはいるが、長い間、お前は偏屈で、その性格を直そうともしなかった。
子供の頃、お前が、クラス中の女子にシカトされ、男子にまで馬鹿にされた時、お前が俺に言ったことがあったよな、「小五郎、俺とずっと友達でいてくれるか?」と。あの時、俺は「いいよ」と言ったけれど、俺にとっても唯一の親友と言えるのはお前だけだったんだ。だから、お互い何でも言える関係を崩したくなかった。崩したくなかったからこそ、ずっと言えなかった。実は、米澤家に仕えている執事の森山熊三は俺の祖父なんだよ。仮に、子供の頃に、そのことを告白したとしても、そのことでお前が俺に対する態度を変えるようなヤツではないと、今の俺には充分分かっている。お前は偏屈だけど、優しいヤツだから。それなのに、俺はずっと黙っていた。どうか、許してくれ。
祖父は、つい先日、母の三回忌でうちを訪れたが、お前のお母さんのことでとても後悔していることがあると言っていた。お前のお父さんを子供の頃から面倒を見て来た祖父は、お父さんを事故に巻き込み寝たきりの体にさせてしまったお母さんに、辛く当たってしまったことを後悔していると言っていた。
その後に起きた悲劇は、お前の人生を一変させるほどの大きなものだったに違いない。お前がどれほどの苦しみを抱えて生きてきたか、俺には分かる。何故なら、俺は、ずっとお前の傍で過ごして来たから。本当にすまなかった。
どうか、祖父共々、愚かで哀れな俺を許してくれ。
何十年後かに再び、あの世で会おう。
今までありがとう。
小五郎から自分へ宛てられた手紙を読んで、僕は涙を流していた。山本道代の前であったのに、僕は流れる涙を抑えることが出来なかった。
「山本さん、松沢啓介という男を調べてくれないか?」
唐突に僕は山本道代にそう言った。
「えっ? 松沢啓介って、小五郎の奥さんを轢き逃げした男の?」
「松沢啓介を知ってるのか?」
「ええ。小五郎に、松沢啓介がいつ出所するか調べてくれと言われて調べてたの。でも、なんだか悪い予感がして、詳しい日付は教えてなかった」
「いつ出所したんだ?」
「先週の月曜日」
「そうか、やっぱりな……」
「松沢啓介を調べればいいのね?」
「うん」
山本道代は、大杉颯太郎に連絡し、松沢啓介の自宅を調べて貰うように依頼した。すると、松沢啓介は鍵のかかった自宅の中で、何者かに後ろから包丁で刺されて亡くなっていた。証拠隠滅はされておらず、現場に残された包丁の指紋から、犯人は沢登小五郎だと断定された。
小五郎殺しの疑いが晴れ、僕は釈放された。