第九話 5
山本道代は、神崎美波と共に、唐吉のアリバイ探しを始めた。あの日、唐吉は二台の携帯を持っていたのに、一台は電池切れ、もう一台は新宅正司と話した後、電源を落としていた。携帯に電源さえ入っていれば、簡単にアリバイは立証されたのに、何故、あの日に限って電源を落としていたのか、自分でも分からないと唐吉は言った。
新宿のメトロポリタンパークホテルから事務所がある神田までは、直線距離で約五キロ。中央線に乗れば、新宿から神田まで乗車時間十一分、徒歩を含めても二十分もあれば到着する。電車に乗っていれば、駅の監視カメラやスイカで唐吉が電車に乗った時刻は特定されるし、沢登小五郎がホテルから飛び降りた三十分後には事務所に到着していて、警備会社のシステムやパソコンでメールを打った時間で、充分アリバイは立証されただろう。それなのに、散歩が好きな唐吉は、メトロポリタンパークホテルから事務所まで徒歩で移動していた。しかも、まるで狙ったかのように、唐吉は監視カメラが設置されていない裏道を歩いていた。山本道代は、あの晩、唐吉が歩いた通りに、ホテルから事務所まで、神崎美波と共に歩いていた。
「どう? 美波ちゃん、何か感じる?」
「確かに、米澤所長はこの道を歩いたと思うんですけど、彼はどこにも寄ってないですよね? お店に入った形跡がありません。どこかのお店に入っていたら、防犯カメラに映ってると思うんですけど……」
「そうね、唐吉もそう言ってた。どこにも寄ってないって」
事務所まで歩いて辿り着き、周辺の聞き込みをしていたら、ちょうど平林真奈美に遭遇し、「近所の人は、あの日は誰も唐吉を見かけてないと言ってたよ」と言い、山本道代はそれを聞いてがっかりした。しかし、事務所の近辺で目撃情報があったとしても、時間が特定されていないとアリバイにはならない。
あの日の夜、唐吉は、ホテルの監視カメラに映ることなくホテルから外に出ていた。小五郎と唐吉が別行動していたならともかく、実際にホテルで一緒に食事をし、小五郎は唐吉と別れた三十分後に、ホテルから飛び降りている。その三十分間の間、外を悠々と歩いていた唐吉のアリバイを探すなど、到底無理な話だった。