第九話 2
山本道代は、唐吉に接見した後、事務所に戻った。すると、驚いたことに、事務所には加賀美佐助がいて、山本道代の帰りを待っていた。
「どうだったんだ? 留置所に行ったんだろう?」
開口一番、加賀美佐助がそう言ったので、山本道代は眉間にしわを寄せ、加賀美佐助の顔を睨みつけた。
「さすが、元裁判官さんね。お耳が早いこと。アリバイがないからどうしようもないと言ってわ」
「そうか、あの日、アイツは、小五郎と約束があるからと言って、仕事を早く終わらせて帰ったんだ」
「どういうこと?」
「唐吉は、俺の仕事を手伝ってるんだよ」
「え?」
「こっちは人手が足りないから、以前からアイツに手伝ってくれと打診してたんだが、ようやく決心したらしく、今月から手伝って貰ってる」
「そうだったんだ……、そんなに困ってたんだ……」
「仕事を選り好みするからだよ。自業自得だろ」
「そんな言い方ないでしょ! 彼の仕事の仕方は尊敬に値するって、お客さんだって新宅君だって言ってたのよ!」
「だからって、事務所が潰れるような経営の仕方しか出来ないんだったら、人を雇う資格なんかないだろ。経営者として失格だ」
「そうね、あなたの言うことはいつも正論よね。子供の時からちっとも変ってない」
「そうだよ。それが俺なんだよ」
「それで、ここに何しに来たのよ?」
「唐吉の様子を聞きに来たんだよ」
「なんだ、それだけ? 元裁判官さんなんだから、人脈を駆使して、唐吉を助けてくれるのかと思ったわ」
「アイツが何もしていなければ、俺が何もしなくともそのうち釈放される」
「そうね! 全くその通りだわ! でも、小五郎がホテルから飛び降りた時、争った形跡はなかったし、どう考えても自殺しか考えられない状況だった。それなのに、即刻、唐吉が逮捕されたのは何故? あの日、唐吉が小五郎に会うことを知ってた人間が、密告したとしか考えられないわよね?」
「そうかもしれないな」
「あなた、どうして唐吉に執着するの? 子供の頃からずっとそうだったわよね? 唐吉に恨みでもあるの?」
「君こそ、そうじゃないか。美容整形で人生をやり直すのかと思ったのに、今も唐吉に執着している。ただの恋愛感情だけではないだろう?」
「そうね、ただの恋愛感情だけではないのは確かだわ。腐れ縁とでもいうか……」
「はははは! 君たち二人の縁にぴったりの表現だな!」
「馬鹿にしてるの?」
「すまん、つい口が滑った」
「とにかく、唐吉を助ける気がないのなら、もうここには来ないで。あなたに情報提供したところで、唐吉に不利になるばかりだわ!」
「わかった、すまなかった。幼馴染みとして興味があっただけなのでね。もう失礼するよ」
加賀美佐助が帰った後、疲れ果てて放心状態でいる山本道代を気遣い、神崎美波が「私も何かお手伝いしましょうか?」と言った。
「ええ、お願い。唐吉のアリバイを証言してくれる人を探さなきゃいけないの。手伝ってくれる?」
「はい、喜んで」
物陰からそっと様子を窺っていた平林真奈美も会話に加わり、「アタシも手伝っていいかい?」と言った。山本道代は、「ありがとうございます。お願いします」と静かに言った。