第八話 10
十日ぶりに話す新宅正司の鼻息は荒かった。
「所長! 何度携帯に電話しても出てくれないし、事務所に電話してもいないから、心配してたんですよ! 死んだのかと思ったじゃないですか! いい加減にしてください!」
「ああ、ごめん、ごめん、野暮用があって、ずっと忙しかったんだ」
「野暮用ってなんですか!」
「……」
「言いたくなかったら、言わなくて良いですよ! とにかく、生きてて良かったです!」
「いや、ほんとに悪かったな」
「所長と連絡取れないし、どうしたらいいのか分からなかったから、実は僕、ずっとバイトしてたんです」
「ええっ?」
「無駄に時間を潰したくなかったし、お金も稼げるから、みやこ食堂で住み込みのバイトをさせて貰ってたんです」
「そうか、悪かったな」
「それで、南条久志さんから話を伺ったんですが、南条さんは、同僚の女性の記憶を取り戻して欲しいと仰ってたじゃないですか?」
「ああ、うん」
「その方なんですけど、南条さんが言うには、過去に誤って海に転落したらしく、命は助かったそうなんですが、それがきっかけで、以前の記憶を失ってしまったそうなんです」
「ふーん」
「彼女は、海岸を彷徨ってる時に、通りがかった漁師に助けられたそうなんですが、調査は、富戸港近辺から始めればいいですよね?」
「えっ、富戸港?」
「そうです、富戸港です。富戸の漁師に助けられ、当時は、あの辺に住んでたらしいです。だから、そこから聞き込みしてみるのが妥当だと思うんですが……」
「そうだな、そうしてくれ」
「では、調査を開始します。何か分かったら、また連絡します」
「ああ、頼む。こっちも、まだ野暮用が片付いてないから、この件は君に任せる」
「分かりました」
新宅正司が「富戸港です」と言った時、僕は、「富戸港に行かなきゃいけない」と妙に騒いでいた山本道代を思い出していた。何故、彼女はそう言ったのだろう? 普段から奇妙な発言が多い山本道代ではあるが、何故彼女がそう言ったのか、確かめてみる必要があると思っていた。