妄想力が爆発?
茶会から数日後、私は熱を出した。
原因はわかっている。
これは知恵熱だ。
結婚というクエストについて考えていたら、熱が出てしまったのだ……。戦場で野営をしても元気いっぱいだったのに、なぜ今こんなことになるのか。
自分に恋愛や結婚は向いていないんだなと、つくづく思った。
「ふぅ……、あっつい」
さっき熱を測ったら、38度5分だった。侍女のブラウニーがしっぽをくるんくるん回して、私を扇いでくれるけれど意味はない。
今日の予定は全部キャンセルした。寝間着を着て頭にひんやりしたジェル状の薬を塗り、ベッドでおとなしくしている。
午後になると、私の体調不良を聞きつけた婚約者候補や知り合い、部下たちから見舞いの品がどんどん運ばれてきた。
「お届け物です、フェアリス様」
シルキーがいかにも高そうな小箱を持って、扉の向こうから現れる。
「アクアニード様よりお見舞いの品です。黒曜石のリングだそうです」
「えええ……」
王女の見舞いだから、宝石や絵画、ドレスや髪飾りなどがどんどん送られてくる。
もらっておいてあれだけれど、正直言ってなぜお見舞いで装飾品や芸術品?
いらなすぎる……!
熱出したときに欲しいのは、すりおろした林檎かアイスクリームでしょうが。この国の貴族文化に改善する余地が見つかってしまった。
私の寝室には、林檎の皮を剥くジョーくん、私のために猫獣人秘伝の薬を調合するシルキーとブラウニーがいる。
――しゅるしゅる
――ゴリゴリゴリゴリ
――しゅるしゅる
――ガガガガガガ!!
「うるさいわよ!!」
熱の影響もあり、ついブチ切れてしまった。しかし侍女ズは動じない。
「秘伝ですにゃぁ」
「にゃあ、言うてもダメ!うるさいからよそでやってきて!しかもそれ、獣人用だから私が飲んだら死んじゃうわ」
王女殿下殺害未遂事件である。
「フェアリス様に限ってそんな」
え、人を何だと思っているの?無敵じゃないわよ、死ぬわ。
「かわいいあなたたちの気持ちだけ受け取るから。お願い、静かにして」
「「はぁい」」
耳がしゅんと垂れたところがかわいすぎる。ワゴンを押して出て行く侍女ズは、まだあきらめていないようで何らかの薬を調合しようとしていた。やめろ、普通の薬を寄越しなさい。
呆れてため息をつくと、ベッドサイドの椅子に座っていたジョーくんがじっと私を見つめる。
「私は静かにしていましたよ」
林檎を剥くのはうるさくなかったけれど、私が気になっているのは音よりそのナイフだった。
「そのナイフは何?」
「なじみのナイフです」
ですね。いつもジョーくんが持っているバタフライナイフですね。
ってゆーか、それ暗殺用の武器ぃぃぃ!!
そんなもので林檎を剥いて、王女に食べさせるとか正気じゃない!
「え、消毒して浄化魔法かけました」
「出てけ」
ジョーくんが渋々出て行ったのを確認した私は、もうおとなしく眠っていようと毛布を被って横になる。
ところがそこへ、思わぬ人がお見舞いにやってきた。
「フェアリス様、お加減はいかがでしょうか?」
優しい声。
間違いなくオルフェードの声!私は飛び起きて、彼を歓迎した。
「あの、これだけは渡して下がろうと思ったのですが、侍女さんたちがどうせなら食べさせてほしいって」
「まぁ!ありがとう!」
オルフェードの手には小さな麻袋。そこには林檎が3つ入っていた。普通の青りんごに見えるけれど、ちょっと小さい姫林檎サイズのこれは回復アイテムである。
オルフェードはナイフを取り出し、ベッドサイドの椅子に座って林檎を剥いてくれた。立ったままでいいと彼は言ったけれど、私が無理やり座らせて、そのかわいい顔がよく見える距離ににやっとしてしまった。
「懐かしいわね、この林檎」
「ええ、フェアリス様が俺にくださった林檎と同じです」
希少なものなのに、わざわざ城下へ買いに行ってくれたらしい。うれしくて、つい頬が緩む。
「あのときは、フェアリス様がとても頼もしかったです」
「今すぐ忘れて欲しいわ」
オルフェードはちょうど一年前、レベル700に達してついに「物理・魔法ダメージ反転」を習得した。けれど無理がたたって、作戦実行の二日前から高熱を出してしまったのだ。
私はそのとき別の砦にいたんだけれど、馬を走らせてお見舞いに行った。天幕の中で簡易ベッドに横たわる彼は、荒い息で目も虚ろだった。
『オルフェード』
『…………は、い』
私はベッドサイドに立ち、彼を見下ろして言った。
『この国の命運がかかっています。熱があってものたうちまわっていても、作戦をやめることはできないの』
『……わかって、おります』
そして私は、持ってきたお見舞いの品を取り出して叫んだ。
『だから私が絶対に治すわ!!』
『は?』
ジョーくんにお粥を作らせた私は、その間に林檎を剥いてすりおろしてオルフェードに食べさせた。熱を下げるために魔導士見習いにアイスも作らせて、解熱剤は王族用のものを飲ませた。
「王女殿下のナイフさばき、お見事でしたよ」
褒められるようなことではない。
林檎を剥いただけだから。
「あのときとは逆になってしまったわね」
今は私が熱を出し、はぁはぁと荒い呼吸をしている。
オルフェードはへにゃっとかわいく笑い、しゅっるしゅると林檎を器用に剥いていった。
「それ」
「何でしょう?」
彼の手元を見て私は尋ねる。
「人を切っていないナイフよね……?」
念のため聞いてみた。
オルフェードは苦笑する。けれど、なぜ私がこんなことを聞いたのか瞬時に察してくれたようだ。
「俺は人を切るときは風魔法を使います。ナイフは使いません」
「なら安心ね」
「安心、ですか?結局切るのに?」
クスクス笑うオルフェードは、本当にかわいい。
すぐに林檎は一口サイズにカットされ、皿の上に盛られる。
「できましたよ、どうぞ」
「ありがとう……」
彼が林檎を刺したフォークを差し出してくれたので、つい口を開けて餌を待つひな鳥みたいなことをしてしまった。
「……あの」
戸惑うオルフェード。
「はっ!」
私は恥ずかしくなり、顔を両手で覆った。熱で頭が朦朧として、意識が緩んで愚かなことをしてしまった!!
顔を覆った手がめちゃめちゃ熱いから、熱が上がっているのを悟る。
「フェアリス様」
ちょいちょいと肩を指でつつかれて、私は顔を上げる。
オルフェードは優しい笑みを浮かべていて、私に林檎を食べさせてくれた。
「どうぞ」
にこりと笑って、今度こそ私の口元に林檎を差し出してくれた。
もうどうにでもなれと思い、私はパクッとそれにかぶりつく。
「おいしい……」
「よかったです」
そして尊い。かわいいあなたが尊い。
潤んだ目で見つめ、彼のかわいさを目に焼き付けておこうと思った。
するとオルフェードは蕩けるような笑みを浮かべ、なぜか幸せそうな雰囲気を漂わせる。
「どうかした?」
看病が好きなんだろうか。
お母さんキャラだったかしら、と首をひねると彼は「何でもありません」と言って目を伏せた。
「妹が熱を出したとき、よくこうして食事を食べさせたのを思い出しました」
懐かしい、と心境を漏らすオルフェード。彼に5つ下の妹がいることは、スカウトしたときに聞いていた。
「妹さん、元気?」
何気なく尋ねると、彼は苦笑交じりに頷く。
「手紙のやりとりだけですが、元気にしているようです」
「そう」
林檎を食べたら、水を飲んで私は再び横になった。
オルフェードは落ち着かない様子で、小さくなって座っている。
「どうしたの?」
「あの、今さらですが、俺はここに入ってきたらダメなんじゃ……」
侍女ズに林檎を食べさせろと言われて入ってきた彼は、多分ここが寝室だとわかっていなかったんじゃないだろうか。私の個人の部屋は5つもあるから、ここも客人が出入りできる部屋だと思っていたんだろうな。
「いいの。ジョーエスとオルフェードは全部屋に入室許可をしているわ。特別だから」
「特別、ですか」
ええ、だってあなたたちほど頼りになる護衛はいないからね!誰かに襲撃されたとき、オルフェードに入室許可があれば助けてもらえると思って。
あぁ、寝ころんでいると全身がぽかぽかして瞼が少しずつ落ちてくる。
うとうとしていると、かすかに見える視界でオルフェードが柔らかく笑った気がした。
なんて幸せなんだろう。
天に召される気分で眠りにつこうとしていたら、オルフェードの声で名前を呼ばれた気がした。
「フェアリス……」
もう目は閉じているから、何も見えない。
多分、もう彼は下がってしまっている。これは私が、都合のいい夢を見ようとしているだけ。
無意識に右手を伸ばすと、何か硬いものに当たった。これも私は都合よく受け取り、オルフェードの手だと思い込む。
「お願い。ずっとそばにいて?」
幼少期にすら発しなかったような、甘えた声でねだってしまった。
さぁ、来い!都合のいい夢。都合のいいオルフェード!
しかし私のおねだりに対して、返答はなかった。私の妄想力は貧弱だったらしい。
残念に思っていると、ぽすんと音がしてお腹あたりが重くなった。そして、くぐもった声が耳に届く。
「反則だろ、これ……」
あ、それはよく言われたわ。
ルール無視して殲滅魔法を放つから、反則だってよく言われた。
まさかオルフェードにまで卑怯者だと思われるなんて。夢って恐れていることが現れるっていうから、もしかしたら私は彼に嫌われたくないのかも。
急激に不安になり、私はぎゅうっと手をさらに強く握った。すると、大きな手が握り返してくれて、私の心はふわりと軽くなる。
「……ずっとそばにいますよ、フェアリス」
きた!都合のいいオルフェードきた!!
やっぱり結婚とかどうでもいいから、かわいい部下と仲間がいればそれでいい。
熱に浮かされた私は、にへっと笑って意識を手放した。