政略結婚にリスクヘッジは大事です
翌日、私は魔導士団長の息子・エインリッヒを呼び出していた。
一人で考えていても仕方ないので、候補者それぞれと話をしてみようと思ったのだ。
すでにナミアーテが接触しているという情報は入っているけれど、とりあえず現状の候補者に目を向けてみなければ話は進まない。
もしかすると、意外に合理的な考え方で政略結婚に前向きな相手がいるかもしれないし。
今日は王女宮の薔薇園で、猫足のかわいらしい白テーブルに大きめの籐のチェアーを用意し、優雅なお茶会をする予定だ。
年頃の娘にふさわしい薄桃色のドレスを着た私は、銀糸のような髪に薔薇をモチーフにした飾りを編み込み、かわいらしさを増し増しでコーディネートした。
政略結婚目的とはいえ、好印象を持ってもらいたいからかわいい感じに演出してみたんだけれど……
「ねぇ、なんで二人がここにいるの?」
私の両サイドには、ジョーくんとオルフェードがいる。
「「見守り役です」」
仲があまりよくないわりに、二人は声を揃えてそう答えた。
ジョーくんは補佐官だし護衛だし、別にいても不自然ではないけれど、これから婚約者候補と会うのに暗殺者ジョブの護衛が張り付いているのはどうかと思うんだよね。
オルフェードにかんしては、彼も一応は候補者の一人なわけで。まぁ、部下だし弟みたいなものだし、いたら安心できるけれども。
私の問いかけに、オルフェードはにこっと優しい笑みを浮かべて答えた。
「フェアリス様のおそばで、お手伝いできたらって思って。それに、エインリッヒ様とはあまり面識がないものですからどんな方なのか興味があったんです」
「そうなの?」
私のために、なんていい子なの!?
オルフェードの心遣いに感謝していると、ジョーくんが馬鹿にしたような笑みを向ける。
「邪魔しに来たの間違いでは?私がいるので、オルフェードの出番はないですよ」
「邪魔なんてしませんよ。フェアリス様にとってよきお相手だと判断できれば、ですが」
「オルフェードが判断せずとも、補佐官の私がしっかりフォローいたします」
「いえいえ、控えめに言ってド変態なジョーエス様は別の仕事があるのでしょうからここは俺に任せてどうぞ執務室へお戻りを」
「あははははは、根暗で陰湿な呪術師は冗談がお上手ですね」
本当にこの二人は仲が悪いな!
あからさまに敵対するのやめなさい、仲間の士気にかかわるから。
睨み合う二人はいったん置いておいて、私は晴れ渡る空を見上げた。
ゲームみたいにskipしたら次のシーンに進んでいる、なんてことはやっぱり無理らしい。
諦めて気合を入れ直したところへ、エインリッヒがやってきた。
黄色に近い金髪がふわりと風に揺れ、見た目だけでいうとキレイ系のエインリッヒは結婚相手としてはまずまずである。
「本日は、お招きいただきましてありがとうございます」
礼儀正しい彼は、さすが由緒正しい侯爵家の令息。
魔導士団の制服のままだが、勤務中に時間をもらったのでそれは仕方がない。
「来てくれてありがとう。どうぞ、おかけになって?」
にこっと笑って彼を迎え入れると、いよいよお茶会が始まった。
エインリッヒと、職務以外で会話をするのは初めてかもしれない。
「よくお似合いです、そのドレス。いつもの凛々しいお姿も素敵ですが、本日の装いは咲き誇る薔薇のように美しい」
「ありがとう」
彼は初っ端から饒舌なまでに褒め言葉を並べ立てる。
社交性はけっこうあるわね。
ときめき?乙女心が死んでいる私にそれはまったくないけれど、褒められて悪い気分はしない。
ジョーくんとオルフェードは本当に見守り役に徹するつもりらしく、黙って空気と化していた。
なんだか静かすぎて怖い……。
「フェアリス様?」
「あ、いえ、何でもないわ」
いけない、今はエインリッヒのことをしっかり見なければ。
私はまず、国王が突然言い出した縁談について質問してみた。
「驚いたでしょう?婚約の話が突然出てきて。今さらだけれど、あなたに婚約者はいなかったの?」
いないと聞いているが、一応尋ねてみる。
婚約はしていなくても、もしも彼に想い人がいれば目も当てられない。ラインバーグという前例があることだし、そういうときは遠慮なく辞退していただきたいと思う。
その気持ちを伝えると、エインリッヒは驚いた顔で否定した。
「婚約者も想い人などもおりません。それに、私も前線に出ていましたからご令嬢と知り合う機会はなくて」
「そう。それはよかったわ」
誰かに恨まれずに済む。
ホッとして微笑むと、エインリッヒは何を勘違いしたのか頬を染めて前のめりになった。
「よかった、と思ってくださるのですね」
「ええ、まぁ」
だって逆恨みされたら困るもの。
政略結婚には身ぎれいさは絶対大事だ。
「まさか王女殿下は、私のことを……?」
「え?」
「私のことを気に入ってくださっているのですか?」
うれしそうに尋ねるエインリッヒ。私は驚いて、思わず本音を言ってしまった。
「違うわ。婚約者がいるのに無理やり候補者にしてしまっていたら、お相手に恨まれたりややこしいことになったりすると思ったの。それで婚約者がいなくてよかったという意味よ。あなたのことは気に入っているというか、これから知りたいと思っているわ」
「そ、そうですか」
しまった。
軍では一つの勘違いが大きなミスにつながるから、意見のすり合わせはその場で即座に、が鉄則だったからつい本音を……!
明らかに落胆したエインリッヒを見て、私はうろたえてしまう。
けれど彼は、貴公子らしい品のある笑みを浮かべて言った。
「では、これから互いのことを知っていく……ということで。私も、フェアリス様のことを知りたい。できれば王女ではなく、フェアリス様ご自身のことを」
「エインリッヒ……」
私はじっと彼の瞳を見つめてしまう。
私のことを知りたい……?
めんどうだわ!!
お互いの結婚観をすり合わせて、利益があるかどうかを数値化して分析し、それで結婚可能かを判断したいのに!
王女でなく、私自身のことを知りたいって、それ政略結婚に何か関係ある?
それで嫌な部分が見えたらどうするの?
返答に困ってしまい、テーブルの上に置いた手に視線を落とす。
「照れたお顔もかわいらしい」
何言ってんの、この人。
私の気持ちがまったく伝わっていない。
もうお茶会は終わりにしようか、と私が投げやりな気持ちになったそのとき。
エインリッヒが笑みを深め、そっと私の手に自分のそれを重ねようとして――――
ジョーくんのナイフがテーブルに突き刺さった。
「ひっ!」
きらりと光る刃がエインリッヒの長い指先を掠め、彼は慌てて手を引っ込める。
これは失礼、とナイフを回収しに来たジョーくんは、エインリッヒの方を見てにっこり笑って牽制した。
「いきなり気に入られたと思うなんて、勘違いが甚だしいですね。王女殿下が気に入っていたら、すでにスカウトされてわが部隊に入っています」
その「私はスカウトされましたけれどね」みたいな、自慢げな顔するのやめない!?
エインリッヒの顔が引き攣っている。
するとここで、黙って控えていたオルフェードがすかさずフォローする。
「まぁまぁ、ジョーエスさん。エインリッヒさんは魔導士団でも中堅で、将来有望だって評価は高いですよ?各団員のパワーバランスを考えても、彼はうちではなくて第二師団に必要な魔導士だったというだけのことです。なんでも自分の基準で判断するのは、よくありません」
あああ、皆に優しいオルフェードって本当にいい子だわ!
しかし私が感動した矢先に、オルフェードは急に声色を鋭くする。
「とはいえ、王女殿下直轄部隊は清廉潔白がモットーですから、エインリッヒ様にはちょっと荷が重いかな?別の部隊のことはよくわかりませんが、いくら戦場だとしても娼婦でもない踊り子に声をかけて騙して関係を持つのはいかがなものかと思いますよ」
「え?ちょっとそれどういうこと?」
びっくり情報が飛び出した!
え、なにそれ、エインリッヒってそんなことやっていたの!?
オルフェードはにこにこと笑ったまま、一瞬にして蒼褪めるエインリッヒを見つめていた。
「な、なにを証拠にそんな……」
ああ、エインリッヒ。
もうそのセリフが悪役よ。
私は呆れてしまい、右手で軽く顔を覆う。
「女癖の悪い方とは、結婚を考えたくないわね」
そういうのって、一生治らないっていうしね。一種の個性みたいなものだし。
よそで子どもでも作られて、跡目争いとか勃発したらシャレにならない。
私が大きめのため息をつくと、ジョーくんがオルフェードに便乗してエインリッヒを口撃する。
「フェアリス様は寛容なお方ですから、過去のことにはこだわりません。今後、よりよい国づくりに貢献してくれる才能さえあれば多少のことは目をつむるつもりでいらっしゃいます。ですが、政略結婚といいましても互いの印象は大事なんですよ?情緒といいますかムードといいますか、わかります?いきなり女性を騙した話が出てきたら、ねぇ?」
あぁ、エインリッヒが小さくなっていっている。
ジョーくんは顔は笑っているけれど、目が全然笑っていないから余計に怖い。
あれ、よく考えたらこれってお見合いの雰囲気じゃないな!?
気づけば私の両サイドには、ジョーくんとオルフェードが立っている。
なんかこれ、就職の面接っぽい。
私が女社長で、ジョーくんが圧迫面接を仕掛ける部長、オルフェードは優しい人事担当みたいな感じ?
いや、人事担当がけっこうなパンチを繰り出したから、完全に圧迫面接だ!!
もうだめだ。
ないわ。
エインリッヒは、ない。
こっちも願い下げだし、向こうもそうだろう。
何より、こんなに怯えられてはお互いのことを知るどころではない。
「ごめんなさいね、職務中に呼び出したりして」
「いいえ、いいえ……」
なんで私が謝らないといけないんだろう。
腑に落ちないけれど、責任者は私だから仕方ない。
せっかくかわいい恰好をしても、何の収穫もなかった。
あ、でもろくでもない婿をつかまなくてよかったって思えばいいの?
そうよね、国盗りにもリスクヘッジは大事だもんね!
私は自分を納得させて、この意味のないお茶会を終えた。





