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いきなりの結婚話に、私たちは全員が困惑していた。
ただし、宰相子息のアクアニードだけは冷静に見える。普段から、内心を表に出さないように育てられたんだろう。
よくよく考えてみれば、父がおかしなことを言わなければ、アクアニードは私の婚約者になっていたのではないだろうか。
「…………」
この人、何を考えているんだろう。イケメンなことは違いないけれど、どうにも笑顔が笑顔じゃないみたいな。本能的に、信用できないと思ってしまう。
表情が読めないのでじぃっと見つめていると、目が合ってにこっと微笑まれた。
私の知将としての本能が言っている。
こいつ、わりと危険。
あまり敵に回したくないな、と思いつつ、愛想笑いを返しておく。
あぁ、そんな私を射るような目で見つめるのはやめなさい、妹よ。
ナミアーテとしては、きっと責任とか重圧とかない結婚がベストだろう。けれど、目の前に姉という張り合う相手がいるとなっては、国政に興味なんてなくても絶対に引かないはず。
「えーっと、1人足りないようですが……?」
アクアニードが指摘したのは、さっきまで震えていたラインバーグのことだ。
彼は私が帰らせた。
「ラインバーグは辞退するとのことです。わたくしが、上官として彼の辞退を許可しました」
「それはそれは」
男性陣の間に、ホッとした空気が流れる。ライバルは減った方がいい、つまり彼ら3人は王女との結婚に前向きだということだ。
オルフェードは黙ってこの場を見守ってくれていて、ただそれだけ。
彼は、王女と結婚して王族と縁づきたいとか思っていない。
オルフェードにも辞退していいと言ったのだが、なんと彼は「フェアリス様が心配なので、最後まで見守ります」と言ってくれたのだ。
あぁ、優しい。
私は最高の部下を持ったわ。
彼は自分が候補に入っているとかどうでもいいようで、野心がないところが信用できる。私としても心強いからぜひここにいてもらいたいと思って現在に至る。
今、この部屋にいるのはまとめ役を買って出た副宰相・ゼビアスのほかに、私、妹、男性陣4人。そして私の後ろに控えているジョーくんと、妹の側役である30代の執事。
宰相も気にはしていたけれど、自分の息子が候補者の中にいる以上はここにいられないと思ったようだ。副宰相のところには娘しかいないし、しかも全員既婚者なので中立的なポジションがとれる。
「お互いに知っているとは思いますが、まずは自己紹介から……」
副宰相のゼビアスがそんなことを言い出すものだから、苦笑しつつもまずはアクアニードが手を上げて話を始めた。
「アクアニード・ユヴェンジーです。父は宰相、私は財務官補佐を務めています」
年は23歳。身長は私の目測で185センチくらいだ。
公爵家の嫡男で、王女の結婚相手としては最有力候補と言えそう。
赤髪・黒目の美男子で、柔らかい印象だけれど意志は強そうで外交上手な雰囲気がする。能力も高いという噂だし、彼の家が持っているユヴェンジー商会は私が国を富ませるためにけっこう使わせてもらった。
鑑定してみると、ジョブは錬金術士だけれどそっちの評判はまったく聞かない。この年でレベル55ということは、早々に自分のジョブに見切りをつけて文官としての道を爆走したんだろう。
ゲームならともかく、現実的には様々な仕事を選べるわけで。家柄もいいんだから、諦めが早いのはそう悪くないと思う。
ナミアーテは、アクアニードの麗しい笑みを見てポッとなっていた。
え、もう決まりかな?この一瞬で、アクアニードに惚れた?
でもアクアニードは、どう考えても王女の婿候補筆頭だ。彼がナミアーテとまとまると、王太子の後見役に収まるはず。
だとすると、私が国政を担うのはむずかしくなってくるなぁ。え、普通に困る。
続いては、騎士団長子息のダンテが自己紹介を始めた。
彼は身長2メートル近い騎士で、年は20歳。海のような青い髪は短く、右側だけ青いピアスをつけている。防御魔法を込めた魔法石だ。
鑑定してみると、能力値はまさに騎士。屈強な体力バカ、という数値だ。レベル200は、まぁまぁってところかな。
ただし精神力がいまいちなので、実はメンタルが弱いのかしら?
う~ん、結婚相手としてはちょっとねぇ。
私が実権を握れるのはいいけれど、メンタルが弱いと女に走るかもしれないし、ギャンブルに溺れるかもしれないし、のちのち問題が発生する可能性がある。
その次は、魔導士団長子息のエインリッヒが立ち上がる。
彼は身長180センチくらいで、年は22歳。黄色の強い金髪は肩ほどでふわりとしている。ねこっけなのは、かわいいもの好きの私としてはポイントが高い。
でもちょっと性格がね……見た目に反して短気なんだよね。
戦場にいると、優秀なんだけれど気分で行動が変わるから扱いにくかった。
個々の性格があるところが、ゲームとは違って動かしにくいんだよね。国盗りゲームも現実では苦労するポイントだ。
ジョブは黒魔導士。けれどオルフェードに比べると、総力値は半分程度だし、レベルは300とまぁそれなりにあるけれど覚えている魔法がそれにしては少ない。
これから鍛えるなら、召喚術に特化した方がいいかも……なんて考えている場合じゃなかった。
ここは婚約者候補とのお見合いの場だった。
「オルフェード・スノウ、第一王女殿下の部下で魔導士です。18歳になりました」
噛まずに言えた、と感動してしまった私はもはやお母さん?
彼を見た男性陣は、敵ではないと判断したのか生温かい目で見守っていた。
このおとなしそうなオルフェードが、王女を狙っているとは思われなかったらしい。まぁ実際にそうなんだけれど。
しかしオルフェードに興味を示したのは、まさかのナミアーテだった。
「ふふっ、スノウさまはわたくしと同じ年ですのね。うれしいわ」
……何がうれしいんだろう。同じ年でいいことって何かある?学生でもあるまいし、そこに気が合う合わないは関係ない。
顔をほころばせる妹を不思議そうに見つめてしまった。
「ご活躍は耳にしております!ぜひお話を伺いたいわ」
「え、あ、あ、はい……」
ナミアーテって、まさかオルフェードみたいなきれい系の顔が好みなの!?
言いようのない感情が胸に巣食う。
万が一、ナミアーテがオルフェードと結婚なんてことになったらどうしよう。
その場合は……あれ、私は誰を選んだとしても国政には携われるなぁ。私が国盗りしたこの帝国を、私が運営していける。
かといって二人を祝福する気分にはなれない。
オルフェードを取られたくないという感情が、私の中で芽生えてしまっていた。
自分が見出した魔導士だから……?
まるで自分の所有物みたいに、妹にはあげたくないって思っているのか。
私ったらこんな汚い感情を持っていたんだな、自己嫌悪に陥りそう。
表情にこそ出していないけれど、スンとすました顔をしている私は不機嫌そうに見えたかもしれない。
宰相子息のアクアニードが空気を変えるかのように、わざと明るい声を出して言った。
「堅苦しい挨拶は抜きにして、今後のことを話し合いませんか?この国のためにどうすればいいか、皆で考えた方がよいと思うのです」
アクアニードのもっともな提案に、全員が頷いた。
「フェアリス王女殿下は、この国の未来について日頃から様々なことをお考えでしょう。七国戦争の際の武功についてもぜひ伺いたい!」
脳筋騎士のダンテが、目を輝かせて訴えかけてくる。
「武功ですか……」
「はい!父から二年前の大規模殲滅作戦を自慢されまして、ぜひ自分もお話を伺いたいと思っていたのです!」
ダンテは素直な性格だから、悪気はゼロだ。
でもこれってこれから結婚しようという、見合いの場でする話じゃないよね!?
しかも、二年前の大規模殲滅作戦といえば、敵国がアイテムを使って奇襲を仕掛けてきたときのことだ。あのときはイベントが発生するってわかっていたから、ラインバーグたち回復魔法要員の魔導士にまで事前にハードな修業をさせて、強力な殲滅魔法を覚えさせた。
敵国は、シナリオ通り回復魔法を封じるアイテムを使ってきたので、「ダメージを1でも食らう前にやっちまえ作戦」で、全員でいっきに殲滅魔法で終わらせたの。
あれ?あのときってオルフェードは何してたっけ。
はっ!
そうだ、あのとき彼は、別の場所でひたすらダンジョン攻略していたんだ。「ダンジョン早駆け、経験値もアイテムも根こそぎいただきます作戦」に遠征中だった。
豊臣秀吉が本能寺の変でやったのを見習って、ダンジョンごとに物資や馬を用意させて、休憩する隙を与えずにとにかく移動時間を短縮して目的地を目指す作戦。今思えば、狂っていたとしか思えない作戦だ……!
こんなこと指揮したとバレたら、私のイメージに傷がつく!
だいたい、戦自体は楽しい話ではないからナミアーテのいる場で話しても大丈夫かしら?
心配して隣を見ると、ナミアーテは自分が話題の中心でないことに明らかに嫉妬していた。
うん、精神力強そうだわ。大丈夫かも。
なんとか、おいしいところだけやんわりと濁して話せばいいか……。
そう思って口を開きかけると、オルフェードが弱々しい声でダンテに言った。
「あの……、王女殿下とはいえど女性に対して戦場のことを思い出させるのはいかがなものかと思うのですが……すみません」
やだっ!
オルフェードが優しい!!
ダンテに向かってそんなことを言ってくれるなんて!!
感動のあまり目を瞠り、オルフェードを見つめる。
まさかオルフェードに苦言を呈されると思っていなかったダンテは、驚いたようだったが申し訳なさそうに目を伏せた。
「これは失礼をいたしました、フェアリス王女殿下」
飼い犬のようにしゅんとしてしまった彼は、図体は大きいのになんだかちょっとかわいく見える。
私はくすっと笑うと、「大丈夫ですわ」と告げた。
「気にしないで。オルフェードの気遣いには感謝いたします。けれど、思い出話のひとつもできないほど弱い姫じゃないから大丈夫よ」
ダンテはホッとした顔で、元の姿勢に戻る。
「そうですわ。お姉様は並みの殿方ではお相手にならないほど、豪傑で大胆なお方ですの。影の知将なんて呼ばれるほどの才覚をお持ちですから、その伴侶には強く逞しく、賢くて、人柄も優れた方でなければ国民から認められないと思いますわ!」
「ナミアーテ!?」
いかにも仲のいい姉妹です、を演じる妹。
けれどこれは嫌がらせである。
私を極限まで高みに押し上げることで、「あなたたちそんな王女を妻にできる?」と精神的に遠ざける作戦だわ。
おまけに、甘えた声で自分のアピールも忘れない。
「それに比べてわたくしは、際立った取柄のない王女です……。誰か信頼できるお方に守ってもらわねば、生きていくこともかなわないでしょう」
俯いて自信なさげにするナミアーテは、胸の谷間をぐいって腕で押し寄せて強調する。
おのれ、そこは卑怯よ!!ダンテもエインリッヒも、目線が完全に谷間にいってるから!
オルフェードは騙されないかしら、と思って彼の方へ視線を向けると、のんびりお茶をすすっていた。
まるで聞いちゃいない。「あちっ」と呟いてフーフーしている。
ナミアーテにまったく興味がないらしい。
あぁ、もう、ケーキも彼にあげてちょうだい!!かわいい!!
ナミアーテの猛攻によって、すでにダンテとエインリッヒは篭絡されたかも。アクアニードは露骨にナミアーテを見てはいないけれど、何を考えているのかまったくわからないし、信用できないし……。
あああ、結婚相手を見つけるのがこんなに難しいなんて!?
ナミアーテが持っている武器、人懐っこい笑顔や守ってあげたくなる可愛さ、たゆんと柔らかそうな巨乳を前にしたら、私の知識や財力なんて武器にならないような気がしてきた。
これは誰と結婚しようと、周囲を黙らせて国政に携わる方法を考えた方がいいかもしれない。
早々に結婚を諦めようとした私だった、ここでまさかの展開がやってきた。
これまでニコニコしていたアクアニードが、なぜか私を誘ってきたのだ。
「フェアリス王女殿下、よろしければ少し散歩でもしませんか?お互いを知るためには、二人でお話をした方がいいと思うのです」
「え?わ、わたくし……?」
ナミアーテはあからさまに「なんでお姉様?」という顔をしている。そして私も。
彼は私の返事を待たずしてスッと立ち上がり、その手を差し出してきた。
ここでお断りすることはできないし、断る理由もないのでそおっとその手を取って私も立ち上がる。
「小さな、かわいらしい手ですね」
「は?」
「私にとっては、フェアリス王女殿下はお守りしたい姫君ですよ。どれほど武勇があろうと」
「アクアニード……」
見つめ合う私たち。
けれど私の頬は引き攣っているに違いない。
だって、背筋がぞわっとしたんだもの。なぜかしら、間違いなく優しい言葉をかけられたはずなのに、本能的に怖いと思ってしまった。
「ずずずずずず」
はっと我に返ったのは、やたらと大きな音で茶をすするオルフェードの奇行によって。
アクアニードは、一瞬だけれどオルフェードにイラッとした目を向けた。
あぁ、ジョーくんも「何をやっているんですか」っていう呆れた目を向けている。
「あの、参りましょうか!?」
オルフェードが責められる前に、私はアクアニードを連れ出そうとしてぐいっと手を引っ張った。悔しそうなナミアーテは気になるけれど、とにかくこの場を収めるのが先だ。
アクアニードはすぐに完璧美男子の笑顔を作り、私を先導するように歩き始めた。
「うれしいです、そのように積極的にお誘いいただけて」
積極的には誘っていないけれどね?
本当に苦手だわ、この人。
戦うわけではないけれど、私の恋愛ライフゲージはすでに0だ。
「さぁ、こちらへ」
「ふ、ふふふふふ………」
つくり笑顔を浮かべた私は、気を取り直して庭園へと向かうのだった。