国盗りゲーのち、乙女ゲーとか聞いてない
国王陛下との謁見は、広い会議室で行われた。
巨大な楕円形のテーブルには、私をはじめ、妹と弟、母である王妃が着席している。
私は亡き正妃の娘で、妹と弟は現王妃様の子ども。
特にこれといって確執などはなく、ドロドロな感じはまったくない。義母にあたる現王妃様がとてもさっぱりした性格だから、というのが大きいかな。
それに比べて……
異母妹のナミアーテとは関係性が良くない。今だって、目が合っただけでふんと顔を背けられてしまった。実の姉妹なのに!
私からすれば、2つ下の妹は妹だ。
あまり接点がなかったからかわいいとも思わないけれど憎んではいないわけで。
小さい頃はよく遊んでいて仲良かったはずなのに、何かにつけて私と比べられるためか、ナミアーテにとって私は目の上のたんこぶ的なものらしい。
私からすれば、実の母親が生きていて王女様で、皆に大事にされていて……と、ナミアーテの方が恵まれていると思うんだけれどなぁ。
見た目だって正反対。
私はどちらかというと大人っぽい顔立ちだけれど、ナミアーテはふわふわした砂糖菓子のような女の子。18歳にしては童顔で、胸だけ大きいロリってる感じの美少女だ。
彼女曰く、私と並んでいると自分が太っているように見えるから嫌なんだそうだ。
こっちからすれば、胸がある方が羨ましい……。ツルペタは確かにスレンダーだよね、事実、肉がないんだから!
でも私は知っている。
ツルペタは太ってもツルペタだってことを!太っても胸には肉がつかないのだ。
この話になると小一時間グチれそうだから、このあたりでやめておこう。
それにナミアーテは私みたいに戦場に出なかったから、友達も多いし、年頃の女の子らしく青春を謳歌していると思う。好きで国盗りしていた私だから、別にそれに関しては羨ましいなんて微塵も思わないけれど、どう考えても女性として評価を受けるのはあっち。私じゃない。
だから、ナミアーテが私を敵視するのはちょっと理不尽だと思う。
そんなこんなで、私たちが和解できる日は遠い。
周囲を見回すと、壁際には宰相や副宰相、各大臣らが立っていて、騎士や文官、魔導士らの姿もあった。
なぜかオルフェードの姿もある。ついさきほど、私の部屋で「またね」ってバイバイしたのに。
(なんでいるの!?)
(わかりません……!!)
目だけでそんな会話をして、私は沈黙した。
しんと静まり返った部屋に最後に入ってきたのはもちろん父だった。
「揃っているな」
ぐるりと見まわし、父は言った。
国王陛下がやってきたことで、いよいよ本日の会合が始まる。
一体何を話し合うのか、私の後ろに控えているジョーくんも内容を知らないと言っていたから、まったく事前情報なしで来てしまった。
父はむずかしいことはあまり考えたくない脳筋だから、国政は主に王妃である義母や私が担っている。七国戦争では、国王が率いる騎馬隊がおもいっきり前線で戦っていた。
国盗りゲームに転生して、騎馬隊の最重要キャラが父親って。
強いけれども。
強いけれども。
大事なことなので二回言いました。
娘が戦略を立てて父親を戦場に投じるって、常識ではありえない展開だった。
だいたい、国王が最前線に出るって絶対にやっちゃダメだから。
父は私たちを見て、とてもうれしそうな顔をしている。
あ、これ、何かおもしろいことを考えたときの顔だ。昔から父がご機嫌なときはロクなことがないと、私は知っている。
胸に湧いた一抹の不安、それは的中することになった。
「本日皆を集めたのは、王女2人の嫁ぎ先を決めるためだ」
国王の言葉に、家臣たちは思わずざわつく。
皆に何も言っていなかったの!?
王妃も「何を言ってるんだ」って顔に書いてある。
「嫁ぎ先……?」
ナミアーテも眉根を寄せて、思わず呟いたようだった。
うん、そうなるよね。お姉ちゃんも同感だわ。
唖然とする家族を見て、父は言葉を続ける。
「七国戦争も終わり、これからは内政に力を入れようと思っている。だが、これまで戦ばかり続いたせいで、フェアリスにもナミアーテにもよき相手を定めてやることができなかった」
まぁ、戦場にいた私はともかく、ナミアーテには婚約者くらいいてもよかったよね。
とはいえ、ナミアーテは万が一敵国と和睦や同盟を結んだときに、他国に嫁がせる可能性があった。だからこそ、今もなお妹の婚約者はいないんだけれど。
近隣6国を手中に収めた今では、妹を隣国にやる必要性は薄い。国内で嫁ぐのが、安全安心というわけね。
そうか。嫁げばこうして顔を合わせることもほとんどなくなるのよね。
そんなことをぼんやりと考えていると、父がまさかの宣言を行った。
「これよりひと月の時間をかけて、フェアリスとナミアーテの結婚相手を決める」
「「「ひと月!?」」」
その場に居合わせた全員が驚きの声を上げる。
一か月で相手を決めるってそんな性急な!
「慌てるでない。何も一から相手を探せと言っているわけではない。今日この場に、婿候補を集めておいた」
「え」
ぎょっと目を見開いた私は、壁際に立っていた年若い青年たちに目を向ける。
そこには、確かに婿候補といっても遜色ない家柄や才能の者たちがいた。
「宰相子息のアクアニード。騎士団長子息のダンテ。魔導士団長子息のエインリッヒ」
壁際の国王に近い方から、赤、青、黄色の髪の美男子が呼ばれていく。
すごいカラフルな面子ですね……と、思わず雑念がよぎる。
「そして、此度の戦で手柄を上げた魔導士のオルフェードとラインバーグ」
あぁ、こっちの二人は私の部下ですよ、お父様。
私が地獄の修業に放り込み、無茶なレベル上げをさせた部隊の主力メンバーだ。
まさか、オルフェードが領地に帰らずに王城に留められた本当の理由ってコレ?
彼も感じ取ったようで、顔が死んでいた。
そしてオルフェードの隣に立っているラインバーグ。彼の方が、ある意味で問題である。
ラインバーグは平民出身の出世頭で、金髪碧眼の美男子。背は、オルフェードより頭ひとつ大きい。
補足すれば、回復魔法担当なのに煉獄の業火という火属性の最高レベルの攻撃魔法を覚えさせられた魔導士だ。
余談ではあるが、この世界では職業以外の魔法を覚えられないわけではない。ラインバーグのようにジョブは白魔導士でも、攻撃魔法を覚えて行使することはできる。
でも一般的に、それはできないと思われていた。
だって、自分のジョブ以外の魔法を覚えるには、魔法スキルポイントが2倍必要になってくるから。
例えば、呪術師のオルフェードなら煉獄の業火を覚えるのは10000スキルポイントを稼げばいい。けれど、ラインバーグの場合はその2倍必要。普通の考え方だと、煉獄の業火に20000使うよりも、他の回復魔法や支援系魔法を覚えるのにスキルポイントを使いたいはず。
一言で言うなら、私が無茶をさせただけ。
ごめん!
戦場では、のんびり成長を待ってあげられる時間はない。圧倒的な武力で制圧した方が、犠牲は少なくて済むから。
転生者だから知っている隠しダンジョンやイベントに、オルフェードやラインバーグといった魔導士たちを放り込み、通常の3倍速でレベル上げをさせて魔法道具の開発もガンガンやらせてさらに修業へ……。
彼らのおかげで国が守れたとはいえ、修業については本当にごめんなさいと土下座したい気分だ。もちろん、修業中は王女自ら激励に行ったし、差し入れもしたし、彼らが望むことはできるだけ叶えた。
だとしても、罪悪感が拭えないほど無茶をさせた私は自分でも鬼だと思う。
これから皆が幸せになってくれればいいな、と心の底から祈るばかりだわ。
でもそんな被害者なラインバーグは、戦での功が認められ、この度めでたく爵位を賜った。
この国らしい能力主義に従えば、ラインバーグが王女を娶っても……っていやいやいや、ダメだって!
ラインバーグは看護師のイオリカと恋人同士なのぉぉぉ!!
え、政略結婚のために別れろってこと?
そんなむごいことできるわけがない。
彼が引き攣った顔で私を見る。その縋る目が何とも哀れで、「大丈夫よ」とコクコク頷いて宥めておいた。
しかしここで、さらに父から信じられない言葉が放たれる。
「フェアリスとナミアーテが誰と縁づくかは、娘たちに任せる。それに、娘たちが希望するなら、この場にいる候補者以外の人間でも考慮しよう。しかしながら、相手によっては、フェアリスとナミアーテのどちらかを王太子の後見役に任ずるから心して選ぶように」
「「え」」
私と妹は思わず目を見合わせる。
次期国王である弟の後見役を、私たちどちらかが務める?
相手によってはってことは、おそらく宰相子息か騎士団長子息、魔導士団長子息の信号機トリオの誰かと結婚したらそうなるってことで……
私の国盗りの意味は!?
自ら戦場に赴いて国盗りしてきたのに、結婚相手によって国政に関われるかどうか決まるってこと!?
口から泡を吹きそうになった。
だって、私は婿より何より領地が欲しい。
自分の国とまではいかなくても、自分が所有する直轄領をもらっていい国づくりをしたいのだ。
それなのに、婿次第でってひどくない!?
「それでは、後は婚約者候補の5人と娘たちで話をするように」
父はそれだけ言うと、すぐに席を立って退出してしまった。
茫然とする私は、しばらくその場から動けない。
横からオルフェードの心配そうな視線を感じるけれど、これまで積み上げてきた自分の功績が横からかっさらわれそうになっているこの現状を受け入れがたくて、茫然としてしまう。
ちらりと隣を見てみると、妹も「えー!?」と顔に書いてあった。
そりゃそうだろう。
私はともかく、弟王子の後見役をしなきゃいけないっていうのは妹にとっては青天の霹靂で。(私はもとよりそうするつもりだった)
後見役を夫と共にするということは、国政を担うというわけで。
うふふ、あはは、で世渡りしてきたお姫様には考えもしなかっただろうな。
それはつまり、結婚相手に国政を任せられる能力のある人間を選ばなければいけないということだ。
ナミアーテの場合は、おそらく宰相子息のアクアニードを相手に選ぶしかない。いや、でもそうなると騎士団を統べるために、信頼できる誰かを自分の味方として引き入れておかなくてはいけない。魔導士団しかり。
どうするんだろう。
悩んでいると、背後からジョーくんの声が降ってきた。
「フェアリス様」
「はっ!」
パッと振り向くと、「大丈夫ですか」と目が訴えている。
そうだ、人の心配をしているわけではない。
まずは、オルフェードとラインバーグのことを心配してあげなきゃ!いきなり候補者に入れられて、怯えているに違いない。
「動きます」
「はい」
スッと立ち上がった私は、凛々しい王女の仮面を被る。
誰が動揺しているかって私が一番動揺しているけれど、今はそんなことを言っている場合じゃない。
だいたい5人から夫を選べって、どこの乙女ゲームなのよ!
国盗りゲームだったのに、それが終わったら急にそっちにチェンジって無理がある!
私は喉元までせり上がるため息を無理やり飲み込み、立ち尽くす二人のもとへ向かった。