私の育てた呪術師がかわいすぎる【後】
私は朝食を食べ終えると、温かいミルクティーに蜂蜜を入れて香りを楽しむ。
「オルフェード、そういえば城の結界の補修もしてくれたのよね?」
結界の補修や魔力補充は、本来であれば城の警備隊の担当だ。
けれどオルフェードほどの呪術師がいるならぜひに、と父である国王が言い出したために彼は昨日まで結界構築にかかりきりだった。
「はい、すでに完了しています。予想よりも傷んでいる箇所が多くて驚きましたが」
「そうなの?優秀な魔導士が前線に出ていたからかしら」
「だと思います」
とはいえ、オルフェードほどの実力者はいない。
彼が補修をしてくれたなら、向こう100年は安心だろう。
「顔色が優れないけれど、大丈夫?魔力が減っているんじゃない?」
そう尋ねると、彼は困った顔で笑った。
「やはりわかってしまいますか?しばらく王都を離れる予定だったので、結構な魔力を突っ込んじゃったんです。休めば回復しますので、ご心配には及びません」
「そんな……」
ゲームと違って、魔力が減ると頭痛とか吐き気とかするんだよね。
半分以下になると、体調不良を感じ始める。
私はミルクティーを飲んだ後、オルフェードに魔力を譲渡しようかと提案した。
「今日の訓練にそのまま向かうのはつらいでしょう?私の魔力でよければ分けるわ」
オルフェードは少し迷った顔をするも、「すみません」と言って承諾した。
あぁ、いつものことなんだけれどちょっと緊張する。
私は心を無にして立ち上がり、オルフェードの前に立った。
深呼吸をしていると、彼の手がスッと私の手を取る。
「失礼します」
「はい……」
彼が座っていた一人掛けの椅子に、私も座る。背後から抱き込まれてぎゅうっと密着すると、背中や全身から魔力が抜けていく感覚がやってきた。
ううっ、毎回思うんだけれどこの体勢じゃないとダメかな!?
昔は子どものじゃれ合いみたいな感じだったけれど、今は二人ともいい感じに大人なわけで。
オルフェードの脚の間に私が座って、抱き締められているこの状態はどう考えてもよくないと思うんだよね!?
あぁ、でも呪術師の吸収スキルはゲームでもあったしなぁ。
ゲームでは、杖を振り上げるだけで対象から魔力を吸い取れていたけれど、現実にはそんなに便利なことはできないらしい。
オルフェードによれば密着する面積が広い方が早く魔力を吸収できるということで、こんな姿勢で魔力を譲渡することになっている。
彼は私の肩に顎を乗せ、目を閉じて集中しているから話しかけるのも気が引けるし……!!
国盗りゲーの恋愛要素をすべてskipした私が、唯一ドキドキするのがこのときだ。
「ま、まだ……?」
「まだです」
耳元でオルフェードの声がする。
死ぬ。
恥ずかしさを理性で無理やり押さえ、「これは医療行為である」と何度も心の中で呟いた。
だいたいオルフェードはまったく動揺もせず、普段通りにしゃべりかけてくるから困る。
「王女殿下の魔力は心地いいです。回復薬より吸収率がいいですし、いつもこうしてくださって感謝しています」
「そ、そう……?」
心地いいと言われて悪い気はしない。
これも一人しかいない大事な呪術師のため、と思えば恥ずかしいくらい我慢しようじゃないの。
「また訓練で使い果たしたら、こうしてくれますか?」
オルフェードがめずらしくそんなことを言う。
いつもは遠慮がちなのに、自分から魔力を分けて欲しいなんていうのは初めてかもしれない。
「もちろんいいけれど、珍しいわね。何かあった?」
そう尋ねると、彼は小さな声で「いいえ」とだけ言った。
「だって、もう戦もないしあまり魔力が減ることないじゃないですか」
「ん?そうね、平和になったものね」
しばらく無言のまま時間が過ぎる。
もしかしてオルフェードは、淋しがっているんだろうか。
そうか、みんな戦場では家族みたいに過ごしてきたもんね。
私は深く納得して頷いた。
「オルフェード。私たちは離れていても家族のようなものよ。心配しないで」
お腹に回された手が、より強く握られる。
「家族、ですか」
「ええ、父や妹よりも、あなたの方がよほど家族みたいよ」
「…………」
「オルフェード?」
振り向こうとしたら、肩にすりっと彼の額が寄せられた。
「っ!」
魔力が吸い取られる感覚は、すでに収まっている。なぜか離れようとしないオルフェードは、困惑する私を抱き締めたまま消え入りそうな声で言った。
「ずっとこうしていられればいいのに」
なんだかいつもと様子が違う。
いつもより低い声は、なんだか意味ありげでさみしそう。
もしかして、領地での新しい生活が不安なのかも。
最強で最凶の呪術師といっても、まだ18歳の青年なんだなぁと改めて思った。
「新しい暮らしになじめるよう、何人か補佐官をつけてもいいのよ?」
私の直轄部隊の仲間がオルフェードの部下になれば、淋しくないかもしれない。
希望者を募り、オルフェードの領地へ行かせようかと提案する。
しかし彼は私にぴったり寄り添ったまま、小さなため息を漏らした。
「フェアリス様にいて欲しいんですよ」
「オルフェードったら」
かわいいいいい!!
何なの?萌え殺す気!?
甘え上手なのかお世辞がうまいのか、私はふふふと笑って言った。
「そんな子どもみたいなこと言って!私を喜ばせるのがうまいんだから~」
「あの、本心ですけれど」
「も~、ありがとう!私だってオルフェードにいつまでもいて欲しいわ!癒されるもの」
「癒される、ですか」
ちょっと声がしゅんとした感じになった。
しまった、18歳の青年に癒されるっていうのは言っちゃだめだったのかな?
部下のメンタルを支えるって難しいなぁ。
「オルフェード?私、何かまずいことを言った……?えっと、ずっと一緒にいて欲しいのは本音よ?」
あなたは私が育てた最強呪術師だもの。
弟みたいに大事に思っているし、家族みたいな絆もある。
機嫌を探るように話しかけた私に対し、ゆっくりと顔を上げたオルフェードは、さきほどまでの様子が嘘のように明るい顔で笑った。
「ありがとうございます。うれしいです」
するりと解かれた腕。
私は椅子から立ち上がり、ドレスの裾を直してから振り返る。
オルフェードも立ち上がると、いつも通りの笑顔で私を見下ろしていた。
部屋を出ようとする彼の後ろをついていけば、扉のそばで控えていたジョーくんがじとっとした目でオルフェードを睨んでいる。
「ジョーエスさん、何か?」
笑顔で尋ねるオルフェードは、すっかりいつも通りだ。
ジョーくんは澄ました顔で、何やら含みがちに言った。
「別に?さっさと消えて欲しいなぁとは思っていますが、特に何も」
「はぁ、そうですか。それは奇遇ですね、同じことを思っていました」
オルフェードも負けじとジョーくんを半眼で睨む。
こら、部下同士で睨み合わない。
この二人は、日頃からあまり仲良くはないんだよね。
ジョーくんはオルフェードに向かって、あからさまな舌打ちをしてみせる。
「……フェアリス様から踏みつけられる役目だけは譲らないぞ」
「「滅びろ、変態」」
シルキーたち侍女からは、辛辣な言葉と軽蔑の眼差しを向けられた。
ジョーくんは安定感ある変態だから、もう無視しよう。
私は笑顔でオルフェードを見送った。
「またね」
笑って手を振れば、彼はぺこっと会釈をして出て行った。
あぁ、かわいい。
朝から癒された私は、気合を入れて父王との謁見に臨んだ。